興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学者黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

思考ゲーム

2018-10-24 | プチ精神分析学/精神力動学


人生においてどん詰まりを感じているクライアントさんとしばしば行う思考ゲームがあります。

というのも、我々サイコセラピストは往々にして、クライアントさんの置かれている状況や出来事をその人がどう捉えているか、認知の仕方の問題に焦点を置きやすく、実際そのようなトレーニングを受けています。

この傾向は、昨今流行っている認知行動療法では特に顕著です。以前にも書きましたが、認知行動療法の、「我々の感情を決定しているのは出来事そのものではなく、それをその人がどう解釈するかである」という基本スタンスは、確かに有益であるし、実際私もよく認知行動療法は使います。

しかし残念ながら、世の中には、にっちもさっちもいかないどうしようもない現実というものが存在します。そして、その状況が過酷であるほどに、その人の精神的苦痛は当然大きく、認知の歪みではなくて、その状況に見合った精神的苦痛に苛まれている人も実際多いです。

ここが認知行動療法の限界点なのですが、残念ながら、こうした限界点を認識できていないセラピストは多いです。それで、その状況に見合ったつらい感情を、「自動思考の反証」などで強引に変えようとする事で、クライアントさんは、理解されていない感、自分の気持ちを受け入れられていない感が募り、治療は不毛なものになります。これは、セラピスト自身が目の前のクライアントさんの精神的苦痛に耐えられなくなって逆転移を行動化してしまっている場合もあります。

この状況を避けるためにも、セラピストはクライアントさんの「状況に見合った精神的苦痛」をきちんと受け止めてそこに一緒に留まれる事がまず重要になってきます。

それができた上で、思考ゲームを始めることができます。思考ゲームにおいて、クライアントさんと私は、とにかく、現実的かどうかは別として、様々な解決策や可能性、選択肢について意見を出し合います。そこにはタブーがありません。あくまで思考です。思考は自由なのです。こうした思考ゲームを通して、たとえ最初は自殺しか選択肢がないと思っていたクライアントさんも、ちょっとしたきっかけで、その一番まずいこころの境地から脱却する事ができます。

今話題の「死んだら負け」とか、死にたい程につらい気持ちを抱えて生きている人をさらに追い込むだけです。その言葉の真意が「強くあれ」というのであれば、それも同様に有害です。死にたい人に「強くあれ」とか、生きづらさに拍車を掛けているだけです。彼が死者を増やしたくないのであれば、これは逆効果です。自殺念慮に苦しんでいる人の中で、これで救われる人も稀にいるかもしれませんが、大半の人にとっては何の助けにもならないでしょう。ダメージにしかなりません。自殺防止は、もっと効果的で無害な議論がたくさんあります。

それに対して、さんまさんの、「生きてるだけで丸儲け」は、確かにずっと優しいです。この言葉は、この思考ゲームに近いものがあります。この言葉には、人生にはいつでもあらゆる可能性があるという事が示唆されているように思います。思考ゲームも同じです。勝ちとか負けとかとはおおよそ別の境地で(負けたっていいんです。負けるが勝ちという言葉もあります。負ける事すらオプションです)いろいろな可能性を考えていくうちに、こころに柔軟性が生まれてきます。実際、二人の会話でたまたま出てきた、一聞にはものすごく馬鹿らしく思える発想がきっかけとなって、クライアントさんが希望へ導かれていくのを私は何度も見てきました。そしてその答えは、多くの場合、最初は二人とも思ってもみなかったものです。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 横浜カウンセリング 2018年1... | トップ | 横浜カウンセリング 2018年1... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

プチ精神分析学/精神力動学」カテゴリの最新記事