創価学会の信仰に功徳はあるか?

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祈祷の体験談4

2020年10月05日 00時09分40秒 | 一般仏教
適切なカテゴリーがないので、一般仏教にした。

前記事からの続き

●日蓮さんの不動愛染感見記

 私は日蓮さんの不動愛染感見記や本尊の不動愛染を理由に勧請出来たと考えています。
ブログ読者にとって話1/100で受け取ってもらって構いません。

行道文庫版 此経難持十三箇秘訣(しきょうなんじじゅうさんかひけつ 原漢文 創価全集には無い。偽書と言われてますが、日蓮か日蓮以外の誰かの思想が成立している。)

一には諸仏勧請(若暫○亦然の三句の文)なり、二には諸天勧請、三には諸神勧請
勧請し奉る五百塵点劫霊山浄土の釈迦牟尼如来
勧請し奉る五百塵点本地地涌の上行菩薩已上執受戒師
勧請し奉る本化迹化等の諸大菩薩
(中略)
勧請し奉る日月五星の諸天善神
勧請し奉る日本国中の諸大明神
勧請し奉る十方分身諸の釈迦牟尼仏
勧請し奉る十方常住一切の三宝衆僧

「勧請」と書かれている遺文はいくつかありますが、真筆扱いにならず、真偽未決、偽書濃厚、他筆などから明らかな偽書と色々あるようです。私個人は勧請出来ないと日蓮さんはレベルの低い僧侶だったのでは?と疑ってしまいます。

●日蓮さんが不動愛染、或いは仏菩薩を勧請出来たと仮定します。

 どの程度の成功率だったのでしょうか?

(a)81-100%
(b)61-80%
(c)41-60%
(d)21-40%
(e)0-20%

良観忍性との祈雨対決_高橋俊隆

1271年(文永8年)鎌倉幕府は良寛房忍性に雨乞いの祈祷を命じ雨乞祈祷比べは日蓮さんが祈雨に成功したようです。
「下山御消息」五大部にあるのは祈祷を重視し、その成功が主な理由なのでしょうか?

「下山御消息」
定本番号:247 日蓮:56歳 系年:建治3(1277) 著作地:身延 真蹟:小湊 誕生寺外二十九ヶ所 写本:日法筆 岡宮光長寺蔵 日澄筆 北山本門寺蔵 (c)日蓮宗電子聖典 2003

実際は法華系も念仏系もお釈迦さんから見れば新興宗教で仏教において100%正確では無く一連の出来事は関係妄想、被害妄想、醜い人間の争いだったと私は思います。読者がどう思うかは自由です。

願いをかなえる祈祷に僧侶は必要で儀式、作法、儀礼は必要だと思われます。
創価学会の場合、大聖人の弟子とは言えない為か大聖人直結と言い換え実際は民衆仏法と嘘を教えていることになります。

●ふと思ったこと3

 鎌倉幕府は良寛房忍性に雨乞いの祈祷を命じ雨乞祈祷比べをしていますから、天皇家、皇族の皆様は更に一流の祈祷僧、護持僧を必要としたでしょう。
鎌倉時代でも祈祷出来ない学僧(沙弥など)なら沢山いたと想像します。祈祷出来ない学僧なら不要かと。
(祈祷僧や護持僧が見仏してないとは思えない。祈祷僧は見仏していると勝手に想像。)

日蓮遺文によれば、念仏に多くの祈祷僧、護持僧がいたが実力は別で不明で、どの程度の成功率だったかはわかりません。

●ふと思ったこと4

 祈祷出来る出来ないで信仰する教団や師弟など上下関係が決まるのであれば真言密教系の多くが分派するのは自然に思えるようになりました。
師匠より弟子が祈祷出来るなら免許皆伝みたいに分派したほうが何かとやりやすいのは当たり前です。

日蓮宗に祈祷題目は残っており、正宗にも護持僧、祈祷僧がいるのかもしれません。

●ふと思ったこと5

 「祈祷出来ない学僧がいたであろう推測」同時に「師匠より弟子が祈祷出来るなら分派し経営したが良い」と書きました。
 私の体験からの想像でしかありませんので断言出来ませんが、祈祷を知ると神仏への信仰が深まり不幸を生む上下関係や横の同僚の思想的対立は起こりにくいと考えます。

民部阿闍梨日向vs五老僧だったのがいつの間にやら日興vs五老僧になってしまっています。
これと祈祷が理由でなく信仰の思想や本尊取り扱いなど作法儀礼が問題になって対立するのは大きな疑問に思えるようになりました。

日蓮死後すぐに日興vs五老僧が本当なら日蓮さんの祈祷能力が疑わしく思えてしまいます。
日蓮さんが題目三唱したら、苦労せず偶然雨が降って弟子達は馬鹿馬鹿しいと思ったかもよ?(笑)
日興と五老僧の祈祷能力に関する遺文はあるのでしょうか?

日興門流が早くから祈祷僧が断絶し祈祷が出来なくて、教理教学上の思想や本尊取り扱いなどを問題にした一面はないのでしょうか?

●ふと思ったこと6

 日興大石寺門流に過去あったこと。
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大石寺が火災で二度全焼。
日寛が日蓮本仏論を書いてしまう。
大正14年11月18日、五十八世日柱が丑寅勤行をしていた客殿に一人の宗会議員がピストル発射。日顕の父親、日開が黒幕とされる
日開は戸田城聖に大きな額縁に入る書を送っており、創価学会が出版した戸田城聖記念写真集(オレンジ色の電子レンジ大の巨大な写真集)に写真が掲載されています。
第一次二次宗門問題など。
創価本部が創価学会仏を再度、説いてしまう。他多数。
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日興門流が早くから祈祷出来なくて仏が来ないか、しらないのだと私個人は勝手に想像しました。
皆さんがどう思うかは自由です。
祈祷出来ず仏をしらず仏事でなく人事しかなければ、法主であろうと坊さんであろうとも不要人や唯人としか思えません。
役職の上下関係に関係なく逆らいたくなるかもです。

第二次宗門問題で大御本尊を拝めず、功徳(ご利益)を受けられるかどうかの問題は多くの人が語りました。
しかし仏教と神道における祈祷と神仏の基本や一般知識すら全く正宗系にない為、誰も「争いを防ぐか押さえる手段としての祈祷とその関連を重視しなかった」点が原因とも考えられます。
顕正会を追い出す結果を招いた細井日達さん、阿部日顕と池田大作、その周辺の人々は仏が来ないか、しらない、いないと思うので問題言動をして仏罰が怖くないのでしょう。

なるほど、日蓮本仏論や創価学会仏論が必要になるわけだと思いました。
池田創価は日蓮さんの不動愛染感見記は偽書でないと困るでしょう。

●ふと思ったこと7

 しばらく前まで、日蓮宗の死者が出るような荒行は日蓮が行ったものでは無く止めるべきと考えていました。
今でも日蓮宗の荒行は日蓮が行ってないと思いますが現代の修行方法として死者が出なければありと考えるようになりました。
荒行成功した人も失敗した人も別の修業をしてもいいと思うようになりました。
なんの根拠もありませんが。

今まで通り、座禅も日蓮遺文、教典などの文字の世界も日蓮、真言の曼荼羅等のアイテム、他に神道、キリスト教など馬鹿にする気はありません。
正宗系は批判されても仕方ないでしょう。

(続く)
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