フランシス・ジャムと美しい村

2007年03月30日 | 生きる意味








 フランシス・ジャム(1868-1938)は、近代フランスの詩人です。

 フランスの田舎町に生れ、終生そこで暮らし、その美しい田園風景を歌い続け、中央詩壇から高い評価を受けてパリに出てくるよう誘われても、決して故郷から動こうとしなかった人です。

 何種類も翻訳がありますが、私は堀口大学の訳(『ジャム詩集』新潮文庫、品切中)で愛読してきました。

 奥付を見てみると、昭和41(1966)年の15刷で、ちょうど40年ほど読んできたことになります。

 次にご紹介する詩は、私にとって生活するということの原型のように思われる風景が描かれていて、愛着の深いものの1つです。



  その頃……

 その頃わたしは気軽だつた
 村のお寺は静かに日に照らされてゐた。

 葡萄棚のしたに薔薇の花の咲いてゐる庭
 家鴨と白鳥と立ち話をしてゐる田舎道
 食鹽(しょくえん)のやうに真白な綺麗な鵞鳥だつた。

 聖女(サント)シュザンヌといふのがこの小さな村の名
 お祖母さまの名のようにやさしい名。
 居酒屋は酒杯(コップ)と煙で一ぱい。
 おかみさんたちも此の村ではあまり金棒を曳かない。

 村には青葉のかぶさつた
 日の照る時にも薄暗く
 何処まで行つても果しのない道がある。
 このやうな道の上で静かな日曜の午後 村人たちは接吻を交すのだ
 かたい接吻 やはらかい接吻 長い接吻。

 わたしはこんな風に色色なことを思ひ出す。
 さうすると惚れた女と別れた悲しさが胸に涌き上る。

 その頃のわたしには五月が今とは別なものに見えた。
 その筈さ わたしの心は休みなく恋する為に出来てゐるんだもの。

 壁の裾に当る白いお日さまの光のやうな
 生一本(きいっぽん)な恋をするためにわたしは生れて来たやうな気がする。
 それなのにわたしはいま胸の中に
 もぢやもぢやに乱れた髪のやうな情けない恋を持つてゐる。

 澄んだ太陽と小さな村の優しい名と、
 食鹽のやうな真白な美しい鵞鳥が、
 昔の恋にからみつく
 聖女シュザンヌの薄暗い長い道の上そのままに。



 サント・シュザンヌのような村に生れ、淡いのや切ないのや熱いのや、何度か恋をし、最後の恋人を妻にめとり、数人の子どもをもうけ、幼稚園の園長先生でもしながら、一生を送れたら、それが自分にとってはいちばんいい人生だったのではないか、という気がします。

 恋と結婚はともかく、田舎の村の幼稚園の園長先生という生活は、時代がそれを許してくれず、40年も大きな思想的な課題に取り組み続けることになってしまいましたが、本当のところ私の望んでいるのは、ごく素朴で静かな生活にすぎません。

 ただそれに少しだけ思想的・時代的意味づけを与えれば、サント・シュザンヌ村の風景はまさに「エコロジカルに持続可能な社会」の原型ではないか、と思うのです。

 自分で勝手に背負い込んだ時代的使命を一定程度なし終えて、引退ないし半引退できるようになったら、そういう美しい村で静かに暮らしたいものだ、といまだに夢見ています。



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2 コメント

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フランシス・ジャム (りょう)
2007-04-02 23:10:12
ジャムの詩は温かくて素朴で、純粋で、本当に素敵ですね。
またご紹介の詩も、美しい村のイメージです。
ジャムなんて、先生から教えていただくまでは、聞いたこともありませんでした。

堀口大学訳も入手しました。
仰られた通り、さすがに格調が高いですね。
倉田清訳と比べてみると、いろいろと興味深いです。
あとリルケも再挑戦しようと思います。

確かに先生は、本来は田舎の幼稚園の園長先生が、ピッタリなのかもしれません。
ですが、使命に目覚めてしまった以上は後戻りできないのですね・・・幸か不幸か・・・

ところで、私もHIROさん同様、庄野氏の『プールサイド小景』を入手しました。
パヴェーゼの『故郷』も。
積読本が山のようですが、折りを見て読んでみようと思います。
人生は短く芸術は長し (おかの)
2007-04-03 14:06:50
>りょうさん

 世界には美しい風景、美しい芸術など、質量ともに体験し切れないほどのものがありますね。

 その中でも特に素晴らしい芸術に触れることができるのは、生まれてきた大変な幸運だと思います。

 ぜひ、この幸運を活かしましょう。

 私と違って若いのですから、いますぐには読めなくても、ぜひこれからのためにしっかり積読をしてください。

 芸術さえも商品として湯水のように消費される時代ですから、手に入る時に確保しておいたほうがいいことがしばしばあります(もっとも、ネットで探せば見つかることもしばしばですが)。

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