
チェスを覚えたのは若い頃勤めた職場だった。
昼休みに上司から「教えるから相手になってくれ」と言われたのが始まりで、元来嫌いな方ではないのでルールを教わり、たまに勝つようになると面白くなり、しまいには「一局お願いします」と自分から申し込むようになっていた。
数年前パソコンを買い換え、搭載されたゲームを見るとチェスがあった。
懐かしくて数十年ぶりにやってみたらすぐにハマり、パソコンを立ち上げるとまずは2~3ゲームやってからという習慣になってしまった。
LEVEL1~10があり、感心するほどのプログラミングで一段階上がるごとに確実に手強くなっていく。
長時間やっているとなんとなく人格が仄見えてくる。
こちらが優勢だと、対戦相手(もちろんコンピュータ)の駒の動きにやけっぱちの印象が漂う。
「そうカリカリしなさんな」などと余裕の微笑で宥めてやる。
逆にあちらが優勢になると、「どうだ、この一手」とばかりに胸をそびやかしてくる。
ある時台所で無地の白い皿を洗っていたら、皿の表面がなんだかチカチカしていた。
チェス盤の市松模様の残像だと気づき、さすがにヤバイ!と思った。
結構楽しんでいたが、PCが不具合になった。まだ修理もせず放置したままである。
別のPCを使い始めたが、それにチェスはなくマイ・ブームは去った。
…のつもりだったが、しばらくすると何となくもの足りなくて検索し、YAHOOモバゲーで初めてオンラインゲームをした。
ところがサイトを見つけた時点で、チャット欄に「もうすぐチェスが閉鎖されるらしいよ」という書き込みがあった。
「YAHOO USAに登録して引っ越そうかな」「あそこは強者揃いで歯が立たない」「チャットが英語だから焦るよ」などといった書き込みを横目で見ていたら、ほどなく閉鎖になってしまった。
YAHOO USAは敬遠し、最後の対戦相手が教えてくれたURLを開いてみた。
http://www.playok.com/ja/
チェス以外にオセロや将棋、囲碁などもある。
YAHOOと較べて平板な駒のイラストで画面がお粗末(冒頭の画像はPC搭載のゲーム)、得失駒の表示がない、チャットと棋譜が切り替えになって同時に見られないなどの不満はあるが、ゲームは楽しめる。
ほとんどは黙々とゲームに専念しているが、制限時間(テーブル作成者が設定)15分以上あると挨拶程度を書き込む。
初めての対戦で「4649」と書き込んだら、「What ?」と返事が返ってきた。
YAHOOでは「4649(よろしく)」「39(サンキュー)」の挨拶をしていたのだ。
てっきり国内だけの参加者だと思っていたら違っていた。
以来、「Hi !」で始めて余裕があると「Where are you from ?」と尋ねる。
これまでチャットしたのはポーランド、フランス、モロッコ、ルーマニア、スペイン、アルゼンチンなどで、なぜか英語圏の人が少ない。
共通語は当然英語になるが、たどたどしいのはお互い様なので気楽に書き込める。
ポーランド人の対戦相手に「あなたの国が好きだ」と軽い気持ちで書いたら「どんなところが?」と返ってきた。「えーと、たしか東欧の国、首都はワルシャワ…」と考えている間に制限時間が減り焦ってしまった。社交辞令も考え物である。
国名でなくアフリカと答えた相手に「こちらは日本」と答えたら、「BANZAI」「HARAKIRI」「PEARL HARBOR」の3つの単語を並べられた…。
母国語で通す人もいる。
「mis huevos !」はどこの国のどんな意味だろう?
「待った」の申し出を受け入れた後に書かれていたので、多分「ありがとう」だとは思うが…。
18個あるラウンジは150人前後で満員になるが、週末の夜は大半ふさがってしまう。
現在の勝率は4割4分9厘。だいたい同レベル前後を相手にこれだから、実力は推して知るべし。
消耗戦になって、相手がポーンをコツコツと進めクィーンにする作戦に出ると、嫌になってさっさと投了をクリックしてしまう。
しばらくPCの前を離れて戻ってくると、対戦申し込みが10枚近く届いている。
その半分は格上のプレーヤーで、つまりはカモにしたいのだ。
それぞれがレートを持ち、勝てば増え、負ければ減る。勝ってランクを上げていく。
たまに上段者を相手にして「チェックメイト」できた時は気分がいい。
ハイレベル同士のゲームを覗きに行くと、制限時間3分の設定で駒がめまぐるしく動いている。
肉を切らせて骨を断つ戦法で、例えクィーンが取れても無視してキングを狙っていたりする。
こちらはまだまだ「へぼ将棋 王より飛車を可愛がり」のレベルである。
こうして秋の夜はしんしんと更けていく。