散文詩

13個くらいは書きたいです

水色の部屋

2017-03-31 | 日記
ある日僕は旅に出ることにした。ひとところの場所にとどまっているには僕の中の孤独はあまりに大きくなり過ぎていたから。

本当は、ずいぶんと前からその存在には気づいていたのだけれど、長い間見て見ぬふりをしていた。あるいは、気付かないふりを続けていた時間が少し長すぎたのかもしれない。それは、今となっては僕を飲み込んでしまいそうなくらいに大きくなっていた。

旅に出ることが何かの役に立つとは正直あまり思えなかった。ただ、それでもここで終わりを待つよりはと僕は歩きだすことにした。暗い所ですべてを終えてしまうのはどうしても嫌だった。

僕は歩く。

草原を。砂漠を。
川沿いを。海辺を。

小さな村も、大きな街も
ただ僕の脇を音も無く通り過ぎていくばかりだった。

他人の瞳の中を覗いてみたところで僕の探しているものは見つからないという確信めいたものがなぜかあった。だから、僕はどちらかといえば人のいないところばかりを探した。
それでも、痛みはけっして景色に溶けることはなく、憂鬱は色を増していくばかりだった。


そんなある日、やっと僕は終着点にたどり着いたのだった。
それは、うすい水色の部屋で、僕にぴったりだった。
その色や形、他のすべての要素が終わりを予感させた。
あるいは、単に僕が旅を終えることを強く望んでいた、というだけのことだったかもしれない。
もうそれを確かめるすべはないのだけれど。

答えは結局のところ見つからなかった。今にして思えば、探す場所をまちがえていたのかもしれない。ただ、大人は自分の内側を旅する方法を知らない。もしかしたら、子供だって知っているのはほんの一握りかもしれない。どちらにしろ、僕は少し年を取りすぎていた。

それでも、僕は自分で自分をほめてあげたいような気がした。
さあ、目を閉じて。明日もう一度挑戦しよう。

・・・待ち望んでいた眠りはいつまでもやってはこなかった。
僕は寝ることを諦め、ベッドの上に横になってただじっと、世界の終わりを眺めていた。

自由落下

2017-03-27 | 日記
『だけど』
そこで君は、僕の目の中に昏い光を認めて口ごもった。

その先の言葉がもしかすると、僕を救ってくれる可能性があったのかもしれない。
ただ、その時にはもう、僕は光を直接見つめるには暗闇に慣れ過ぎてしまっていた。
光がすべての人にとって有益であるとは限らない。
あの日の僕は、もうとうの昔に引き返すことのできるポイントのようなものを通り過ぎてしまっていた。
恐らく、あくまで恐らく、なのだが、僕に選ぶことが出来たのは、暗闇の中で目の見えないまま生きていくことと、あるいは光の中でおなじように目の見えないまま生きていくことくらいだったように思う。

それも、今となってはどうだってよいことではあった。
どちらにしろ、僕はそれを認めるのには傷つきすぎていた。
僕らは傷つきすぎていた。

もちろん、人の目にこの世界がどれほど素晴らしく映っているかはわかってはいた。
僕の目にもかつては同じように映っていたのだから。



あの時手を離したことを後悔しているか?
今でも僕は時々考えることがある。
残念ながら、あるいはそれはほんの少しだけ僕に残された救いなのかもしれないが、どんなに慎重に考えてみたところでいつもたどり着く答えはNOだった。

僕に光の中を歩く道が選べたとは思えない。
もし時を戻すことが出来たとしても、きっと全く同じ道を経て今の僕にたどり着くだろう。そういった意味では、僕の人生のどの時点においても、誤りを正すことが出来たような選択肢など存在していなかったのだと思う。

君は僕の傍に居るにはあまりに明るすぎたし
僕はあまりに昏過ぎた。

君はそんなこと気にもかけたかっただろうとは思う。
ただ、それこそが君が僕の目に余りに眩しく映った理由でもある。





最後の瞬間、僕が手を振りほどいた時、君がどんな顔をしていたのか僕は見ることが出来なかった。

人生とは皮肉なもので、生きたいと願う者の手から容赦なくその命を奪っていく一方で、それを求めてもいない者の手に押し付けたりもする。


正直なところ、こちらはもう少し暗いものだと思っていた。
目は見えなくとも明るさを感じることは出来る。

こうやって僕は今日も落ちていく。薄明りの中を、決して辿り着くことのない地面に向かって。

眠る人

2017-03-21 | 日記
ほら、今日もまた一日が始まる。

さあ、カーテンを開けて 朝日を浴びて。
顔を洗って 歯を磨いて。
朝食の時間はないのでコーヒーだけで。

いつものように何かに追われるように
家を出る。

道端の猫にあいさつをして
駅へと向かう。

電車に飛び乗り ただ運ばれるまま
一駅、二駅と過ぎていく

あともう少し、もう少しだけ揺られていよう
ひとり、またひとりと電車をあとにしていく

そして一人、終点の海辺の町へ。

空は青く、風は心地よく。
そして海は空よりもさらに青く。

昔この景色を見せたい人がいたような気がする。
結局思い出せはしないのだけれど、それでも海の青さに変わりはなく
やがて不思議な形の貝殻が目について、それを拾い上げる。


・・・ここでいつも目が覚める。

ほら、今日もまた一日が始まる。
さあ、カーテンを開けて 朝日を浴びて。

そのとき、光に当たった手の中の貝殻が、静かに海の音を響かせた。

あいだの町

2017-03-12 | 日記

I

ここは、笑う町。
この町には泣く人はいません。

楽しければ笑います。幸せな時にも笑います。
でもいつだって泣くことだけはしません。心細いときも、辛いときも彼らは笑顔を浮かべてやり過ごしてしまいます。

少し怒ったように笑う人もいれば、ほとんど笑うこともなく無表情のまま一生を終える人さえいます。
ただ、悲しむ人は一人もいません。
なぜなら、そこは涙の存在しない町だからです。

あるいは、最近まではそこは涙の存在しない町でした、という方が正しいのかもしれません。


笑う町には、一人の少年が住んでいました。
彼は、この町でたった一人の、涙を持った人間でした。
その代わりに、彼はうまく笑うことが出来ません。

彼はいつも独りぼっちです。当然といえば当然かもしれません。街の人が皆笑っているときに彼は泣いてばかりいます。
彼らには少年の悲しみという感情は理解できません。人は自らの理解を超えたものを遠ざけようとするものです。

反対に、少年には町の人の気持ちが分かりません。彼にとって生きるというのは鋭さをもって胸に迫ってくるものです。
どうして周りの人は皆涙を流さずにいられるのか。
結局、彼には笑顔の作り方が分かりませんでした。


II



ここは、泣く町。
この町には笑う人はいません。

悲しいときは泣きます。辛いときにも涙を流します。
でもいつだって笑うことだけはしません。嬉しいときも、幸せなときも、彼らはその後ろに控えているであろう悲しみに備えています。

泣いてばかりいる人もいれば、ほとんど泣くことなく淡々と一生を終える人もいます。
ただ、笑う人は一人だっていません。なぜならそこは笑顔の存在しない町だからです。

あるいは、最近までは笑顔の存在しない町でした、という方が正しいのかもしれません。


笑う町には、一人の少女が住んでいました。
彼女は、この町でたった一人の、笑顔を持った人間でした。
その代わりに、彼女はうまく泣くことが出来ません。

彼女は町の人のことがあまり好きになれませんでした。彼女にとって、生きるというのはとてもカラフルで、驚きや喜びに満ちていました。もちろん悲しいこともあるけれど、それらによって喜びが薄まってしまうことは決してありませんでした。
反対に、町の人たちにとって、彼女はあまりにも不真面目で不謹慎でした。人生というのは、笑って生きるにはあまりに重大で、かつ困難に満ちていました。
彼らにとってそれは、もっと真剣に、静粛に生きるべきものでした。


III



『だけど、困難な時こそ笑うべきではないかしら?どんなに辛いときでも笑えば少なくとも少し心は軽くなるわ。』

彼女は、泣く町を離れることにしました。その笑顔だけを携えて。

町の伝説によると、丘を7つ越えたところにもう一つ町があるそうです。どんな町かはわかりませんが、いまの町でこのまま暮らし続けるのはどうしても嫌でした。

彼女は歩きます。

旅路は長く、困難でした。
笑顔は確かに心を少し軽くはしてくれますが、それでも彼女はひどく疲れてしまいました。
そして何よりも、独りぼっちでした。

人というのは孤独な時、前を向くのは難しいものです。

彼女は、丘を3つ過ぎて少し行ったあたりで一歩も進めなくなってしまいました。仕方なく地面に座り込みます。
町での生活が思い出されます。泣いてばかりいる人たちだったけれど少なくとも町で暮らしていた時の彼女は一人ではありませんでした。

こんなときこそ笑うのだ、と思いましたが笑い方を思い出すのはひどく難しくなっていました。
彼女は目を閉じました。最後に笑った時のことがよーく思い出せるように。





代わりに、泣き声が響きました。
彼女は、生まれて初めて泣いていました。

彼女は、人が涙を流すとき、優しい気持ちになるのだと知りました。
涙を流すと、少し楽になるような気がしました。

涙がおさまるのを待って、今度こそ笑い方を思い出そうと彼女はもう一度目を閉じます。





また泣き声が響きました。

しかし、それは彼女のものではありませんでした。


彼女の近くに、少年がうずくまって同じように泣いていました。

彼女は独りぼっちではありませんでした。



彼女はいままでで、一番大きな声をあげて笑いました。

少年が驚いて彼女の方を振り返ります。
彼女は、少年が今まで聞いたことのあるどんな笑い声よりも綺麗な笑い声の持ち主でした。
笑う町には、こんな風に笑う人は一人もいませんでした。



ふと気付けば少年もつられて笑っていました。
それは少年にとって、生まれて初めてのとてもあたたかな瞬間でした。


彼は、笑う町では独りぼっちでした。
そしてもちろん、丘を越えて旅をしているときだって独りぼっちでした。



でも、彼はもう一人ではありませんでした。

彼らはもう一人ではありませんでした。



笑い方を知らない少年と、泣き方を知らない少女
二人が出会った場所には今では町が出来ているそうです。
その町では、今日もあたたかな笑顔と優しい涙の両方を持つ人たちが暮らしています。