(1)きのう、多摩大橋の近くで中学生のサックスを聴いていると、風が強くなり、雲も出てきました。

左の橋脚のところで3人の中学生が練習していました。
露出を加減しましたが、私の腕ではこのくらいが限度です。
この下のものもあまりぱっとしません。
(2)帰ろうかと思いながら、いちばんよく咲いている桜の方へ少し近づくと、ヒヨドリがホバーリングしながら蜜を吸っているのが見えました。撮ろうと構えると、間に合わず、行ってしまいました。
でも、この木がいちばんよく咲いている木です。これでもまだ2~3分といったところでしょうか。じっと見ていると、花影に鈴なりのトリ〔クイナ?〕が見えてきました。

(3)それでもじっと見入っていると、視線を察したようです。そわそわしだしました。そして突然、降ってきました。

(4)それから、いっとき観察していると、整列しだしました。

(5)少し暗くなってきたので西の方を見ると、大気が動き出したようでした。雲が厚くなって太陽を隠し始めました。そして、打ち上げ花火のような、線香花火を逆さにしたような、ふしぎな空になりました。

飛行機雲ではないようです。このまましばらく移動しました。
(6)じっと見ていると黒い筋が消えて、オレンジ色に薄明るくなってきました。

(7)どんどん変わっていきました。
今日、あちこちでアラレが降りましたが、ニュースで見た茨城県の空のようでした。

(8)山際〔ヤマギワ〕のあたりをアップにするとゆったりとした感じがしますが、実際にはなにか異変があったのかもしれません。

【コレクション 209 戦後日本貧困問題基本文献集】
昭和の30年代には、壁を塗るカネがないためか忙しいためか、壁に蓆〔むしろ〕を垂らして代用している家がありました。道路に電柱が建っているのに、そこから脇に40~50m入った家にはまだ電線が張られず、ランプ生活している家もありました。
もうそういうことは聴かなくなりましたし見ることもなくなりましたが、今度は収入(生活費)が確実に必要になってきました。収入をどう得るか、その額はどれほどか、個人の尊厳を維持しうる最低生活費に達しているか、そもそも「健康で文化的生活を維持できる最低生活費とはどういう水準か」、実に悩ましい問題です。
それだけではありません。先日、三重県の県議がトイレに生理用品を備えるよう提起したところ、8000件の「殺人予告」まで来たといいます。ここには、現在の貧困概念の到達点と、それを理解できない遅れた面の一端が如実に示されています。
「貧困」とは何かや「貧困を測る尺度」は、国によっても時代によってもどんどん変遷をとげ、深化してきています。それはこの文献が刊行されて以降の10年余でもずいぶん違ってきています。一口で、ずいぶん人間的で具体的な要求が増えてきたと思います。それは、下に載せた諸文献と、最近しばしば問題になる介護・年金・ジェンダーなどを見るだけでもよくわかります。貧困からの脱出は主権者の「権利」です。
このパンフの大きさは、A4判6㌻です。A4判3枚分の横長の用紙を三つ折りしてできています。
全体は、
1㌻ 下に掲載。
2㌻~3㌻前半 本文献の特色 刊行にあたって
3㌻後半~4㌻前半 収録文献一覧 下に掲載
4㌻後半 内容見本
5㌻ 推薦 岩田正美 日本女子大教授 日本の貧困研究を再検証するために
青木 紀 名寄市立大学長 過去の格闘からの照射の先
橘木俊詔 貧困問題を考えるための重要文献群
6㌻ 刊行案内 体裁:A5判 約8200㌻ 揃定価252,000円+税
日本図書センター 2013年4月刊
1㌻

3㌻~4㌻

以上です。
今日はここで。

庭のすみれ






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