こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

不倫小説。-【2】-

2019年01月30日 | 不倫小説。


 ええと、例によってここに特に書くことない……ということで、どうしようかな~なんて(^^;)

 いえ、確か次回以降は医療関係のことで言い訳事項がたくさんあったと思うんですけど、↓の中の季節がちょうどクリスマスということで、クリスマスについて何か、と思います

 英国のデパート、ジョン・ルイスのクリスマスCMって、とても素敵なのが多いですよね

 本当はうさぎさんがくまさんにしたクリスマスプレゼントのアニメを貼りたかったんですけど……ようつべ☆にて、「※この動画は再生できません」との表示があったため、他のをと思いました。。。

















「あれ?なんか見たことあるやうな……」と思いますよね♪(^^)

 なんにしても、奏汰先生の娘さんはサンタさんに欲しいものを言わなくても、向こうではちゃんとわかってるはずとの主張の元、パパにもママにも欲しいものを明かさなかったわけですけど――いえ、奏汰さんや小百合さんが子供の頃に欲しいのでないのと違うプレゼントがあってがっかりした気持ち、わたしにもわかります

 確か、わたしが4歳くらいだった頃、頭の中で空想のピンク色のバッグを作って、「サンタさん、このバッグが欲しいです!よろしくお願いします!!」とかお願いしてたことがあるんですけど……その年のクリスマス、朝目覚めてみると、枕元には「めばえ」の雑誌が置いてありました(笑)

「なんでらの?なんでサンタしゃん、あたしの欲しいもの、わかんにゃかったの?うわああんっ!!」とはならなかったものの、サンタさんが何故わたしの欲しいものをくれなかったのかは本当に不思議で不思議で仕方なかったのです。。。

 わたし、子供の頃から自己主張しない大人しい子だったので、もしわたしがそっち系の子だったら、「サンタさんはなんでわかんなかったの?ねえ、なんでなんで!?」としつこく主張してうるさがられたかもしれないんですけど……まあ、大人になるとわかります。

 うちの両親は若くして結婚してるので(ようするに貧乏だった☆)、わたしと兄の分とふたつ、子供向けの雑誌を買うのが実は精一杯だったということが……。。。

 でも、奏汰さんちはおうちも裕福で、それなのに欲しいものとは違うものばかり毎年与えられ続けたって――「よくグレなかったな~」と思いますよね(笑)

 友だちで、小学5~6年生くらいになってもサンタクロースを信じてた子がいて――彼女の場合、家族仲がとても良かったので(いえ、うちも悪くはなかったですよ・笑)、ご両親がそうやってうまく娘さんふたりをその年くらいまで騙し(?)続けたって、本当に素敵なことだなって思った記憶があります。。。

 そして、奏汰さんと小百合さんもまた、娘さんの七海ちゃんをそうやってなるべく長く騙し続けたいと思っていたのに……七海ちゃんが「わたしとサンタさんのひ・み・つっ!!」といった感じで教えてくれかったんでしょうね(^^;)

 いえ、このエピソードはわざわざここで取り上げなくちゃいけないほどのエピソードじゃないんですけど(汗)、まあ、他に何も書くことなかったので、なんとなく

 それではまた~!!



      不倫小説。-【2】-

 この忘年会の翌日が非番で、つくづく良かったと奏汰は思っていた。何故といって、体のほうは活力に満ちているのに頭のほうは混乱の極致にあったからである。

 自宅へ逃げ帰ると、彼はいけしゃあしゃあと妻に対して嘘を並べ立てた。いや、半分以上は確かに嘘ではない。忘年会がいかに面白かったかということや、普段話す機会のない職員と話せて楽しかったということや……そのあたりはすべて本当である。だが、「そのせいか、つい悪酔いしてしまってね」というくだりからあとのことはすべて嘘だった。「酒の席でこんなことはとんとなかったが、気分が悪くなってホテルのほうで休むことにしたんだ。それで、こんな時間になってしまってさ」

 妻のほうではこうした夫の嘘について、すべて信じたようだった。彼自身も心の中で再三(大丈夫だ。このくらいなら疑われようがない)と、繰り返し呪文のように唱えていたものである。

「そう。今日がちょうど非番でよかったわね。お茶漬けとかおかゆとか……何か軽いものでも召し上がる?」

「ああ。そうだな。何かちょっとしたものでいいよ。そういえば、小腹がすいた気がするから」

 確かに、腹は減っていた。だが、それは見知らぬ女性としたセックスによる体力の消費によるものであり、それを妻の作ってくれた食事で補おうというのは、流石の彼にも良心の痛むものがあり……そこで彼は、食卓のパパ専用の席を立つことにしていた。

「小百合、悪いけど、食事のほうは書斎のほうに持ってきてくれ。ちょっと勉強しなきゃいけないこともあるからな」

 キッチンで小百合が「わかったわ」と答えていると、子供部屋のほうから娘の七海が寝ぼけ眼をこすりながら出てくる。

「パパーっ。きょう、お休みなんでしょう?ママ、ナナミがいい子いい子してたから、クリスマスの夜はね、サンタさんがナナのいっちゃんほしいものをプレゼントしてくれるってゆーのっ!ねえ、すごくなーい?ナナね、このプレゼントのこと、ずーっとずーっと秘密にしてきたの。でもね、サンタさんはナナみたいな子たちの秘密をぜーんぶぜーんぶ知ってるんだよっ」

 この時、奏汰は思わず苦笑した。振り返って小百合のほうを見ても、彼女もまた少し困ったような顔をしている。というのも、奏汰も小百合も、なかなか七海が「クリスマスに欲しいプレゼント」について話したがらないため……最後には「これではないか」と憶測による人形をプレゼントとして用意していたからである。

 娘の七海曰く、「だーって、だーって、サンタさんは口に出してナナが何を欲しいか言わなくっても、わかってるはずだもーんっ!」ということだったからだ。

「ねえあなた。明日の朝、どうなると思う?」

 書斎で最新の論文を読む振りをしながら、奏汰は言った。

「自分がサンタさんに願っていたのと違ったなんて言って、七海ががっかりするんじゃないかって言いたいんだろう?でも、大丈夫だよ。サンタさんだって忙しいから、たまに間違えることもあるって言えばいいさ。俺にも覚えがある……あるゲームのソフトが死ぬほど欲しかったのに、朝起きると枕元にあったのは非常にためになる子どものための絵本だったからね。その時の俺ほど七海が失望するとも思えない」

「確かにそうよね。わたしだって覚えがあるもの。アニメの人気キャラクターのポシェットが欲しかったのに、姉さんが欲しかったトゥシューズをもらえたのと違って、なんか子供向けの雑誌が枕元に置いてあったの。わかる?隣で姉さんがこの上もなく輝く顔をして喜んでるのに、わたしは両親がそうした差をつけたのが許せなかったものよ。その点、七海はひとりっ子だから……」

(わたしみたいに、どす黒い気持ちになるっていうことだけはないんじゃないかしら)

 小百合はそう言いかけ、夫が論文に目を落としたままなのを見て、食事だけ置くと黙って部屋を出ていった。昔から彼はこの部屋に妻が長居するのを好まなかったし、ここにひとり篭もっているからといって、夫が仕事に関する何かについて調べているとは限らないということも、小百合はよく知っている。マンションの間取りのほうは3LDKで、リビングダイニング、夫婦の寝室、子供部屋、そして夫の書斎ということになっていたが、小百合としては何も不満はなかった。夫が子育てに関する何がしかから目を逸らしたくて部屋に閉じこもったり、機嫌のいい時だけこの場所から顔を出して家庭サービスするという、何かそんな形であったとしても。

 だがこの時ほど、妻があっさり書斎から出ていってくれて良かったと思ったことは、奏汰はかつてなかったほどだった。もちろん、彼にもわかっている。何しろ今日はクリスマス・イヴなのだ。妻の小百合は七海のためにご馳走を作ったりなんだりで忙しいだろうし、彼も妻が超人気ケーキ店に頼んだというケーキを取りに行くくらいのことはしなくてはと思っている。

(あとは、サンダース大佐の鶏肉屋にも行かなきゃならないだろうな……)

 そう思う一方、奏汰の頭からは妻のことも娘のことも一時的に消し飛んでいたといっていい。頭の中にあること、また胸を去来するのは、きのうの夜から今朝方にかけて起きた一連の出来事だけだった。

(まさかとは思うが……もしかしてこれから俺は性犯罪者として、彼女から病院に訴えられたりするんだろうか?それとも、病院の廊下なんかで通りすがった時に、『この最低のレイプ野郎めっ!』という軽蔑の眼差しで見られるということになるのか……)

 もし後者であるとすれば、それは女性に泣き寝入りを強いるということなのだろうなと、奏汰は思った。つまり、自分は曲がりなりにも名の通った病院で外科部長などという役職にあり、そうした人間のことをレイプが事実であっても、容易には向こうでも訴えられないだろうということだ。

 さらに彼の中で問題なのは――彼自身でも信じられないことには――もうひとつの可能性に取り縋ってあるひとつの夢を見ているということだった。つまりそれは、あの女性のほうでも『一夜のあやまち』として水に流してくれるということだった。さらに奏汰は、彼女のほうで自分に対し、何かしてくれないだろうかと都合よく期待さえした。簡単に言うなら彼は、もう一度アレを繰り返したいと願っており、今彼はそのことしか頭の中で考えられなくなっていたのである。

 とはいえ、この日の昼食時、奏汰は妻や娘と一緒にうどんを食べながら麺を吹きそうになっていた。何故といって、テレビのニュースで、逮捕されたレイプ犯が「同意の上だと思った」と供述しているという報道をやっており、美人ニュースキャスターは「信じられませんよね」と言い、ゲストコメンテーターのほうでは「ゲスの所業としか言いようがありません」とコメントしていたからである。

 以前は彼も、この種の報道を目にするたびに『やれやれ。まったくしょうがないな』といったように安易に断罪できたものだった。けれどこの日ばかりは彼もまた咳き込み、妻から「あなた、まさか風邪?」と疑われねばならないという始末だった。

 この日奏汰は、カーラジオから虚しくクリスマスソングが流れるのを聞きながら、娘と妻のために超人気ケーキ店に並んでケーキを受けとり、サンタ服を着たサンダース大佐が目印の店で、結構な時間待たされたのち、ようやくのことで6ピース入りの鶏肉を受け取っていたのである。

 また、いいパパ役に徹して娘とゲームを楽しんだり、クリスマスのアニメを見たりする間も――ずっと頭にあるのは昨夜彼女との間にあった出来事であり、昨晩のことが彼女にとってはどういう受け止めになっているのか、そのことばかりが気になっていた。

(もちろん、普通に考えれば、酔って気分の悪くなっているところを襲われたってことだよな……だけど、もしあれが彼女にとって許せる範囲のものだったとすれば……)

 このことを考えるたび、奏汰はシャンパンを飲む手が進んだ。もし彼女が看護学生であったとすれば、明日あたり担当部署の看護師長から総師長にまで話が上がり、さらには病院長に院長室へ呼びだされるということもありうる。けれど、奏汰としてもっとも望んでいるのは、その前にどうにか彼女と話しあいたいということだった。そして、その際には誠意をこめて謝罪し、賤しい方法かもしれないにせよ、もしお金で解決のつくことなら……彼としては今の自分のへそくり全財産を渡してでも、事の露見を未然に防ぎたかったというわけなのである。


   *   *   *   *   *   *   *

 とはいえ、奏汰としても一番困ったのが、彼女が病院内の一体どこの誰なのかがわからないということだった。何分、総合病院内は広く、事務職員や薬剤師までも含めると、普段そう容易にばったり顔を合わせる可能性のほうが極めて低いのではないかと思われるばかりだった。

 ゆえに、彼はその日一日、誰かが「総師長がお呼びですよ」とか「病院長が至急院長室へ来てくださるようにとのことです」と知らせにくるのではないかと怯えていたのだが――忙しい一日がようやく過ぎようという時、はたと気づいたことがあった。

 彼が仕事を終えて帰ろうと思ったその日、時刻は七時に近かったが、日勤の看護師であれば、すでに帰宅していておかしくない時刻だと思ったのである。

(そうだ。自宅の場所はわかってるわけだから、そちらに行ってみよう。夜勤の担当、あるいは休みでどこかへ出かけているというのでもなければ……おそらくいるはずだ)

 実をいうとこの時、奏汰は少しばかり意気揚々としていたかもしれない。もし出会った瞬間、相手が嫌悪と軽蔑に満ちた顔の表情をしていたとすれば、それはそういうことなのだと了承するしかない。だが、自分でも虫のいい話とは思うのだが、彼はそうではない可能性もあることに、儚い望みを抱いていたのである。

 信じられないことに彼は、鼻歌さえ歌いながら車を運転し、例の女性のマンション前にまで車で向かった。だが、マンションのエントランスで部屋の号数を押しても相手は一向に出ない。(居留守ってことはないよな……)奏汰はそう思い、外に出てマンションの上部を見上げてみたが、灯りがついているかどうかまでははっきり確認することが出来ない。

 そして、娘と何度となく一緒に見たDVDのあの歌――「♪少しも寒くないわ~」のリフレインを頭の中で聞きながら、暫く不審者よろしくマンションのまわりをウロウロしたあとで……(四十を越えたいいおっさんが、何やってんだか。これじゃまるでストーカーじゃないか)ということに今さらながら気づき、奏汰がトヨタ・プリウスの運転席へ乗りこもうとした時のことだった。

 角を曲がって、バーバリーのマフラーを巻いたダッフルコート姿の女性が――こちらへやって来るところだったのである。彼女のほうでは片方の肩にはショルダーバッグ、またもう片方の手には買い物袋を提げていて、何か深く考えごとに沈むような顔をしていた。そして、そのせいかどうか、黒い車の前に立つ、桐生医師のことにはその目の前にやって来るまで、まるで気づかなかったようなのだ。

「や、やあ……」

 奏汰自身、なんともいえない、間の抜けた声のかけ方だとは思った。そして、女性のほうではこの時ようやくハッとしたかと思うと、あとの行動のほうは速かった。そそくさとばかり、奏汰の存在のことは一切無視し、マンションのドアのほうへ一目散に向かっていたからである。

「ま、待ってくれないかな。この間のこと、一度話しあわなくちゃと思ってて……」

「話しあうことなんか何もありません!帰ってください」

 女性のほうで、オートロックの鍵を開けて先へ進んでいっても、奏汰のほうでは一向慌てなかった。もちろん、彼の目算のほうが外れている可能性もあったが、それでも会った瞬間にひとつのことがわかっていたのである。おとついの夜にあったことは恥かしいと思っているが、彼女のほうでは訴えようとかなんとか、そう事を大きくするつもりはないのだろう、ということが……。

「君に話しあうことはなくても、俺にはあるよ。ほら、その……」

 エレベーターが五階から降りてきて、彼女が乗りこむと、奏汰もやはり一緒に乗った。この時分になると、彼のほうでも幾分か事情が飲みこめてきた。彼女のほうで、自分と一切目を合わせないことからしてわかる――彼女のほうではおそらく、あの時のことは『なかったこと』にしたいのだということが。

「部屋に、上げてもらえないかな?この間のようなことはないって、約束するから……」

 奏汰は鼻先でドアを閉められそうになったにも関わらずねばり、なんとかもう一度女性の部屋の中へ足を踏み入れることを許された。おそらく、彼女としても一度きっちり話したあとは、このあたりを二度とうろついたりしないよう、キツく言い渡そうと思ってのことに違いなかった。

 彼女は買ってきたものを冷蔵庫に片付けると、驚いたことには奏汰に対して茶まで淹れてくれた。もっとも、彼のほうで「ありがとう」と言っても、むっつり黙りこんだまま、返事のほうはなかったにせよ。

「あのあと、すごく困ったんだ。どうしてって、君がどこの部署の誰かもわからなかったものだから……」

「その、何をお話したいのかわかりませんけど、あの日のことはわたし、よく覚えてないんです。そう見えないかもしれないけど、わたし、お酒にはどちらかというと強いほうで……お酒の席で醜態を晒したりとかって、今まで一度も経験ないんです。あの時だって、仲のいい介護員の何人かとしゃべってて、なんで隣に先生がいたのかも、よくわかってなくて……」

(先生?っていうことは、この子のほうでは俺が誰かわかってるのか)

「そっか。まあもう、宴会も終わりに近くなるとああいう雰囲気になるものな。隣に誰が座ってようと関係なく馬鹿みたいにげらげら笑ったりとかして……」

「ですよね。わたしも、気分が悪くなってどうしようって思ったところまでは覚えてるんです。それで、誰かが体を支えてくれて、一緒にタクシーに乗ろうって言ってくれて……でも、それが先生だとは思いませんでした。次の日出勤したらみんな、わたしが桐生先生とどっか行ったみたいなことを言うので……ああ、そうだったんだと思って」

「…………………」

 流石にこの段になると、奏汰も罰の悪いものを感じた。つまり、彼女のほうの言い分はこうなのだと察することが出来たからだ。あまりに気分が悪かったところ、どこの誰とも知らない人が手を貸してくれた。ところがその優しい男の手に縋っていたら、その男は最後に送り狼に変身していたという、話の筋の行き着く先は、どうやらそのあたりであるらしいからだ。

 奏汰が言葉を失ったまま黙りこんでいると、どうやら看護師ではなく介護職員らしい女性は話を続けた。それも、ひどく言いにくそうな素振りで……。

「正直いって、わたし、自分は最初、被害者だと思ってました。でも、他のみんなの話を聞くと、何か違うんですよね。先生にあんなことまでさせたら、自分のほうから誘ったみたいに勘違いされても仕方ないんじゃないかって……それで、初めて気づいたんです。その、わたしがもし仮病を使っているように見えたんだとしたら……」

「いや、そんなことはないよ」奏汰は慌てて言った。もしかしたらそういうことにしておいたほうがこの場合、彼にとっては都合がよかったかもしれないのだが。「あれは演技して出来るような仮病なんかじゃなかったよ。何分、こちとら一応医者だ。そのくらいの見分けはつく。それに、君が俺を誘ってこの部屋へ連れ込んだというわけでもない。ただ、俺のほうで誘惑に負けたんだ。実際、とても最低なことをしたとも思ってる。今日は、そのことをあやまりたくしてここへ来たんだ」

 今度は、若い介護員の女性のほうで黙りこむ番だった。彼女のほうでは、桐生医師は若く見えるが四十を過ぎていて、結婚もしており、小さい娘がひとりいるらしいということも、看護師たちの噂話で知っていた。だから、正直今も驚いていた。もし仮に正面切って話しあうようなことがあったとして――相手はしらを切り通すか、自分のほうから物欲しそうに誘っただのと言われて終わるのだろうと思っていただけに……むしろこうして素直にあやまられてしまうと、彼女としても何をどう言ったらいいかがわからなかった。

「わたしのほうこそ、すみま、せんでした……じゃあ、あの日の夜には、何も起きなかったということで……」

 彼女のほうではつかえつかえ、そう言うのが精一杯のようだった。雰囲気として、奏汰もそろそろ帰るべきなのだろうとは思った。けれど、彼が席を立ち、次に彼女のほうでも席を立った瞬間……。

「もし俺が……あの時のことをなかったことにはしたくないと言ったら?」

 この時、マンションの前で出会って以来、初めて彼女は奏汰のことを真正面から見た。その顔には驚きと困惑の色が浮かんでおり、彼女のほうでも彼が何を言いたいのか、掴みかねているようだった。

「変なこと、言ってもいい?あの時の夜から、君のことが頭から離れない。毎日、あの時の君のことばかり考えてる。さっき、君はあの時のことはよく覚えてないって言ったけど……本当にそう?確かに、君のあれは演技ではないと思うし、あの状況では抵抗も出来なかったろうとも思う。だけど、時折「ああ、先生……」って小さな声で切なそうに言ったの覚えてない?だから俺、ちょっと余計に興奮して……」

「い、言ってません、そんなこと!絶対に違います!!」

 もう何かを堪えきれなかったのだろう。若い娘のほうでは奏汰の視線を振り切るようにして、逃げようとした。だが、彼はドアに向けて帰るのではなく、彼女のほうを追いかけた。それから、彼女を背中から抱きしめると、もつれあうようにベッドの上へ倒れこむ。

「ほら、嫌なら抵抗したらいい。あの時と違って、今はもう気分も悪くないはずだし……」

 女性の耳元にそう囁きながら、奏汰が彼女の首筋にキスしていた時のことだった。予想していたような激しい抵抗のないのが不審になり、彼が顔を上げてみると――彼女のほうでは泣いていたのだ。

 こうなると、奏汰のほうでも流石に恥かしくなり、一度体を起こした。それから、「すまない」と小声であやまると、女性のほうでも「いえ……」と答えていた。

「そういえば、君、いくつ?」

 どうにも間が持たなくて、奏汰はベッドの縁に腰かけたままそう聞いた。女性のほうでも体を起こし、彼の隣に座るような形になる。

「二十三、です。でも、どうしてですか?」

「どうしてって……最初から若いなとはもちろん思ってた。だから、四十も過ぎたいいおっさんが、良識的に考えて、こんなことはするべきでないし、本当に最初はただの善意だったんだ。そのことだけは信じてほしい」

 今度は、奏汰のほうで女性のほうを振り返って見ることが出来なかった。これでは、一度強引に体の関係を持てたのをいいことに、野良犬が襲いにきた……といったように誤解されても仕方ないと思っていた。

「先生は、どうされたいんですか?わたしがいいと言ったら、わたしと寝たいんですか?もしそうなら、それでも構いませんけど……」

「…………………!!」

 奏汰は驚いて、もう一度彼女のことを振り返った。彼自身のこれまでの乏しい恋愛経験の中で、女性が何を考えているのか本当の意味でわかった試しなどほとんどないのだが――それでも、この時ほど(訳がわからない)と思ったことはなかっただろう。

「ただ、先生はそれで困ったりされないのかなと思って。わたし、先生が結婚されてて、綺麗な奥さんがいて、お子さんもいらっしゃるってちゃんと知ってます。夜勤で休憩室で一緒になった時、看護師さんたちがそういう話をされていたので……もちろんわたし、奥さまに何か言おうなんて思いませんけど、先生みたいに真面目な方って、見るからにこういうことで良心が呵責して苦しみそうに見えるし……」

「俺って、君の目から見ても、そんなに真面目そうに見える?」

「いえ、全然」

 相反することを言われ、奏汰は笑った。このあとで清宮明日香(きよみや あすか)と名前のわかる女性のほうでも、彼と同じように笑っている。

「ただ、男の人ってわからないなと思って。二回か三回寝たくらいなら、遊びの範疇として良心もそんなに痛まないっていうことなのか……それに、先生だってわたしのこと、よく知らないでしょう?怖くないですか?もしかしたらあとで、桐生先生から突然襲われたなんて言って、わたしが言いふらすかもしれないとか、考えたりしないんですか?」

(君は、たぶんそういうタイプの子じゃないよ)と奏汰は言いかけて、黙りこんだ。実際、彼は彼女の名前さえまだ知らなかったのだから。

「とりあえず、君、名前なんていうの?それと、うちの病院の何科で働いてるのかなって思ったり……」

 ここで明日香は吹きだすようにして笑いだしていた。そして、「やっぱり!」と言って、手のひらを打っている。

「面白いですねえ、先生。わたし、七階の脳外病棟で働いてるんです。もちろん、わかりますよ。お医者さんとわたしたち介護員って、そもそも接点なんて何もありませんし……先生の認識としては、ブルーグレイの制服を着た職員が、看護師に混じって時折ちょこまか動いてるなくらいの認識なんだろうなっていうこともわかります。でも、じゃあ先生は今の今まで、まるで認識されてなかったわけなんですねえ。だって、普通なら流石にまずいと思うはずですもん。他科ならともなく、同じ脳外の職員に手をだしたりしたら、もう明日には看護師たちからどんな目で見られることになるか、そのことが心配で心配でノイローゼになってるくらいじゃないかって思うくらいだもの」

 ――奏汰は言葉を失った。先ほどまでは彼のほうにあったように感じられたある種の優位性が、こうして一気に転覆してしまったわけだった。それならばなおのこと、彼女のほうから「なかったことに」と言ったり、少しばかり試すようなことを口にしたのも無理からぬことと今ではわかる。

「でも、安心してください。今じゃもう先生もそんな気なくなっちゃったでしょう?大丈夫ですよ。わたし、こう見えて結構口堅いんです。だから、この間のことは誰にも言ったりしませんし、最初はどういうつもりであんなことって思ったりしたんですけど……今はもうわかっちゃったので、なんかもういいです」

「わかっちゃったって、どういう意味?確かに、俺は君の目には馬鹿な間抜けのようにしか見えないかもしれないけど……いや、自分でもいい年して何をやってるんだとも思ってる。俺がここの病院にやって来たのが今年の四月だから――たぶん、君はもうその時からうちの脳外病棟にいたってわけだ。もちろん、仕事で話したことなんかは一度もなかったにしても……」

 ここでも明日香は、「それもちょっと違うんだなっ」と、軽く抗議した。

「確かに、先生とわたし、一度も話したことはないんですよ。でも、先生が回診に来た時に同じ病室にいたりとか、ICUで先生が処置してる時にわたし、患者さんの体支えてたりとか、そんなことは何回かありましたもん」

「そ、そうか。じゃあ、ますます俺は輪をかけて間抜けな馬鹿ってことになるな。そんなことにも気づかないで、一度関係を持ったのをいいことに、また君に迫ろうとしていたわけだから……」

「いいえ、ぜーんぜんっ」

 明日香は、うろたえて顔を赤くしている奏汰のことを、隣から覗きこむようにして言った。

「わたし、先生っていい人なんだなって思いました。わたしが想像してたのって、次のようなことだったんですよ。たとえば、これから病棟の廊下なんかでたまに会っても、「何もなかった」みたいな、冷たいケロっとした顔を先生のほうではしてるっていう、そういう感じなんだろうなと思って……でもまさか、正面きってちゃんとあやまってもらえるなんて思ってなくて。そう思ったらなんか、自分も悪かったのかもしれないし、だったらいっかって、今初めてそう思いました」

「だったらいっかって、駄目だよ。実際、俺はどうすればいい?こういう言い方はしたくないけど、お金だったら多少は出せる。だからといって、それは他の誰にも言うなっていう口止め料ってわけじゃない。他に、どうしたらいいかもわからないから、そう言ってるだけだ」

 明日香は、いつも病棟で見かけるのとまるで違う、桐生医師のうろたえた様子に驚いていた。病棟で見かける彼は、患者に対しては優しいが、それ以外ではいつもどこか超然としてクールに見えた。それが、困ったことになるとこういう顔になるのだと思うと、なんだか新鮮だったのだ。

「じゃあ、お金はいりませんから、そのかわり、時々うちに遊びに来てください。まあ、先生も忙しいだろうし、わたしもシフトてんでバラバラなんで、なかなか難しいとは思うんですけどねー」

「思うんですけどねーって、君、わかってる?そういう言い方をされたら、俺は絶対どうにかして時間を合わせてここに来るよ。もし、君のほうにそのつもりがあるなら……」

「いいですよ。病院では顔を合わせることがあっても、これからも『君のことなんか名前も知らない』って感じで、ここへ来た時だけ先生がしたいようにするっていうのでも」

 奏汰のほうで、探るような眼差しを明日香に向けても、彼女のほうでははぐらかすようにベッドから立ち上がっていた。彼女の今日の晩御飯は焼き肉丼だという。焼き肉のタレに浸した豚肉を野菜と一緒に炒めてごはんにのせるだけ……とのことで、明日香はふたり分の焼き肉丼とお味噌汁を作ると、奏汰と一緒に食べた。

 そしてこれが、彼と彼女の、これから長く続くことになる愛人関係のはじまりだったわけである。



 >>続く。





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