HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

遺産を今に生かす。

2022-12-21 07:28:49 | Weblog
 JRが運営する商業施設、いわゆる駅ビルには、JR東日本のルミネ、最近ではニュウマン、同西日本のルクアやエスト、そして同九州のアミュプラザなどがある。首都圏や関西圏のように膨大な人口を背景に大量の旅客輸送があると、そのまま駅ビルの売上げに直結する。さらにJR東日本がルミネより上の30〜40代の女性をメーンターゲットにしたニュウマンを開発できたのも、新宿や横浜の商圏人口の多さ、集客力の高さがあるからだ。

 一方、JR九州は事情が異なる。国鉄の分割民営化により三島会社の一つとなり、首都圏のような大量輸送に繋がる鉄道人口を持たないため、運輸事業単体での収益増は見込めなくなった。分割・民営化後、利益の大半は支給された経営安定基金を独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構に貸し付けた運用益で稼ぐしかなく、収益基盤は脆弱そのものだった。

 そのため、JR九州は流通・外食、不動産、ホテルなど事業の多角化を進め、稼げるところで稼ぐ戦略に舵を切った。駅ビルのアミュプラザもそうだ。佐賀を除き、九州の県庁所在地の主要駅に展開し、今や収益の柱に育ちつつある。開業が2020年10月の宮崎と21年4月の熊本の両ビルはコロナ禍の只中でいきなり躓いたが、人流が回復していることもあり足元では復調傾向にあると、JR九州側は見ている。

 もっとも、九州は福岡都市圏を除いて、すべての県で人口減少が進んでいる。地方に行くほど圧倒的なクルマ社会で、これ以上通勤や通学による旅客需要の拡大は望みにくい。また、外国人旅行者の回復に期待するとしても、それをいかに鉄道利用、インバウンド、アミュプラザの収益につなげるかという課題は残ったままだ。

 JR九州は2022年〜24年の中期計画で、流通・外食については「ブランド店舗の競争力向上」を重点戦略に掲げる。これはアミュプラザにも該当すると思われるが、具体的にどんな施策が実施されるか。詳細な説明はされていない。そこで仮に「ブランディング」という意味で解釈すれば、「アミュプラザについて消費者、駅ビル利用客のイメージを高める」ことが当てはまるだろうか。

 ホリデーシーズンの今、各アミュプラザは広場にイルミネーションを施しているが、駅スペースを活用してシーズン毎にいろんなイベントを展開している。テナントの顔ぶれは競合SCとそれほど変わらないだけに、1年を通じて駅ビルにわざわざ出かけてみようと思わせる集客策をブランディング構築の一つにしようということだろう。

 もちろん、その前提として著名なブランド、人気テナントを集めること、さらにはDtoCブランドといった購入が確実なファンへの対応強化が、駅ビルのブランド力を上げるのは言うまでもない。そのためにはテナントが「この駅ビルに出店したい」と思わせるようなハード面の充実、プロモーションなどのソフト、テナントが売りやすい環境整備も不可欠になる。また、テナントにとっては歩率家賃も重要だから、「それだけ払ってもこの駅ビルに展開する価値がある」と感じさせることは何か、常に考えて実践する必要がある。

 こうしたテナントのモチベーションアップは、そのままアミュプラザの競争力向上につながる。駅ビルがテナントの集合体だとすれば、テナント個々がいかに力を発揮するかだからだ。テナント側も独自でMDや販売力の向上に注力していると思うが、デベロッパーがテナントに対し、どんなヘルプを施して寄与するかの思考が欠かせない。



 その意味で先日、興味深いニュースを目にした。JR九州の子会社、JR鹿児島シティが運営する駅ビル「アミュプラザ鹿児島」で、同社でテナント管理などを行なう「営業担当者」が実際に売場を体験する研修を行ったというものだ。(https://senken.co.jp/posts/amu-jrkagoshima-221130)

 側から見れば、「駅ビルのスタッフがテナントの店頭に立ってどんな効果があるの?」だろう。だが、JR鹿児島シティは、「テナントのES(Employee Satisfaction/従業員満足)向上やコミュニケーション力アップに向けたもので、施設運営者としてテナントとの話し合いやスムーズな運営には現場を理解した上で互いに共感できることが重要だ」と研修の理由を説明。「販売業務への理解が高まり、新たな気付きもあった」と成果を強調する。


テナントスタッフの労働環境の改善

 もう少し詳しく見てみよう。具体的な研修の目的は以下になる。

 1.実務を体験し店舗スタッフの業務内容を理解する
 2.来店客のニーズを理解する
 3.課題を見いだし改善を図る


 研修を受け入れたのは「ニコアンド」と「ローリーズファーム」。運営企業のアダストリアはデベロッパーとの関係性があっての取り組みとした上で、「営業担当者とのつながりを密にすることはその後の連携や店舗運営にプラスになると考えたから」と説明。テナントにとっては営業担当者に売場に立ってもらうことで、販売スタッフが常日頃、いかに売上げを上げるために腐心、努力しているかを知ってもらい、互いに課題を解決していきたいわけだ。

 こうした取り組みを見るにつけ、ふと思うことがある。JRが国鉄だった時代の労使協調、スタッフマネジメントや人心掌握がその源流にあるのではないかということだ。振り返ると、国が鉄道事業に当たっていた時代、国鉄では東大卒のエリートたちが車両やダイヤの編成から運行管理までにあたる一方、運転士や機関士、車掌などは国労や動労といった労働組合に所属し、使用者側との闘争精神に溢れていた。

 労使問題や政治的駆け引きは説明を要するので割愛する。ただ、国鉄側が経営の杜撰さから巨額の赤字を抱え、労働者もコンプライアンスを遵守しないなど、ガバナンスが全く効いていない時代があった。鉄道事業は未来永劫続く。政治闘争の犠牲にはできない。民間企業となったJRをどう発展させるか。ここで力を発揮したのが他ならぬ東大卒のエリートだった。

 国鉄の法務課に在籍していた江見弘武(後々の東京高等裁判所部総括判事)は、「新会社ができるので、雇用者は一旦国鉄から退社してもらい、再び新会社に応募してくれれば採用する」と組合員に迫り、合法的に新会社への振り分けを成し遂げた。結果的に20万人以上が組合を脱退する一方、JRに残った多くは雇用の安定を手に入れ、労使紛争は次第に影を潜めていった。それでも、JR西日本福知山線で起きた事故を契機に、さらなる安全対策の徹底や労働環境の改善が浮き彫りとなった。




 ルミネのトップもJR東日本からの出向組で、東大卒が多い。労使対立を生まない考えは、駅ビルにおけるテナントの関係でも徹底され、ガバナンスを効かせる様々な施策が展開されている。一つがやはりESである。ルミネの大宮店、立川店では1グラム=1円という価格設定のスタッフ専用ビュッフェレストランを導入している。これは昼食が低価格で食べられるように配慮したもの。テナントスタッフにとってはありがたい制度だ。

 横浜店は女性専用の休憩室、横になれるソファやフットマッサージ機を設置した。販売は立ち仕事で身体への負担が重いことから、少しでもケアしてもらうためだ。新宿店のパウダールームではメーク直しに加え、歯磨き専用の洗面台まで用意されている。接客業は身だしなみを整えることが基本ゆえに、少しでも環境づくりに寄与しようということだろう。



 こうした取り組みは、館内に設置した「目安箱」により、テナントスタッフの声を吸い上げる形て実現した。国鉄時代とは比べられないほど、従業員の満足度は向上しているのだが、労働問題を発生させない環境づくり、ガバナンスの徹底がむしろ重要なのである。JR九州のアミュプラザではルミネほどではないが、鹿児島シティが実践した営業担当者の売場体験の研修はその第一歩と言っていいだろう。

 デベロッパーとテナントは大家と店子という関係。だから、どうして主従関係、営業担当者がテナントスタッフに対し、上から目線でものを言う光景を何度も目にしてきた。ただ、今の若手スタッフは国鉄時代の労使紛争など知らないだろうし、東大出身者に多い官僚主義的思考なんてこれっぽちもないと思う。

 デベロッパーとしてとにかくテナント管理をスムーズに行って、いかに多くのお客さんに買い物をしてもらい、歩率家賃のアップに繋げるか。それに尽きるのではないか。そうした過程で見直す点があれば改善し、ESを高めてテナントスタッフのやる気を引き出す。使用者と雇用者が協力して売上げを伸ばし、結果としてそれが雇用者に還元されるような施策。それが駅ビル版の労使協調と呼べる所以である。

 営業担当者にとってテナントとのコミュニケーションが円滑で、仕事がスムーズに行くのであれば、御の字のはず。たまにPCの前から離れて、売場に立つこともありだろう。「ショップの売上げはこうしてもたらされるのか」という新たな気づきは、テナントのちょっとした変化も見逃さない力を育んでいく。国鉄時代の遺産が駅ビルの今に生かされていくということだ。
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