聖堂の詩

俳句から読み解く聖書

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聖堂の詩その626―雲名称(その4、神が臨在する雲)

2011-07-08 04:41:56 | Weblog
                  絹雲の流れる空に合歓咲けり      紅日2008年10月号
 聖書の中には神が雲の中に臨在する場面が多い。神が雲の中に現れたり、雲の上に乗っていたり、神の声が雲から聞こえたりする場面が多い。聖書時代の人々には雲が神秘的な存在であり、雲の中に神が宿っていても不思議ではないと感じていたのであろう。雲の神秘性を人々は感じていたと考えられる。
日本の仏教では仏像の多くは蓮華の華芯に座を占めている。蓮華が浄土界の代表的なスポットとして考えられていた。
 仏教に於ける天国は無いではない。その例外の多くの場合は涅槃図において発見出来る。釈迦を迎えに来る麻耶夫人がそれである。涅槃図の殆どが、図の中の右上隅に雲上の麻耶夫人が描かれている。左上であることもある。麻耶夫人が寝姿の釈迦を迎えに来ている場面である。雲上に関しては、聖書の雲上の神の臨在、涅槃図の雲上の麻耶夫人の臨在において共通性を発見できる。
 キリスト教では来世を天国と言うが、仏教では来世を天国と言わずに浄土と呼ぶ場合が多い。キリスト教と仏教の来世観の違いが見られるが、この違いは洋の東西の自然観をも表現しているのではないだろうか。キリスト教文化圏では人々の意識の中に来世は天上でなければならない。神は天に臨在すると考えている。キリスト教文化圏では人々にその様な自然観がある。一方、仏教文化圏においては来世は無理に地上を離れなくても良いと考えていた。地上でも、現世の地上でも景観において美しさが溢れて、充分来世に耐えるべく価値が在ると考えていた。
 蓮華は天ではなく現世の地に咲き、現世の地の中でも河川や湖沼の低湿地でなければ蓮華は発見できないのである。標高の高い山麓や山上には蓮華は発見できない。蓮華は現世の地表面でも標高の最も低い地域にしか発見できない。この点に天国と浄土との大きな違いに我々は気がつくのである。またキリスト教文化圏と仏教文化圏の自然観の違いにも気がつく。仏教文化圏には天は何時堕ちるか分からない不安に満ち溢れた空間である。堕ちることの不安を常に抱いていた。謂わば高所恐怖症に満ちた自然観が在ったのではなかろうか。現世の蓮華咲く地域は決して地獄ではなかった。仏教文化圏にはキリスト教文化圏の如く天国と地獄、天と地、上と下が対峙する垂直的空間認識が無かったのではないだろうか。在ったとすれば浄土と穢土の水平的対峙である。
 その様な違いを感じながら聖書の中で神が臨在する雲や雲上の神を描写する場面を列挙してみた。その数は、全部で40箇所に上った。これらの雲の名称が国際雲区分のどれに当てはまるのか指摘するのは難しいのであるが、上層雲の①巻雲(絹雲)、②巻層雲(鱗雲)、③巻層雲(うす雲)、ではないだろう。その位置が高く神の臨在をこれらの雲に考えることは難しい。可能性があるのはこれらよりもう少しその位置が低い中層雲に属する④高積雲(羊雲)に当てはまるのではなかろうか。是より低くなる⑤高層雲(朧雲)では考えにくい。雲が広範囲になりすぎるからである。またこれらより低いところに拡がる⑥乱層雲(雨雲)⑦積層雲(団塊状の雲)、⑧層雲(霧雲)、⑨積雲(綿雲)、⑩積乱雲(入道雲)なども余にも雲の範囲が大きく神が臨在する雲として考えにくい。但し、対流雲に属する⑨積雲(綿雲)には臨在する雲として見えないことは無い。かくして、神が臨在する可能性が最も高い雲は④高層雲(羊雲)と考えられるものの、国際呼称である十種雲形のどの雲に神が臨在するのか決定できない。それは人々の個々の感性があり一般化するのは困難である。雲の形質の急変性と人々の感性における個性の幅が大きく一般化は困難である。描写した人の個性も反映されるのであるが、古代や中世に描かれた絵画などと照合しつつ検証することは不可能ではないだろう。

●主が現れることが可能な雲
出エジプト記では
・16-10「主の栄光が雲の中に現れた」
・19-9「主は雲の中にある」
・34-5「主は雲の中に降りて」
民数記では
・11-25「主は雲の中に」とある
・12-5「主は雲の柱の中に」とある
申命記で
33-26「雲の上に載る」とある。
サムエル記では
・22-10「主は密雲を足元に従え」とある。
列王記上では
・8-12「主は密雲にとどまる」とある
歴代誌下では
・6-1「主は密雲の中にある」とある。
ヨブ記では
・26-9「神は自分の雲を広げて王座を隠す
・37-21「雲の中で輝いている。やがて風で消える」とある
詩篇では
・18-10「主は密雲を足元に従え」とある
・18-13「御前にひらめく光は雲に従い、雹と火の雨が降る。
・68-5「雲を駆って進む方に道を整えよ」とある。当時の人々にとっては雲は現代感覚で言えばリニアーモータカーであった。進む方向に道を整えると言うのは、それはレールの敷設でもある。
・89-7「雲の上で誰が主と並ぶことが出来るでしょうか」とある。
・97-2「密雲が主の周りに立ち込めて」
・99-7「神は雲の柱から語りかけて」とある。
・104-3「雲を自分の車として」とある。当時の人々には雲は空想上の乗り物であった。
・105-39「主は雲を拡げて覆いとし」とある
イザヤ書では
・19-1「主は速い雲を駆って」とある。速く移動することが可能な乗り物として当時の人々は雲を空想の世界に置いていた。
哀歌では
・3-44「雲の中にご自分を鎖し」とある
ダニエル書では
・7-13「天の雲に乗り」とある
ナホム書では
・1-3「雲は御足の塵である」とある。としていて当時の人々は雲がこの世の最上の架空の乗り物であると考えていたことは間違いない。雲の柔らかさそしてその速さに、人々はあのような乗り物があればよいのにと空想していたのであろう。
マタイ伝では
・24-30「人の子が天の雲に乗ってくる」とある。新約聖書の殆どが雲は神の乗り物として描写されている。雲の早さと柔らかさが理想の乗り物であると考えていたのであろう。既にこの頃には近代から現代にかけて追求している乗り物の理想像が生まれていたと言えるであろう。
・26-64「人の子が天の雲に乗ってくる」とある
マルコ伝では
・9-7「雲の中から声がした」とある。雲の中に姿が見えないが、雲の中から神の声がすると描写し、神の臨在をよりリアルに表現している。旧約聖書には雲の中から神の声が聞こえるという表現は見られない。詩篇99-7には「神は雲の柱から語りかけて」とありそれに近い表現があるが、「雲の中から声がした」の表現はない。
・13-26「人の子が雲に乗ってくる」とある。
・14-42「人の子が神の右に天の雲に囲まれている」とある
ルカ伝では
9-34「彼らは雲の中に包まれていた」とある
9-35「雲の中から聞こえた」とある
ルカ伝では
・21-27「雲に乗ってくる」とある
使徒行伝では
・1-9「イエスは天に昇り雲に隠れて見えなくなった」
テサロニケ人への手紙1では
・4-17「空中で主と会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます」とある。「空中」は「天」と翻訳すべきではないのか。翻訳に不自然さを感じる。
黙示録では
・1-7「その方が雲に乗ってくる」とある
・10-1「天子が雲をまとい」とある
・11-12「雲に乗って天にのぼった」とある
・14-14「その方は雲の上にすわっている」とある
・14-15「雲の上に座っている方が」とある
・14-16「雲の上に座っている方が」とある

●濃い雲で主がその中に居る雲で、濃い雲とことに強調している場面があった。
出エジプト記では
・19-9「私は濃い雲の中にあって貴方に臨む」とある。
サムエル記では
・22-10「主は密雲を足元に従え」とある。
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