創価学会の信仰に功徳はあるか?

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祈祷の体験談2

2020年09月19日 01時02分03秒 | 一般仏教
適切なカテゴリーがないので、一般仏教にした。

前記事からの続き

●私の祈祷見聞録。

 お導き、おはからいも驚いたのですが最初の祈祷を受けた時の印象も強烈でした。
聖職者と要点Bの要素に関わった私の最初の感想は「パワーが違いすぎる」としか言い様がなかったです。

●私の吉事見聞録。

 私の体験でしかありませんが、一つだけ神秘体験をしています。
何かを見たようなのですが、対象が何かは今でも分かりません。

他の体験は日蓮遺文集の入手でしょうか。
日蓮遺文集である「行道文庫 日蓮聖人御遺文」初版と創価版全集を入手出来る確率は極めて低いと思います。
以前から創価や正宗の教団自体が無くなって欲しいとは思っていましたが「行道文庫の初版と創価版全集が欲しい」と私は祈っていません。

また、話は変わりますがCさんの周りに起きる吉事であれば30くらい見聞きしています。
関わった人の数は延べ人数15人以上。

●私の幸せレベルはまだ低いかも?

 私の「お導き、おはからい、他(E-1)」について他宗の皆様から見たら私は小中学生くらいのレベルかもしれません。
何を言っているのか分からないと思いますが3つとは別の「おまかせ」については私は理解も殆ど出来ておらず、納得もあまり出来てないと思います。「おまかせ」は1mmくらいは理屈だけを理解しているかも?(笑)後述します。
過去に幸せや安心が少なかった故、あるいは証拠と言えるでしょう。

正宗系教団の人に多い疑心暗鬼や怒り、虐待、不健全な命令、不安がつきまとう事例はCさんと周囲の人にはありません。

仏教だけでなく無宗教、キリスト教、神道の人と仲良くしお導き、おはからい等を感じ取れる幸せな自分でいたいと思っています。「ありがたや、ありがたや」でいいかと。

なお、正宗系の誰にも布教する気はありません。

●重要キーワード「安心立命」

 過去記事でJSCPRの勉強会について記事を私は幾つか書いています。

その中での重要キーワードが「安心立命」です。これについては仏教教典や他者救済の解説で理解可能ですし「安心立命」の熟語がなくても日蓮遺文の意味を理解すれば少しは学べます。
「安心立命」については現代の日蓮宗の書籍でも学べます。
書籍に付箋は貼ってあるはずですが、署名はメモしておらず失敗です。
今回の一連の記事を書くと分かっていなかったので、読書ノートを正確に書くかメモしておけばよかったです。

正宗系教団から「安心立命」が学べるはずがありません。
各教団トップが「ごめんなさい」と言えないでしょう。
トラブルを起してなんの反省もありません。

●「お導き、おはからい、E-1、おまかせ」は安心との相互関係

 要点Bの要素があれば「安心しておまかせする」言動と心の動きが可能です。
無ければ出来ません。断言します。
お導き、おはからい等と両立するのは言うまでもありません。
「お導き、おはからい等々が100%でなくても、パワーがあれば信じる人は安心出来ます。」

●要点Bの要素がないとどうなるのでしょうか?

 安心の反対は不安です。常に池田大作や故・阿部日顕を目標として折伏布教の強制や奴隷根性がしみつくと怒り、脅迫など不安しか生まれないと私は考えています。

常に池田大作や故・阿部日顕などの問題人物を目標とするか、折伏布教(新聞啓蒙や公明得票)の数が問題になってくるわけです。
しかし命令する側の各教団トップ達の折伏布教能力は皆無で努力すらしていないのが現状です。
他宗派の教団トップの僧侶が入信した事実どころか折伏の公開記録すらありません。
日蓮遺文は折伏の公開記録の一面があるくらいですから大きな矛盾と言えるでしょう。
生き仏がいても構いませんが、その証拠はどこにあるのでしょうか?

”要点Bの要素がない”と考えると、つまりは無縁であり替わりとして現代で誤解される日蓮本仏論、池田本仏論、法主本仏論、凡夫本仏論が主張するしか手段がないと私は考えています。

(続く)
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