興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

反動形成 (Reaction formation)

2014-06-11 | プチ精神分析学/精神力動学

 世の中にあふれる自己啓発本など見ていますと、「とにかくポジティブ思考」的なものがとても多いです。「ネガティブなことは考えないようにして、とにかくいいことをしましょう」的な発想です。私はこういうスタンスには常々懐疑的で、実際これを宗教のように実行している人たちで、「本当に」幸せなひとにはお目にかかったことがありません。

 そういう私も、基本的に、ポジティブに考えてポジティブな姿勢でポジティブな行動を選んでポジティブに生きていくことはとても大切なことだと思っています。

 私が問題にしているのは、こうした勢いが強すぎて、本来自分が感じている気持ちから目を背けたり、軽くあしらったり、無視したり、抑圧して無意識へと葬り去ってしまう有り様です。そして残念ながら、日本社会には、文化的にもこういう姿勢を奨励する空気が昔からあります。日本人のメンタリティにとても馴染みのあるもので、実行に移しやすく、そういう自助本が出るたびに大衆が飛びつくのもごく自然なことだと思います。しかし、自然だから、馴染みがあるから良い、というわけではありません。冒頭の「とにかくポジティブ思考」的な考えは、意識を狭めて自分にとって都合の悪いものをうまく回避して生きていくこととなんら変わりがないからです。縮小された自己により、縮小された世界を生きて、本当に面白いでしょうか。そういうものは映画館に行ったりドラマを見たり小説を読んだりして疑似体験すればいいのでしょうか。

 さて、だいぶ前置きが長くなりましたが、今回紹介する私たち人間の無意識の防衛機制、「反動形成」(Reaction formation)は、こうしたことと深く関係しているもので、日本人に、この防衛機制を主な適応手段として使っている人が多いのは、上記のようなことを踏まえて考えると、偶然ではないことがお分かりになると思います。

 反動形成とは、あなたにとって受け入れがたい考え、気持ち、衝動などが無意識に抑圧され、その抑圧を保つために、意識や行動としては、それらの真逆のものにすり替えられてしまう無意識の防衛機制です。

 たとえば、ある夫婦で、夫は妻に強い憎しみがあったのですが、彼にとって、自分が「良い人間」であることが非常に大切なことであり、また、どうしてもその結婚を続けていく必要があったため、その強い憎しみを意識することがあまりにも受け入れがたく不都合でした。最初はその憎しみの感情が、意識の片隅にあったのですが、それは彼にとってはとんでもないことで、見ないように見ないように、またそうした負の感情を殺すように、彼は妻に対して一際優しく接するようにしていきました。そのうちに彼の妻に対する憎悪は「無事」無意識へと抑圧され、彼はその抑圧の蓋を維持するために、妻にものすごく親切で優しくあり続けます。周囲の人から見ると、彼は「ものすごい愛妻家」です。

 大いに結構じゃないですか。何がいけないんですか?と思う方も多いことでしょう。そうですね。これでお二人がいつまでも幸せにやっていけるようでしたら、これはこれで大いにありだと思います。

 しかし残念ながら、このように抑圧している本当の感情というのは、生きていますので、常に表現方法を探しています。それはこころにとって、相当にストレスの掛かる状態です。よって、フロイト的失言や行動化のようにして、不意に表現されてしまい、二人の間に不自然でぎくしゃくしたものを与えるかもしれません。そういうとき、妻は普段の夫からは考えられないような発言、行動にショックを受けますし、「この人本当はどう思っているんだろう」、という疑念がでてきたりします。

 また、もしそうした「ミス」や「間違い」などによって、その無意識の憎しみが表現されることすらままならないと、彼は体調を崩したり、病気になったりします。慢性的な頭痛、腹痛、下痢、睡眠障害、鬱、不安、パニック、性機能障害など、表現される方法はさまざまですが、このようにして、やがて問題がでてきます。たとえば、これも良くある話ですが、こういう状況で、夫は妻とセックスをしていて、どういうわけか、いつまでたっても射精に到達できなかったり、射精までの時間が極端に長くなったりします。あるいはうまく勃起が維持できないかもしれません。なぜなら、この夫は、意識ではオーガズムに達して妻に精子をと思っているものの、無意識では、妻に精子を与えることにものすごい葛藤があり、あげたくないので、それが遅い射精、射精不能、性交不能といった形で「表現」されているのです。女性の「不感症」についても、こういう無意識の葛藤が関係していることがよくあります。性的快感を夫と共有したいと意識では思っているものの、相手が自分が感じることで喜ぶことを知っていて、そうありたいと思っているものの、そうした相手が欲しているものを与えることが、無意識では大きな葛藤になっているので、結果、「感じたくても感じられない」という形で表現されているのです。

 このほかにもいろいろな例があります。自分の子供に対して、どこか否定的なものがあるけれど、それを意識することがどうしてもその人のなかの「良い母親像」のイメージにそぐわず、受け入れがたいため、その気持ちから意識を逸らして、その結果、必要以上に世話をしたりします。

 本当はのんびりとやりたい気持ちのある人が、そういう気持ちを受け入れられず、反対に休暇もままならないほどにバリバリ働いて、のんびりしている人たちを「怠け者」とみて彼らに否定的な感情を抱くような例もこれです。ところでこの人の彼らに対する「否定的な感情」は、投影という防衛機制であり、少し前に紹介した、Disowned selfの表れです。本来は自分が持っている「のんびりしたい」という気持ちが受け入れらないので自分から切り離し、それを相手に投影し、相手のなかに見ることで精神の安定を図るものです。この人は、このようにして無意識の気持ちがでてこないようにしています。

 このように、反動形成という現象は、いろいろな場面で見られるもので、短期的には、ものごとがスムーズに円滑に進むために都合のよいものですが、これが長期化すると、様々な問題がでてくるのです。

 解決策としては、やはり、普段から、自分の気持ちに素直でいることです。前にも触れましたが、私たちの感情に、もともと良いも悪いもありません。その感情が良いか悪いかは、私たちが任意に決めているのです。怒りや悲しみ、失望、そうした感情も、それ自体、悪いものではありません。良いものでもありません。それはとても自然な感情であり、まずはあなた本人に受け入れてもらうべき感情なのです。大事なのはどうしてそういう風に感じるのか、よく自分と向かい合って、理解することです。きちんと理解でいたら、それは脅威ではなく、受け入れられます。

 上記の例では、たとえば、性生活に問題のでていた夫の例でいえば、彼は妻に対して実は憎しみがあることなど露ほどにも思わずに、「性障害」を治したくて心理療法にやってくるのですが、このプロセスで、ずっと抑圧していた妻に対する憎しみを感じることが脅威ではなくなってきて、きちんと感じられるようになり、どうしてそう感じたのか理解が深まり、受け入れられるようになっていきます。自分の受け入れがたかった感情を受け入れられるようになるのは、自己受容であり、自分が受け入れられると、配偶者をより本当の意味で受け入れられるようになります。彼は、妻に対してときに悪感情を抱くのも自然なことなのだと理解し、それも妻を傷つけずにうまく直接表現することができるようになり、その結果、今までの無意識の葛藤が解消し、妻と再びセックスを楽しめるようになりました。

 また、子供に対して時に「悪感情」を感じても良いのだと受け入れられるようになったお母さんは、子供と適切な距離を保てるようになりました。このお母さんは、かつては「母親は常に100%子供を愛さないといけない。決してネガティブな感情は抱いてはいけない。ネガティブな感情を抱いたら愛せなくなってしまう」という恐怖があったのですが、実際に自分の気持ちと向き合えるようになって、それが思い込みであることにも気づいたのです。

  あなたの今の行動に何かとくに不自然なものがあれば、この反動形成の可能性について一度考えてみると何かよい発見があるかもしれません。