甍の上で

株式会社創瓦 社長 笹原真二のブログです。

マンスリー 載せたつもりも 気持ちだけ 旬を逃して 味わい薄し

2019-05-29 08:49:11 | Weblog
    平成から令和へ(気淑く 風和らぐ)

31年前、昭和天皇の崩御に伴い、慌ただしい中、当時の小渕官房長官によって「新しい元号は「平成」であります。」と発表された。今回は今上天皇が生前退位。新元号が発表される4月1日は特別な1日となった。

昭和から平成に移った時のことを思い出す。昭和64年1月早々、広島の小川瓦㈱さん、山口の大村瓦㈱さんと合同で、関西方面へ慰安旅行に行っていた。

7日の朝、昭和天皇が崩御されたというニュースが流れた。京都、奈良の神社仏閣めぐりの旅だったが、東大寺に行っても何処のお寺に行っても、当然のことながら、昭和天皇の遺影が置かれ大勢の僧侶によって読経が響いていた。

その日は、大阪に宿泊したのだが、歌舞音曲は控えるようにとの政府談話があり、当然ながら街は喪に服し、ネオンもついていない寂しい夜の街だった、この時の思い出は、全てが白黒なのだ。

中国が起源の元号(始まりは紀元前から)だが、日本では645年の「大化」が始まりで実に247の元号がある。大きな事件とか自然災害等の災いが起こった時などに改元され、一代の天皇で7回も改元がなされたことも有る。奈良時代の「天平感宝」という元号の時代はたった1年。10年未満の元号は当たり前のようにあり、2~4年というのが意外に多いことに驚いた。

中国では紀元前から元号が使われていた。1947年、辛亥革命によって清が滅亡するまでで元号は使われていたが、その後廃止された。朝鮮をはじめ、東南アジアでも元号を使用していた国はあった、しかし今では地球上で元号を使用している国は日本だけ、だからこそ、
この文化は大切にしなければならない。

4月1日、菅官房長官は、31年前の小渕官房長官と同じように「新元号は「令和」であります。」と発表。平成に慣れ親しんでいたから、少しの違和感は覚えたものの、新しい時代に自然と祝意が湧いてくるような気がした。
初春の令月にして 気淑く 風和らぎ・・・

万葉集から引用されたという。梅の開花とともに、春の訪れを喜んだ内容だという。TVには、大伴旅人の屋敷で、花見の宴の様子が描かれたイラストが写し出された。風景が元号になったような・・・その穏やかな雰囲気から「令和」が余計に良いと感じられた。そんなことを名古屋の江場さんにメールした。

「令和」いいねえ!哲学的でもないし、宗教的でもない・・・という返信があった。「気淑く 風和らぐ」そんな時代になって欲しいと思う。そんな毎日を自分の手で作って行きたいと思う。
  
  平成31年4月28日      笹原    真二

追伸  万葉集は、天皇、公家を始め、農民、遊女に至るまでの歌が編集されているという。そんな歌集から引用されたというのが、更に良いと感じるのだ。
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