崩壊の3つまたは4つの段階 2 アメリカの占領政策 1-1

2005年08月23日 | 歴史教育

 60年前、日本は大きな戦争(立場によって大東亜戦争とも太平洋戦争とも呼ばれる)に負けました。

 どこに負けたのでしょう? こう聞いて、すぐに「連合国」、特に「アメリカ」と答える学生はほとんどいません。

 そもそも8月15日を「終戦記念日」と捉えること自体、ほんとうはおかしいと私は思っています。はっきり「敗戦記念日」と自覚すべきでしょう。

 敗戦によって、日本の精神状況は根本的に変わりました。より正確にいうと、変えられて変わりました。

 日本は軍事力、技術力、経済力、そして精神力のすべてをあげて「総力戦」を戦い、そして負けたわけですが、どこに負けたかというと、連合国、特にアメリカに負けたのです。

 そして、その結果、アメリカに精神性をも変えられたのです。

 以下述べることのかなりの部分は、先年なくなられた文芸評論家江藤淳氏の『忘れたことと忘れさせられたこと』、『閉ざされた言語空間――占領軍の検閲と戦後日本』、『一九四六年憲法――その拘束 その他』(いずれも現在文春文庫、ただし品切中)の受け売りです。

 私は60年代末の学生運動・全共闘運動には参加しませんでしたが、しかしかつてはどちらかというと心情的には左寄りのいわば良識的な進歩的知識人の端くれで、要するによく知りもしないのに、江藤淳は右翼で危険な思想家だという偏見を持っていて、十五年前くらいまでずっと読もうともしませんでした。我ながら偏見というのはこわいものです。

 ところが十五年前くらいから、「日本人の心を支えていたものは神仏儒習合の精神性だったのではないか」と思うようになり、それにつれて、「どうして日本人はそれを忘れたのだろう」という疑問が湧いてきて、ふと江藤氏の本にはそういうことが書いてあるのではないかと思って読む気になったのです。

 で、読んでみると、そういうことのすべてではなく、一部ですが、決定的に重要な一部がみごとに書いてありました。

 江藤氏によれば、戦争終結前後、アメリカは国務長官-大統領レベルの占領政策としてはっきりと「日本人の精神的武装解除をしなければならない」と考えており、いわば日本人の「大和魂」を骨抜きにして、二度と戦争をしない(つまり特にアメリカに逆らわない)国にすることを明確な意識的目標として占領後の政策を行なっているのです。

 以下は、江藤淳『忘れたことと忘れさせられたこと』文春文庫、54~55頁の引用です。

 すぐに「右」とか「危険」とか反応しないで、事実が語られているかどうかという目で読んでみてください。

 九月四日付の「朝日新聞」に掲載されたワシントン二日発同盟の電報は、米国務長官バーンズの次のような声明を伝えている。

 《日本の物的武装解除は目下進捗中であり、われわれはやがて日本の海陸空三軍の払拭と軍事資材、施設の破壊と戦争産業の除去乃至破壊とにより日本の戦争能力を完全に撃滅することができるだろう。国民に戦争ではなく平和を希望させようとする第二段階の日本国民の「精神的武装解除」はある点で物的武装解除よりいっそう困難である。
 精神的武装解除は銃剣の行使や命令の通達によつて行はれるものではなく、過去において真理を閉ざしてゐた圧迫的な法律や政策の如き一切の障碍を除去して日本に民主主義の自由な発達を養成することにある。(中略)聯合国はかくして出現した日本政府が世界の平和と安全に貢献するか否かを認定する裁判官の役目をつとめるのだ。われわれは言葉ではなく実際の行動によつてこの日本本政府を判断するのだ》

 バーンズに「精神的武装解除」を主張させたのは、第一に報復への恐怖であり、第二に占領によって接触を開始した異文化への薄気味悪さであったにちがいない。異文化とは、異った価値基準を内包した文化にほかならないが、トルーマン、バーンズをはじめとする当時のアメリカの指導者たちは、この異文化を自らの文化に等質化し、異った価値基準を破壊して同一の価値基準を強制しない限り、報復の危険は去らないと考えたのである。サー・ジョージ・サンソムが、名著『西欧世界と日本』のなかで指摘している通り、このように「強力な政治的圧迫と高度に組織化された宣伝」とによって、一つの文化が「意図的」に、他の異文化に影響力を強制しようとしたのは、史上ほとんどその前例を見ることができない。
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