「早春」昭和十七年八月 第三十四巻第二号 近詠 俳句
近詠
夏深く村気朝照る壁にあり
雲の峰知人しきりに南洋へ
杉檜の風が肌に明易き
父と來る母と來る日の鴉の子
鮎の水鐡橋架り人家なし
緑陰に繙きてあり圖南の書
桑の實をふゝみ涼しき雨に佇つ
露古りてでんでん蟲と凝りにけり
ぎす捕りの草伏す古井恐れけり
日盛りて御旅所まつり常の町
しゃぼての餘りの多變憎みけり
跣足熱し蟲のきこゑて嗄れてゐる
鮒一尾金魚のなかに素直なり
茄子はむらさきころびてまろし露をもつ
蟹の眼の人を見なじみあわれなる
夜の欄に裸の背を海は闇
夏嵐筧が壺を外れゐる
法妙院
日の斑さ揺れず遠州の庭涼しけれ
小さきくちなは堀すそ出でゝ齒朶を縫ふ
庫裡の涼仰ぐ野天井の煙ぬき
大茶壷その他豊公遺物南風入る
印度副王より秀吉への書簡
秀吉の圖南しのびつ梅雨好晴
寶物庫ひゝやりと痩女の面のある
国賓を辭し來て緑陰白書院
蓮華王院
日盛りや三十三間堂の縁
一千一躰の佛在して涼わたる
風伯雷神二像
風伯より雷神親し蠅舞へる
大矢敷の廊下なり暑を踏み果てず
打水をする柳茶屋珠敷賣る店
養源院
血天井すこし通ふは青嵐歟
初雷
初雷を野はたひらかに水とあり
初雷にうすき日ざしの海にあり
菫
すみれ原戻りの我に魚籠重し
すみれ原夜になるうしろ顧みつ
すみれ原松の下來て海近く
草刈り
草刈りや女ばかりか露の顔
草刈り己れの音に露ふりて
草刈り社の近くひとめぐり
早春社七月本句會 兼題「練雲雀」席題「梅雨あけず」
飛び村の岬に高しねりひはり
藪どころいちにち凪ぎて練雲雀
蝿若き光にとんで梅雨明けず
梅雨明けず日を見するとき山のひだ
爽明會 七月二日
夜光蟲戻りて芝に足ぬぐふ
古釘に風鈴のつるところあり
二葉會 五月例會
葉櫻に透く高館の燈りけり
よべの燈の島は夏暁にいと近し