Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『寿初春大歌舞伎 昼の部』 1等1階中央花道寄り

2008年01月05日 | 歌舞伎
歌舞伎座『寿初春大歌舞伎 昼の部』 1等1階中央花道寄り

お正月の歌舞伎座は華やかで良いですねえ。

『猩々』
お正月の幕開けに相応しい華やかで品のある舞踊でした。私は梅玉さんの踊りも染五郎さんの踊りも大好きなのでこの二人が揃うともう大変。一人でうきゃうきゃしながら観ていました。この二人、踊りの質は違うのだけど、雰囲気はしっくり。そして猩々という異の神聖さがある品のいい、すがすがしい空気が満ちた本当に気持ちのいい舞踊だった。

梅玉さんはゆるりと品格のある踊り。独特の足捌きもゆったり空気を包みこむような落ち着いた表情をみせる。酒好きの猩々の酒を飲む仕草の堂のいった形のよさが見事なこと。杯を持つ姿が美しいのは神だから、と一瞬思わせる。梅玉さんの独特の柔らか味が猩々という生き物の存在を見せてくれているかのようでした。やっぱ梅玉さんの踊り、好き~。

染五郎さんはキレのある軽やかな踊り。姿全体の美しさには惚れ惚れ。肩、背筋のラインが本当に綺麗なのだ。足捌きはすっと空気を切るように。全体的に大きさがあり躍動感がある。特に表情を付けていないにも関わらず、非常に幼い可愛らしい雰囲気があり、まだ子供の猩々という感じを受ける。なぜなんだろう?親猩々@梅玉さんに連れられて陸に上がってきたって感じ(笑)お酒の匂いにうきうきして「ねえ、飲んでいい?」なんて親と一緒にかぷっと酒を飲んでる、そんな感じでした。酒を飲む仕草が梅玉さんほど堂にいってないせいもあるが、なんだかウキウキした雰囲気も持ち合わせているのでそう感じさせたのかも。にしても、ほんと15歳くらいに見えるんですけど…。

酒売りの松江さん、表情が最近とても良くなってきたと思う。踊りはとても丁寧でしっかりとしている。


『一條大蔵譚』
これはもう吉右衛門さんが絶品。なんだかもう凄い、凄い。これはちょっと他の役者じゃ、ここまでハマらない、と思わせる素晴らしい出来。吉右衛門さん、一時期トンネルの穴に入り込んだ(と私は感じた)ところからこのところ一気に抜け出してきた気がする。二代目吉右衛門という芸風を完全に確立してきたんじゃないか。もうね、ちょっとこれは大絶賛させていただきます。作り阿呆のなんとも可愛らしいこと。愛嬌があって、こちらがニコニコしてしまうような阿呆ぶり。ごく自然で天然な阿呆なんですよね。そして正気への切り替えの見事なこと。この切り替えも、ごく自然ながら変わり目がハッキリ判る。阿呆と鋭い正気の行ったり来たりに凄みすらあって。一條大蔵卿の人物の大きさ、ハラの深さが吉右衛門さんの体のなかに入り込んでいる。ふええ、なんか凄かった。

そして梅玉さん@吉岡鬼次郎、魁春さん@お京夫婦がこれまたいい存在感で。この夫婦の芯の強さ、鋭さが極めて明瞭。この夫婦の存在意義がよく伝わってくる。この二人だかこそ出せた「使命」のありよう。それにしてもやはり魁春さん、このところ本当に良くなってきている。松江から魁春となり、どこに自分の立ち位置を置くか、それが見つけられたのかもしれない。色はまったく違うけれど歌右衛門さんに似てきた。

吉之丞@鳴瀬、段四郎@八剣勘解由もそれぞれにハマり役。もうストンとハマっていて気持ちいいぐらい。

この揃った役者陣のなかにいると福助さんが大人しく見える。実際かなり神妙すぎてしまった感がある。とても美しいし丁寧に演じているのはわかるのだけど、常盤御前という女性の在り様がまだ薄い。声がまだ完全に戻っていないせいもあるのか台詞が少々弱かった感じ。後半、ノッテくるといいのだけど。

芝のぶちゃんはえらい可愛かった。


『けいせい浜真砂』
10分程度の短い幕です。長唄の演奏(お三味線がとっても良かったです)が最初入るので正味はもっと短いかな。でもちゃんと「観たぁ!」という気分にさせてくれる幕です。

浅黄幕が落とされ、豪華絢爛な舞台に鎮座する傾城真砂路の雀右衛門さん。なんとも妖しげな美しさと存在感。台詞はすべてプロンプ付き、それでもすっと頭に入ってこないのでしょう、随分とはしょってしまったり。でももうそこに傾城姿で立ってくださっているだけで許せちゃうんです。台詞を忘れてしまった間を埋める、鼻に掛かった声が色ぽかったり、欄干に手紙を投げ出す仕草が美しかったり、そんな雀右衛門さんを拝見することが出来ただけでもう満足です。雀右衛門さんを好きで観てきた人へのサービス幕です。

吉右衛門さんが真柴久吉でお付き合い。さすがに大きいですね。


『魚屋宗五郎』
幸四郎さん、二回目の『魚屋宗五郎』です。幸四郎世話物シリーズの第一回目がこの『魚屋宗五郎』でした。あれから3年、色んな世話物を手がけ世話物の間やアンサンブルのあり方を身に着けていらしたのでしょう、なんとも安心して観られる芝居を作り上げてきました。それにしても幸四郎さんはやはり「見せる」という芝居が上手いです。全体の空気の締まりようと場のメリハリのつけ方が独特。この空気感には好みがあるでしょうが私はかなり好きです。

宗五郎の幸四郎さん、前回に比べ肩の力が抜けてごく自然体。相変わらずずっしりとした重さはあるものの、軽妙さも持ち合わせ、自然と笑わせる部分は笑わせ、前回少々とっ散らかった印象もあった宗五郎というキャラクターをひとつに纏めてきた感じを受けました。一本気な性格で妹お蔦への想い、そして磯部主計之助への恩義、そのどちらをも深く持っている、そんな宗五郎でした。また酔いも「酒がどうしても飲みたくて」というより、「お蔦のための恨み言を直訴したい」という自分の思いを鼓舞するためにという雰囲気を持ち合わせています。今回の酔いぷりはかなりリアル。目の据わり方が怖いです(笑)あや~、ほんとこいつ酒乱だ、危ないわ、と思わせちゃう。でもそれもお蔦ゆえ、という家族思いの部分がストレートにあって、屋敷玄関先での切々した訴えが迫ってくる。

女房おはまの魁春さんがまたとても良かった。世話物をする時、どうしても硬い部分が抜けなくて一本調子なところがあった魁春さんですが、今回、芯の強さがありつつ、ふっとくだけるところはくだけてメリハリのあるおはま像を作ってきました。旦那想いでしっかり者で、でもどことなくちゃっかりしてるところもある。この女房がいるからあの家族は纏まってこれたんだろうなと思わせた。

太兵衛の錦吾さん、このところ度々この役を手がけているせいか、お蔦の父としての情感があっていい。また、「もう20年若かったら」と言うだけの手強さも持ち合わせ存在感がありました。

三吉の染五郎さん、3年前に比べ、かなり地に付いた三吉。台詞がまずかなり良くなっていました。使用人ながら家族の一員としている、その気持ちがよく入っていました。相変わらず細々した仕事は丁寧に甲斐甲斐しく。そのなかで人情味のある愛嬌が備わって、可愛らしい三吉でした。

おなぎの高麗蔵さん、楚々とした部分だけじゃなく、はしこさがあるおなぎさん。彼女が色々事情通なのがよくわかる。キャラクターがかなり前に出た。いやぁ、これは面白いおなぎ像です。

家老浦戸十左衛門の歌六さん、道理を弁えつつ、しっかり磯部家を支えている家老。

磯部主計之助の錦之助さん、すっかり持ち役。ゆったりとした品のよさ。自分の短慮をきちんと反省することができている殿様なので許せてしまいます。

『お祭り』
団十郎さん、いなせな雰囲気のなかにおおらかさがあって楽しく明るい一幕となりました。どっしりしたところがいかにも鳶頭といった風情で素敵でした。