創価学会の信仰に功徳はあるか?

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祈祷の体験談5

2020年10月24日 06時49分58秒 | 一般仏教
適切なカテゴリーがないので、一般仏教にした。

前記事からの続き

●ふと思ったこと8

 「ふと思ったこと7」で修行が成功した人も失敗した人も別の修業をしてもいいと思うようになったとかきましたが、オウム真理教の修行に見られる様な危険性を思い出した読者は優秀です。

麻原彰晃(松本智津夫)もインドで修行し不思議体験があったと言われています。最後まで修行することなく帰国し信者にも同等の修行させました。麻原もオウム信者のどちらも彼らの不思議体験を信用する人は皆無だと思います。

私が「祈祷と祈り」を知ることで柔軟に色々修行したほうがいいのか、杓子定規に伝統教団の修行だけに限定するのがいいのかは難しい問題だと考えるようになりました。
修行も祈祷も達成するのに「縁」や個人能力によるところが大きいと考えています。

大乗仏教で「誰でも成仏できる」「誰でも仏性を持つ」は与える言葉として思いやりがあればいいのでしょう。実際は個人の能力次第で達成できるかどうかはわからないのが事実だと思います。

●「祈祷と祈り」の内容や違い

 実はここからが本題です。「祈祷の体験談1」で誰向けの記事か書かなかったのですが、「聖職者がする祈祷と一般信者の祈り」のテーマは婦人部女子部向けだと思います。

創価昭和版日蓮遺文集の盗用剽窃は白黒二極論で説明できます。中間色の無数のグレーはありません。

正しいのか誤りなのか。
墨筆を読んだのか日蓮宗の遺文を盗用剽窃したのか

盗用剽窃は、どちらかといえば男子部壮年部向きで20−70歳くらいの創価員には問題に気がついて脱会してほしいと今でも思います。

「祈祷と祈り」の内容や違いは無数のグレーゾーンだと思うのと、婦人部で悩みや試練を抱えた方が協議会や座談会で決意発表や愚痴、体験談を涙ながらに語る事例が何度もありました。
自身の闘病や家族の問題など様々でした。
それで私には10人位の婦人部員に記憶から離れがたい印象があります。
人を救いたい気持ちや行動は別にして、私はカルト(セクト)言動(仏菩薩の信仰でなく池田信仰)だと思いますが、婦人部が病気や不幸の人を救おうとしていた事実はあります。

ここで問題になるのが、聖職者の祈祷を知らないまま、一般信者がする祈り(唱題)にどんな意味と状況が考えられるのでしょうか?

●胸中題目や早口題目は危険では?

 仕事中でも題目を心の中で「数多く」唱えることが推奨されているのが創価学会です。特に婦人部がそうでした。
創価一世の私でもやっていましたから集中力に問題があったと思います。
病気の時や臨終の時にも、やはり心の中で唱えることが今でも推奨されていると想像します。
十時間唱題も問題かと。

病気の時や臨終の時など、とんでもない苦行になるのでは?
衰え、死にゆく自分に逆らって胸中題目や早口題目をし、絶対に叶う祈祷と勘違いしていると思います。
仏教の基本テーマは涅槃寂静、生老病死を問うのですから、創価の唱題行は疑問に思えます。

題目を唱えることは信仰上悪くありませんが、TPOを無視した脅迫観念や強制観念があるのが問題だと思います。

絶対に叶うなら日蓮さん自身の祈りと祈祷が問題になり、死んだら変です。
絶対に叶うなら弟子の祈りですら問題になり、やはり日蓮さんが死んだら変です。

祈祷と祈りの違いと内容がわからないと本記事や他宗の祈りも祈祷も受け入れられないでしょう。

私の場合、唱題しなくなり十年以上が経過し、祈ってないと駄目だみたいな脅迫観念や強制観念はありません。
聖職者同等な祈祷と祈りの違いを知らず、私の場合は少しだけ内容を分かる程度です。

病気の時や臨終の時など、苦しい時ほど創価学会の教えのまま「呪文として祈り」たいと思えません。
祈祷を知ってより強く思います。
私に他宗でいうところの祈祷の能力はありませんし普通の祈りですが全く構いません。

正宗系以外の他宗における聖職者の祈祷を肯定するあまり、一般信者の祈りを低いとか駄目とか私は思っていませんし否定しません。どちらも其々別々に肯定しているので注意して読んでください。

●祈りが叶わないない場合

 胸中題目、早口題目や仏壇の前での長時間唱題など絶対に祈りが叶う、と正宗系では一般信者に教えています。
しかし実際の創価は男子部女子部の後継者問題や創価班牙城会の崩壊があります。
池田大作の復帰や大石寺登山再開、正宗側の謝罪もありません。

親視点では子供への愛情や幸せな人生の問題がありますが、実際は二世三世からくる相談事は、母親が家事をしない、家族サービスがない等、子供視点からの愛情と時間の不足が明確です。過去記事で何度も書いてきたとおりです。

祈りがかなってないと周囲に責任転嫁、他人嫌悪、憎悪したり絶望したり、自己嫌悪など不安定になったりすると思います。
彼ら自身の教団が善で他宗の修行が悪、彼ら自身の題目が善で意見の違う人は全て悪ですからね。

日蓮宗の題目結縁運動の「縁」や感謝の教えがあればいいのでしょうし「縁」は「一度だけの唱題でも成仏でき救われますよ」くらい「羽のように軽い」といいのでしょう。

法華経や日蓮遺文に仏の教えと書かれてますが、実際は間違いだらけです。
法華経や日蓮遺文は仏の教えを少しは含んでいますが、日蓮さんの「他人を責める強さと信者への優しさ」は現代人が勘違いしてはいけないと思います。

私の場合、祈祷を受けるか祈祷を通しTPO範囲で「他人に厳しく」なんて経験、教え、発想、アドバイス、会話等は皆無です。

●祈祷の有無に関係なくアドバイスなどに正反対でも全く不愉快さがない

 祈祷のある場合とない場合でアドバイス、会話などに私と別の信者さんで正反対でも、全く不愉快さはありません。むしろ信者各人の状況や性格をよく見て個々に的確で驚きました。
教えの自由とか信仰の自由とか柔軟である等、そうした言葉では片付けられない体験です。

正反対について、宗教の「教え」まで含めて良いかは私自身わかっていません。
私のレベルが上がれば「教え」のレベルが上がることはあるかもしれませんが。

●正宗系信者を親にもつ子供の場合

 正宗系信者を親にもつ子供が臨終時の題目をやめさせるのは難しい問題です。
老人になってから「長時間唱題など絶対に祈りが叶う」を変えるのは無理で出来るだけ若い間しかチャンスは無いかもしれません。

●正宗系信者を夫婦恋人にもつパートナーの場合

 正宗系信者を夫婦恋人にもつパートナーが臨終時の題目をやめさせるのは、信者が若ければ若いほどチャンスが多いかもしれません。

オウム真理教の死刑囚は「どうしてこんな(犯罪し死刑にされる)事になったのかわからない」(趣旨)と。

私も昔は「どうして創価や正宗に入信する失敗をしたのか」と退会後ずいぶんと考えました。答えはブログの「もくじ1、2、3」の頃に既に出ているのにもかかわらず、です。
十時間唱題などの祈りや信仰活動や教団活動に必死だったり真剣だった分、結果として怒りの文章やブログ文章が増えたわけです。

明確に後悔できればまだマシです。「どうしてこんな事(今の状況)になったのかわからない」「信仰や人生など一体何だったのか」と思うのは十分にマインドコントロールが抜けてないかもしれません。

●祈祷をテーマに脱カルトの説得したいと思わない不思議さ。

 私の場合、祈祷を知ったことで創価員など正宗系の人に「祈祷については脱カルトの説得材料にならない」と考えています。今後も考えが変わらないと思います。

今までは、日蓮宗や神道、キリスト教、他宗などで学んだ新しい知識や体験は脱カルトの説得材料になりましたが「祈祷にだけは絶対に伝わらない」と思っています。
「祈祷の体験談1」で書いたとおり説得力がないと思っています。

1.正宗系は宗教一般な、お導き、おはからい、E-1、おまかせの教えやテーマが皆無。
1.正宗系はお導き、おはからい、E-1、おまかせに関し創価は「僧侶はいらない」正宗は「祈祷を軽視か出来ない、教えられない」等の根本的な問題を抱え、更に認知出来ないか認知しない。
1.日蓮遺文のお導き、おはからい、E-2を無視。(導師本尊や勤行の導師など導師のテーマはあるが不祥事ありきや喧嘩しかしてない)
1.導き以前の大問題がある。具体的に書きませんが、これが一番の問題かな。

あっちにもこっちも問題が多数あって正宗系は4つ以外に他に15くらい問題あるかも?数えるのもめんどくさい。創価学会だと(お導き、おはからい、E-2以外に)更に数々の日蓮遺文の無視もあります。

2.布教は聖職者がすべき。信者もしていいだけであって私は紹介すらしません。体験談を具体的に書く気はありません。
2.自分で祈祷出来ない。
2.自分で一生懸命、(正宗創価時代の様な)教団活動する気がない。一般的で十分。無宗教というより自由宗教教団のまま、他宗や無宗教の人と信仰以外で仲良くするほうが大事。

説得に困っているわけでもなく「祈祷については諦めて」います。

細井日達さんの本弟子(5人?)の中に祈祷僧がいるかも知れませんが、こちらから会いたいと思いません。

●5のまとめ

婦人部女子部向けに書いたつもりですが、仏教学の難しい単語はなくとも祈祷で理解を得るのは無理そうです。
富士門流信徒BBS(http://jbbs.shitaraba.net/study/364/)が存在しても創価の男子部壮年部だけでなく正宗系信者が日蓮宗に行ってません。
私の一連の記事は日蓮宗の祈祷体験ですらないので無理ですね。

(続く)
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