花ざかりの廃園

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哲学者 # 古東哲明

2009年10月06日 | 美術


(左)古東哲明氏   (右)『現代思想としてのギリシア哲学』 古東哲明著 (講談社選書メチエ・127)1998年、4月刊。および、(ちくま学芸文庫刊)

ぼくはこの本を当時の新聞評(読売)で知り購入した。
本の良し悪しは読者側の感性や趣味などによるから、本当はぼくにはどうこう言えないけれど、この本に出会えてとてもうれしく思っている。
(めちゃくちゃ気に入っているものは、人には教えず独りでこっそり楽しむものだ、といった意味のことを澁澤龍彦が言っていたけど、
ぼくはそんなせこくないので皆にお勧めします っていうか、新聞に既に出てたのだった。)

以下、新聞の評者:永井 均氏の言葉を要約して紹介しますと、、、


     *


「神は、存在するかもしれないが、存在しないかもしれない。 ”神は存在するもの” にすぎないからである。それゆえ、信仰の対象になる。

これに対して、神が存在しようがしまいが、そのことを含む森羅万象が ”存在するというそのこと”は、存在しないことができない。

だから、存在そのものの神秘は宗教的な神秘よりも深いのである。

この存在神秘を自覚して生きるか、それを自覚せずに生きるかで、『この地上には、まったく別種のふたつの人生がある』とすらいえるのだと著者は言う。

・・・ソクラテス、プラトンを含む古代ギリシア哲学の全体が、存在驚愕(そんざいきょうがく)・タウマゼイン・{森羅万象が ”ある”というそのことへの驚き} の一点から読み解かれていく。
・・・日常のこざかしい気づかいを離れ、存在という一点へ魂を向け変えた新しい人生を学びたい方に、一読をおすすめしたい。」


     *


社会の底辺に生きるぼくのような人間にはとても有り難い本、福音の書なのである。 良寛さんなら
 
”事足らぬ 身とは思はじ柴の戸に 月もありけり 花もありけり” といったところか、、。 
                            (柴の戸・・粗末でむさ苦しい家)

      *

ことうてつあき・・・ 1950年生まれ 京都大学哲学科・大学院修了、広島大学総合科学部教授。哲学、現代思想、比較哲学。
            著書  『〈在る〉ことの不思議』 『ニヒリズムからの出発』 『ハイデガー=存在神秘の哲学』 『他界からのまなざし』 
                『瞬間を生きる哲学──<今ここ>に佇む技法 』2011.3 (筑摩選書)など。

    古東哲明氏 自著を語る→こちら

   

                *

”あなたの方からみたらずゐぶん さんたんたるけしきでせうが

 わたくしから見えるのは やっぱりきれいな青ぞらと

 すきとほったかぜばかりです”

                「眼にて云ふ」(宮沢賢治)より

                *

" the Eye altering alters all " (W.ブレイク)

                *

     ”だから汝はこの楽園を
 去るのを厭うのではなく、汝の内に楽園を持つのだ
 これまでのものよりはるかに幸せな楽園を。”
                
               (John Milton)

                *

”我々は探求をやめないだろう

 そしてあらゆる探求の終わりは

 我々の出発の地に達すること

 そしてその地を初めて知ることなのだ。” (T.S.Eliot - Four Quartets) 

                *

”正気の人間にとって世界は楽器である。

   それを奏でることのなかに、無上の喜びがある。” (ヘンリー・D・ソロー)

     

            *  *  *



 (お薦め関連図書)J.M.G.ル・クレジオ著、「地上の見知らぬ少年」 
ジャンル:
芸術
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