なんでも内科診療日誌

とりあえず何でも診ている内科の診療記録

週末の風景

2020年01月19日 | Weblog

 金曜日は内科当番だった。当直医は外部の先生で、内科入院があると当面の指示(翌朝まで)は出してくれるが、翌日に病院に行く必要がある。土曜日のお昼から内科の若い先生(地域医療研修の内科専攻医)の結婚式があるので、ちょっと間に合わなくなる。ということで、金曜日は病院に泊まって待機していた。

 金曜日は午後7時30分からファイザー若手医師セミナーがあり、池田正行先生で「臨床観察学」の講演だった。jolt accentuationの内原俊記先生がコメンテーターで出演された。

 最初にヒトラーの映画を見せた。左手に振戦があり、パーキンソンン病だったそうだ。当時現在のような治療薬はなく、アンフェタミンが投与されていたので、判断に相当な影響があったと考えられる。

 「観察」とは、患者さんの全体像・細かな動作を集中して見ることで、医師が患者さんに介入して所見をとる「診察」とは違う。神経内科医は患者を診察室に呼ぶのではなく、診察室のドアを開けて患者さんを呼び入れる。待ち合いに座っている状態からの立ち上がり、歩行などを観察する。

 「病歴聴取」とともに患者さんを「観察」して、ある程度疾患の見当をつけて(池田先生は1つか2つの疾患と)、「診察」はそれを確かめるために行う。神経内科医は膨大な神経診察の中から、見当をつけた疾患を確認するために選んだ「診察」を行う。極端にいえば、診断のために行う1つの診察は何ですかという。

 パーキンソンやシャルコーは、もっぱら「観察」のみで疾患を確立しており、「診察」はしていない。神経内科医といえば、ハンマーを持って腱反射をとるというイメージだが。パーキンソンもシャルコーも腱反射は見ていない。シャルコーの弟子である、ババンスキー(バビンスキー)が腱反射・病的反射(バビンスキー反射)を診はじめた。(パーキンソン病が黒質の病変によることは1950年代に判明した)

 シャーロックホームズが「緋色の研究」で、ワトソンが「アフガニスタン帰りの負傷した軍医」であることを一瞬で見抜いたことが記載されている。著者のコナン・ドイルは大学時代のベル教授をモデルにして、シャーロックホームズを生み出したという話もあった。

「観察」の方が客観性があり、努力で習得しやすい。「診察」は医師によって所見がばらつき、習得は難しい。

「観察」は日常的なものであり、患者さんの自然な動作感度が高い特異度も高い病歴の延長線上にある過去と比較し経過を追うのが容易第三者と共有が容易→教育に有利

「診察」は非日常的なもので、医師の介入による産物、感度が低くばらつく、特異度も低くばらつく、病歴と断絶している、過去との比較・経過観察もしばしば困難、第三者との共有がしばしば困難→教育が難しい。

 今後は「観察」を意識することにした。池田先生は著書がないので本にまとめてほしい。

 

 午後10時からドラマ「病室で念仏を唱えないでください」を見た。漫画で出ているのは知っていた。主演は伊藤英明さんで、救急医で僧侶を演じている。面白いドラマで、次回からも全部見ることにした。

 

 準夜帯は特に連絡もなかったが、画面で確認すると当直医は病院に到着早々に心肺停止の79歳女性を診察していた。心肺蘇生に反応はなく、死亡確認になっていた。土曜日の午前6時前に連絡がきて、発熱と腰痛で救急搬入された83歳女性を入院させたいという。発熱と腰痛は別の原因のようだが、尿培養・血液培養を提出してもらった。

 入院してから病室に診に行った。消化器科の外来に難治性胃潰瘍で通院していて、時々入院している方だった。週明けまでの指示を出した。

 金曜日の夕方に入院した88歳男性(インフルエンザ後の肺炎?)は夜間に高熱が続いて、せん妄(廊下に出て座り込んでいたり不穏あり)を来していた。すでに看護師さんの判断で抑制されていた。元町会議員さんで呼ばれた家族ががっかりしていたそうだ。治療内容を変更して、後は月曜の再検査で評価することにした。

 

 急いで家に戻り、今年の初売りで購入した礼服・コート(はるやま)を着て、若い先生の結婚式に出た。同じテーブルに衆議院議員さんがいた(新郎の親戚だった)。アメリカ軍のドローン攻撃やエルサレムの状況などの話が興味深かった。院長先生は議員さんと並んで写真をとっていた。

 

 

 

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