大変恐縮です、2014年4月1日より長期休業中とさせて頂いております。

再開の折はHPでご案内させていただきます。

五葉ツツジ 白ヤシオ とも 那須では有名なつつじ

2012年04月29日 | Weblog
4月29日の映像、あと数日で満開、既にピンクヤシオは散ってしまったが、白ヤシオ(五葉ツツジの白)はこれから、連休には客室から素晴らしい風情が楽しめる。移植して二回目の春 
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ふうづきぼっこ:新春の風情&エグ味

2012年04月24日 | Weblog
南会津では、方言で「ふうづきぼっこ」と云う 高杖スキー場辺りは正に早春、地元の人はホウズキの形をしていて、ぼっこだともいう。ホウズキが訛ってフウヅキかも? 因みに「ぼっこ」は「おぼこい子」というような意味で、世間知らずな、世間ずれしていない、可愛い女の子というような意味があるのです。それと、すでに述べたような、妖怪のような神のような、不思議な民俗的な「子ども」ですとの書き込みも。。。。
いづれにしても。可愛い表現=ふうづきぼっこ
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清楚な水芭蕉

2012年04月24日 | Weblog
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プジョー306カブリオレの走りが戻って

2012年04月24日 | Weblog
昨年後半あたりから、エンジンルームからの嫌な高周波的な異音が出ていた。従前の走行時の快適さは一切なく重たい車をよいしょと走らしているような状況だった、登録から12年目走行距離も6万キロを超えエンジンのバルブ開閉の重要な部品:タイミングベルト(ゴム製のコックド・ベルトや金属チェーンも有るのだが)はこの車はゴム製のコックド・ベルトでそろそろ交換の時期でもあった、その交換を兼ねて工場入院、異音はパワーステアリングのポンプからの音かと思っていたが、プロの診断でテンションベルトに関連するアイドラーローラー(部品価格:4300円)からのものだった、合わせてエンジンオイル交換をお願いして完成引取りで宇都宮へ、帰路の走行感は、馬力上昇、高回転まで力強く快適で正に水を得た魚の如く、プジョーらしい
運動特性を表し、少し離れていた愛着を再び蘇らせてくれた、メカニックの皆さん Thank-you!
そして、24日は福島・南会津へドライブ 外気温19℃~20℃爽やかな空気を一杯 背景は高杖スキー場
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♪♪~コブシ咲く・・・・・・・・

2012年04月20日 | Weblog
去年、春の終わりに近くで買った「コブシ」漢字では「辛夷」と書き 学名:Magnolia kobus はモクレン科モクレン属の落葉広葉樹とのこと、辛い蝦夷の夷とは意味深い? まだ身の丈1mくらいなのに大きな白い花が二つ、つぼみが1つ付いている。八重だが一重もあるし春先の優雅な花と思う、成長も早いだろうから見事な姿に白花を散らす姿が楽しみ。因みに名前の由来は以下の通り、
果実は集合果であり、にぎりこぶし状のデコボコがある。これがコブシの名前の由来であるが、一方で果実の形状が名前の由来とも言われる。
別名「田打ち桜」とあり、農家でこの花を見て田を耕す時期を知るという訳である。
♪~コブシ咲くあの丘北国の♪♪~
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日本で初めて電池を製作した人物は

2012年04月20日 | Weblog

長らく電池業界に籍を置き、佐久間象山(しょうざんともぞうざんとも)の名前や顔は知識に入っていたが、交友関係など目からうろこ的に知る機会があった、王子から那須塩原への高速バスの待ち時間を利用しての飛鳥山での発見である、葉桜になりかからんとしている長閑な午後だった。

日本電池工業会の資料に 電池の歴史が書かれてあり、
 日本人として初めて電池を製作したのは佐久間 象山(1811年~1864年)であるとされている。以前に長野へ掛けた折に http://www5b.biglobe.ne.jp/~mura-tok/sakuma-4.html 象山記念館に寄りたかったものの時間が無く諦めていたが、前述の4月19日時間が有って王子の飛鳥山公園で久々に「佐久間象山」と云う名前が目に付きその桜の腑(ふ)の案内板を読んでみると

 桜の賦は、松代藩士で儒者であったが、後に西洋の学問を学び進歩的考えをとなえ、明治維新前後の日本に大きな影響を与えた佐久間象山(さくましょうざん)の作である。この賦で象山は、桜の花が陽春のうららかな野山に爛漫と光り輝き人々の心を動かし、日本の全土に壮観を呈しその名声は印度、中国にまで響き、清く美しいさまは他に比類がないと云い、当時象山は門弟吉田松陰の密出国の企てに連座(れんざ)松代に蟄居(ちっきょ)中であったので、深山幽閉中で訪れ来る人もないが自ら愛国の志は堅く、この名華の薫香のように遠くに聞こえると結んでいる。

 この賦は象山50歳(万延元年 1860)の作と云われ2年後の文久2年(1862)孝明天皇の宸賞(しんしょう)を賜った。象山は蟄居赦免(ほうめん)となり翌年京に上り皇武合体開国論を主張してやまなかったが一徹な尊皇攘夷(そんのうじょうい)論者によって刺され、元治元年(1864)7月11日54歳の生涯を閉じた。この碑は遺墨(いぼく)をもとに門弟勝海舟の意によって同門北沢正誠(まさなり)の文で書は日下部鳴鶴(くさかべめいかく)である。明治14年11月15日と刻まれている。この下に挿袋(そうたい)石室が埋蔵されている。
桜賦俗解参照  森 正

とあり、幕末の名士の師匠などであったことに驚かされる(浅学菲才故に)、勝海舟の妹を妻に迎えていたことなども後刻パソコンで知った。
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続・江の島水族館

2012年04月05日 | Weblog
中の売店の「シラス・コロッケパン」最悪のパンだった、絶対お買い求めの無きように!
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ほんとに久しぶりの江の島水族館

2012年04月05日 | Weblog
小学二年になった孫(紫のリュック)を連れて、江の島水族館へ
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