緑陰の小屋

主に、恋愛ゲームの二次創作をゆったりと書いています。

カトル×アンナ『プリムローズ』(後編)。運命を開いてくれた、僕を生かす光。

2009年09月16日 | LucianBee’s
前編はアンナ、後編はカトル視点。捏造込みで、真実告白直前まで描写。
第1から第5ミッションのダイジェスト風前枠に対し、今枠は第5メインで回想。
女装で育った舞踏の天才(暗殺者)と、正体を偽って接触したLBのAの心模様。
ネタバレ満載ですが、未プレイの方も是非。公式の閲覧や試聴もお勧め^^

題意は、花言葉『運命を開く』『永続する愛』と『初めての薔薇』から。
六花執(リィ・カトル)とアンナ・ヒイラギ。十六歳と十七歳。一途な恋です。


◆  プリムローズ(カトル視点)  ◆


【近い内に、会う時間を作って貰える? 話したい事があるの】

昼食を一緒に、と望まれた出会い。以降、彼女には常に不思議な部分があった。
探しても、見つからない。反面、気づくと自然に傍にいる。掴めそうで掴めない女の子。
恋人となった今でさえ、思えば、アンナについて詳しく知らない。生い立ちも何も。

僕自身、十六年間も素性を隠し続けたから。事情故、と察するけれど。

【直接、カトル君の顔を見て言いたい。聞いて貰えれば嬉しい】

ロマンシア復活ライブの準備に、密かに参加している最中。彼女からメールが入った。
着信に焦ったのは、少し時間が経った夜。うっかり、主要スタッフに携帯を預けた所為だ。
折り返し、電話を掛けてみたものの、本人と繋がる事はなく……声を聴く事は出来なかった。
丁度、上海に戻って荷造りをする予定があったから、日付と場所を送ったら。すぐ返信。

【ありがとう。いつもの森だね。その日、必ず行く……会ってね】

今度こそ、身に着けた携帯が揺れた直後に開けば、簡潔なメッセージ。

即時、用件を読めている。字を打てるという事は、多少なりと手が空いている筈。
だったら。数秒、一言二言でも話したい。デジフォン越しでもいい。声を聴きたいのに。
留守録は、機械の応答。アンナの録音した声すらも聴けずに、心の飢えは募る。

『……キュ~……キュ、キュ……』

彼女を好いているフェイも、寂しげな顔。僕の欲求は、もっとずっと、だ。
腕に、華奢な身の温もり。唇に、まだ数える位しか食んでいない甘さが蘇る。

友達だった頃、よく学園を休んだ子。一緒に過ごしたくても触れたくても、諦めた記憶。
けれど、今。恋人と離れている日が続いただけで、僕は、胸の痛みを覚えるようになった。
徹底的に訓練され、肉に負う傷ならどれ程でも耐えられるのに……精神は抑える術がない。
早く、アンナに会いたい。その熱を包んで、傍にいる実感に満たされたい、と。切望する。

『……君にも……そう、想って貰えてると、いい……』

正確な居所さえ教えてくれない、悩ましくも愛しい少女に、願いを捧げ。
再会までの時間、僕は、生きると決めた『世界』の再出発に向け、尽力した。

そして、漸くの今日。約束に大分余裕があったから、まず家へ寄れば。

「あら、カトル! 予定よりも早かったのね、惜しい事をしたわ」

迎えてくれたのは、驚いた風の姐姐(ネエネエ)。アイリンに、ユイラン。

邸には、雷賊の側近でも知らない、家族だけが使う抜け道や仕掛けが複数ある。
少し前に行われた、堕猫の『葬儀』。今の僕は、闇社会に死亡済みと認識されていて。
自ら望んで存在を抹消する者が、玄関を通る訳もなく……密やかに叶えた帰宅。

「ただいま、アイリン、ユイラン……惜しいって……?」

一旦戻る事は伝えたから、僕の部屋に姐姐がいても、おかしくはない。
ただ、残念そうな反応に、首を傾げたら……二人が、思わぬ名前を挙げた。

「うん。もうちょっと、アンナさんをここに引き止めれば、約束前に会えたのに、ってね」
「今日、アンナさんにまだ会ってないわよね? 彼女の出たタイミングじゃ、行き違い、か」
「!? 邸に、アンナが……来た? いつ?……連絡してくれたら、帰還を早めたのに……」
「私達も、カトルに言えば飛んで帰って来るわ、って勧めたの。でも、後で会うから、って。
 カトル君も多忙だし、急いで事故に遭わせたら大変だから……そう気遣ってくれて」

優しい子ね、と。微笑んで話す姐姐は、アンナに好意的。至極当然だ。

姐姐だけじゃない。父さん、母さん。愛する家族皆が、彼女に心底感謝している。
アンナに、出会わなければ……彼女が僕を『呼んで』くれなければ、僕は死んでいた。
今、こうして二人と話をしていられるのも。大好きな子が、僕を求めてくれたから。

「行きたい場所もあったらしくて。さっき、見送ったの」

あぁ、けれど……何故。同じ街にいるなら、すぐ、顔を見たいのに。
広い上海。後を追おうにも、僕は、彼女が立ち寄りそうな所を知らない。

「……アンナの思考を、掴みたい。家にはどうして?」

多分、僕がまだ帰っていない事をわかっていた筈の彼女が、敢えて訪れた理由。
それを聞けば、行先を読む事も出来るのでは、と。そんな期待も、少なからずあって。
僕が訊くと、双子の姐姐はそっくりな顔を傾け、困った様子で同時に眉を下げた。

「カトルに、私達が教えちゃっていいのかしら……?」
「言って。知りたい。アンナの気持ちに辿り着ける事なら全部」

些細な材料も欲しい、と。希えば、弟の僕に甘い二人は、口を割ってくれた。

「それが……アンナさんが来てくれたって聞いて、私達、喜んで出迎えたんだけれど。
 ほら、カトルは表向き『死んで』るでしょう? だから、喪失を悼む訪問を装ってみたの」
「で、人払いを済ませてからこの部屋に通したら、彼女……とても真剣な表情をしていてね」
「カトル君のご家族に、謝罪させて頂きたくて来ました、って。深く頭を下げてしまったの」
「私達、驚いてね。でも、アンナさん、皆さんに詫びる機会は今日しかないから、って」

姐姐の声に宿った、戸惑い。けれど、僕のそれは双子の遙か上を行く。

「……謝罪?……今日しか、って……どういう意味?」

医師に匙を投げられ、死を宣告された僕を、奇跡的に蘇生させた恩人。
そんな彼女が、家族に詫びなければならない訳がわからず。眉を顰めたら。

「カトルには、直接会って話す、って言ってたもの。今、訝しがるのも無理ないわ」
「アンナさん、学園を転校したそうよ? 去年まで通っていた女子校に戻るんですって」
「上海を離れたら、暫く来られない。帰る前にどうしても、って。来てくれたみたい」

常に、傍で育ててくれた姐姐。曇る心を見抜かれたのか……ふと苦笑。

「彼女の、影響かしら? カトル。可愛さが増したわね」

拗ねないで、と。緩々頭を撫でるアイリンの掌。肩を包むユイランの腕。
妹を守る姉の如く、娘を守る親の如く。愛情を注いでくれた家族は、皆大切。

でも。僕は……『男』として、この身で守護したい人と出会い、変わった。

「最初に、知りたかっただろうけれど。前以て話して貰えなくても、責めては駄目よ?」
「各々、事情がある。あなたもよく知っているわよね? 勿論、アンナさんにもあって当然」
「……うん。話を聞いて欲しい。そう、彼女は言ってた。多分転校の件も含んでるんだと思う」
「ええ。お母様の母校なんですって。全寮制だから、国外の旅行も難しくなるらしいわね」
「……わかった。邸に来る事になった経緯は、呑み込めた……謝罪、の方は……?」

転校の背景は、恐らく姐姐も殆ど聞けていない。直に情報を得るのみ。
そう判断して、謎の理由を質せば。二人の表情に、先程の困惑が過ぎって。

「……カトル君を、死なせかけてしまった、って。彼女」

若干言い難そうに、ユイランが『訳』を喋り始めた瞬間……耳を疑った。

「僕を……? アンナは……僕を生き返らせてくれた、恩人だ。なのに、何故?」
「……カトルが瀕死の時、この部屋で、父さんと彼女が遣り合ったでしょう? あれよ」
「感情的になって負担を掛けて、状態を悪化させた、って。後で、悔いたみたい」

アイリンが示唆する、記憶……改めて、当日の口論を脳裏に描く。
僕を束縛する『鳥籠』を壊す、怒り。悉く『生まれ変わらせる』喝の奔流。

『!……もう、やめて下さいっ!!』

金輪際外出させず、軟禁する事で僕を守る。それは、父さんなりの愛。
けれど。命令に頷いた途端、誰も抗えない筈の場で……アンナは怒鳴った。

『あなたは……またそうやって、カトル君の自由を奪うんですか!?』

雷賊の長、闇社会を震え上がらせる『雷王(ライテイ)』ダオロンを、強く叱り飛ばす声。
寝台に身を委ね、意識が朦朧としていた僕も……瞬時、室内に走る緊張と驚愕を感じた。
マフィアの大男なら兎も角、堕猫の同級生とはいえ、か弱い少女が首領に噛みついた事実。
辛うじて開く視界には、眼を瞠って固まる母さんや、姐姐、狼狽える医師の顔が見えて。

揺れる焦点は、直前まで傍に屈み、話をしてくれていた子に定まった。

『本当に、雷賊が彼の宿命ですか。人生なんですか』
『勿論だ。わしは、常々そう捉えている。カトルも同じ思いだろう』
『それはあなたの考えです。息子さんの本心、訊いた事がありますか』

厳しい声音で非難され、眉を顰める屈強な男に……全く臆さない横顔。
毅然と立った彼女は、恐れる情の片鱗も窺わせず、無謀にもボスを睨んで。

『…………(いけない……アンナ。刺激、しては……)』

止めかけた瞬間。傷を貫く痛みに、唇を噛む僕を置き……場が熱した。

『彼が望む夢を……聴いてあげた事はありますか? 未来の可能性を考えた事は?
 あなたは、愛する息子の本音を酌もうと、努めもせず、押しつけてるだけ。違いますか』
『……知ったような口を利くな! 身内でもないお嬢さんに、どうこう指図をされる事じゃない。
 これは闇社会の掟。わしの子に生まれた以上、歩むべき道だ。疑問を抱く余地もない』
『! だからっ! そうやって、彼を雷賊という鎖で繋がないでって言ってるんです!』

激昂する首領に、負けじと。普段穏やかな彼女が、荒い口調になった。

『カトル君は、周りの皆を大切に想ってる。だけど、本当に選びたい道は違う!』
『! 他人の君に、わしの家族の何がわかるというんだ? 思い上がりも甚だしい!』
『あなたは親でしょ!? カトル君を縛って……これ以上、心を殺させないで!』

支配する長に、正面切って逆らう。常なら、あり得ない光景だった。
息までも乱れさせながら、眼力だけは、雷王に匹敵する意志を放つ娘。

『……ア、アンナ……さん……?』

恐る恐る紡がれる、姐姐の呼び掛け。物柔らかな対応しか知らない故の、当惑。
挨拶した際の、淑やかな美しさに似合う印象を覚えていれば、皆の驚きも道理だろう。
けれど。僕は……知っていた。惹かれた。その内で輝く、凛と燃え立つ激しい性。

『……駄目、だ……アンナ。怒らせたら……君、が』

危ない、と。言いさした僕に、矛先が転じたのも……だから自然な流れ。

『……どうしてっ!? どうして……何も、言わないのっ!?』

横たわる僕へと、視線を戻すなり。彼女は、胸に溜めた叫びを落とした。

『どうして、服従するだけなの? 話したい事、ある筈でしょ? 迷わずに言葉にして!
 私がどれ程伝えても、意味がないの。本当の心は、ちゃんと自分の口で言わなきゃ!』
『! おい、カトルは絶対安静だ。興奮させるような喋り方は止めて貰おう。身体に障るっ!』
『お父さんは黙ってて下さい! 危ないからこそ言うの。今明かさなくて、いつ明かすの?
 死んでしまうかもしれないんだよ? 家族に、何も教えてあげずに……逝くの!?』

本当にいいの、と。非難を他所に訴える子は、辛く……哀しそうだった。
死に繋がる単語なんて、口にしたくない。でも、使わなければ僕に通じない。

『あなたの、言葉。皆、きっと待ってる筈なのにっ……』

歯痒さと苦しさを、押し殺し。一途に説き続ける彼女は真摯で。

『……アンナ……泣いて、る……?』

薄ら、綺麗な瞳を潤ませた雫。指摘した途端、瞬いて誤魔化された涙。
笑顔が多く、頼もしく。僕より雄々しい位の子が、ほんの時折滲ませるそれ。

『……私には、カトル君の気持ち、話してくれたでしょう? 大切な人達にも、話そうよ。
 鳥は、ね。親の翼に頼らずに飛ばなきゃいけないの。カトル君も、自分の翼を自覚して。
 籠を離れたいなら。闇を抜け出て、飛ぶなら。思い切り羽ばたかせるしかないんだから!』
『……僕が……自力、で……? 鎖を、解いて。広い世界中の……空を、舞える……?』
『出来る。私、前にも言ったよね。カトル君は、この掌に、自由な未来を掴めるんだよ』

予言と共に触れた、暖かい両手が……僕に灯したのは、勇気の火種。

『あなたの意思を伝えれば、世界は変わるの。気づいてっ!』

硬い殻を打ち破って、と。応援するアンナに油を注がれ。口を、開いた。

『……あの……父、さん……』

やがて、雷賊を束ねるべき堕猫。暗殺者の道しか歩めないなら、と戒めて来た。
殊更優しく、不自由なく育てて貰った一方で、ボスに抗う言動だけは許されない環境。
期待に背かなければ叶わない夢を語るなど、以ての外。そう諦め、噤み続けた。

けれど。本当は……籠も鎖も抜けて、ロマンシアで踊りたかった。
世界中で、素晴らしい声を届ける歌姫、リリコ・サザン。母さんのように。

『父さん……僕、は……! く、ぅ……!!』

なのに。寸前、傷が発した苦痛が脈を乱れさせ、告白を阻み。

『! カトルッ!?……この……いい加減にしろっ!』
『……きゃっ……!』

容態に、すぐ反応したボスが……『悪因』と見たアンナを突き飛ばした。

『負担を掛けるなっ! たとえ、カトルにとって恩義のある友人でも、我慢出来ない!
 お前達、お嬢さんを邸の外に追い出せ! ああ、そこにいる同級生二人も。至急だ!』
『! 離して! 離さないと、痛い目見るわよ?……雷王! 彼の心に耳を傾けてあげて!』
『煩いっ!……? 雷賊の構成員を軽々いなすなど、今の動き……本当に、素人か?』
『そんな事、どうでもいいっ!……カトル君、諦めてしまわないで! 頑張って!!』

切迫する声に、無理矢理顔を上げれば……彼女は、拘束されていた。
配下では対処が難しい、と判断してか、自ら動いた雷王に両腕を取られて。

けれど。アンナは、屈服しなかった。痛むだろうに、僕を懸命に見つめ。

『大好きな皆にも、話したい夢。お願い、解放して!』
『……こ、の娘は……まだ、言うのかっ!?』
『っ! 言う、に決まってる! 変えられるのは、私だけなのっ!』

諦めては駄目、と。気丈に繰り返す子の……僕の為の熱意が、僕を奮起させた。
視界が掠れ、確実に死の闇が迫る間も。彼女を包む真っ直ぐな『光』は、心を焼いて。
アンナの舞踏に初めて触れた日以来、惹かれて止まない輝きが、喉に力を与え。

『あなたが諦めたら、誰が、その夢を叶えてあげられるのっ!?』
『こいつ……さっさと、出て行けっ……!!』

業を煮やしたボスが追い払う、乱暴な気配に……堪らず。

『……、だ……もう、争うの……止めて……』
『?……カトル?……カトル、どうしたの?……何か……』
『止めて、父さん。アンナを、彼女を傷つけるのは……嫌だっ!!!』

声を振り絞り、叫ぶ僕に。母さん、姐姐、振り向いた雷王が眼を瞠った。

『アンナの腕、離して……僕から、その子を遠ざけないで』

寝台の布を掴み。切れ切れの息を整え、抱く想いをなんとか押し出す。
今伝えなければ、機会は二度とない。暗く病む視界が、そう、僕を急かした。

『僕の、大切な人……父さんも。二人共、大切だから、争わないで。喧嘩、見たくない。
 アンナは間違ってないよ、父さん。僕の本当の夢、彼女だけが、理解してくれてるんだ』
『……カ……トル? お前……夢、とは何だ……そんな話、一度も言った事がないだろう?』
『ごめん。言えなかった。父さんが、僕に期待してるってわかってるから。ずっと黙ってた。
 でも……僕には、雷賊よりもやりたい事がある。僕は、ロマンシアで、世界に出たい』

招く『死』に、抗い。上体を起こし続ける限界、そのぎりぎりまで訴えた。
大好きな子が、精一杯作ってくれた糸口に感謝し、生かす為。最後の力で。

『母さんのように、世界中で……僕は、踊りたいんだっ!!』

そう、初めて家族に『心』を晒した直後……僕の意識は、黒く染まった。
何もない、凍りつく冷気が占める闇に堕ちて。戻れない、と覚悟したけれど。

「……あの時。カトルを失って、私達は絶望したわ」

味わった辛苦が去来してか。姐姐の声も、痛みを含んでいる。

「でも、ね。彼女は、死を認めなかった。全身全霊で逆らってくれた」
「カトルに聞こえないのが惜しい程、懸命に縋って、生還を願ってくれたの」

実際、心臓も呼吸も生命活動が完全に止まっていた、と聞かされたのは数日後。
息を吹き返し、極秘で運ばれた集中治療室で回復を待つ、多少落ち着いてからの事。
生還するまで、絶えず僕を『呼んで』くれたアンナの姿を、皆が教えてくれたのも。

『カトル君……お願い、帰って来てっ!!!』

肉体を離れ、地獄へ至るのだろう死の国を彷徨う僕を、貫いた『希求』。
こんな結末は嫌、終わらせないで……と。止んだ胸を打つ声が、形を得た。

闇に塗り潰され、僕自身の居所も曖昧な空間。なのに、光明は、正確に僕を照らした。
空を仰げば、柔らかな曲線を描く美しい輪郭。西洋の神話が称える、天使、だと感じ取る。
そして同時に、眩く輝く貴人がアンナだという事も、わかった。彼女だけが、僕の『光』だから。
あなたのいる世界が、私の世界。そう決めたの、と。言い切った子が、僕を連れ戻しに。

『これから広がる、カトル君の未来。私に見せて……っ!!』

天使の、涙。あぁ、哀しませた……と気づけば、生きずにいられなくて。

『……アン、ナ……泣か、ない、で……』
『!! え……カ、トル……君? カトル君っ!?』

開く視界には、驚きと、安堵の余り、益々ぼろぼろ泣き始める愛しい子。

『涙で、変な顔。そんなに、僕が生き返って、嬉しい?』
『あ、当り前でしょ!? カトル君がいなくなったら、私……!』
『ごめん……意地悪な質問……ねぇ、アンナ。抱き締めても、いい?』

生きている事を、彼女で実感したくて。囁いた望みは、叶った。

『本当に、頑張ったね……お帰りなさい、カトル君』
『ん……ただいま、アンナ。君の為にも……早く元気になるよ』

傷に障らないように被さってくれる子を、包む僕の中、募ったのは熱い『恋』。

標的の血を浴びて穢れた僕は、綺麗なアンナに相応しくない、と。ずっと、抑えていた。
けれど、惹かれる心は膨らんで。最早、諦める事は不可能な位、彼女だけを求めていて。
傷が癒え、ロマンシア復活に動き出す直前、森で溢れた想いは……奇跡的に、実を結んだ。
生還した事より、何より。アンナが応じてくれた事が、僕にとって、まさしく『奇跡』だった。

『今まで、僕が沢山貰った分……君にも、何かしてあげたい』

恋人としての抱擁。本能に任せ、深く接吻けて睦み合う傍ら、紡ぐ声。

『僕の秘密を全部知ってるのは、君だけ。だから、君も……教えて?』
『……うん……カトル君には、話すよ……私の秘密を、全部』

少しだけ、待ってて。そう、僕に願って間もなく、姿を消した子。

「……おいで、フェイ。アンナの居所がわかった。行く」
「キュ!? キュゥ~~、キュイ~~~♪♪」

閃く、直感。腕を伸ばすと、水を飲み終えたフェイが嬉々と飛びついた。

友人が皆無の僕と一緒に過ごす為、家族以外と交流した経験が少ない、フェイ。
でも。アンナと会えた日から、三人で遊べて撫でて貰えて、楽しげに弾む声も増えた。
親愛に満ちた懐で、存分に甘えさせてくれる彼女は……フェイにとっても救い主。

「居所、って。カトル、アンナさんの足取りを把握出来たの?」

眼を輝かせ走るフェイを、肩で落ち着かせながら。問いに頷き、答える。

「……今日が、上海での最後の日。暫く来られない、と彼女は言ったんだよね、姐姐」
「え? ええ。中国に旅行で訪れる事も難しいから、皆さんと会えなくなる、って。確かに」
「アンナは、上海の風習に余り詳しくない。恐らく、繁華街や遊び場の類とは縁が薄いと思う。
 それに、僕の読みが正しければ……彼女は今日、何かの決意を胸に上海に来たんだ。
 真剣な時に、多分、余計な地は踏まない。馴染んだ大切な場所に……きっと、もう」

入っている。アンナは、直に約束した森に向かった筈、と。勘が告げて。

「……決意……言われてみると、彼女の様子……」

ふと、引っ掛かりを拾ったように。姐姐が視線を宙に浮かせ、僕を見た。

「あのね? カトル。アンナさんともっと話したくて、さっき強請ってみたの。私達」
「二人きりのデートが終わったら、邸にいらっしゃい、待ってるわ、って勧めたら……」
「彼女、どうしてか哀しげな顔になってしまって。すぐには頷いてくれなくてね?」

それでも、義妹……気が早い……を愛でる要求に折れ、漸くアンナは。

『……カトル君が、もし、私を許してくれたなら……』

僕に委ねた形の承諾を、二人に残し、邸を去ったのだ……と。

「……許す……? 君は、今、何を案じてる……?」

是非連れて来て。そう送り出す双子の熱意を背に、一路、森に向かう。
長くはない道中、恋人の謎めいた発言を、その内側で息衝く『心』を想って。

やがて、辿り着いた麗鈴の森……捉えたのは、木に凭れて立つ少女。

「…………(……アンナ……?)」

足音などを消す癖がある僕に、まだ、俯き加減のアンナは気づかない。
呼べば反応してくれる、と知りながら……けれど、僕は、咄嗟に息を潜めた。

小さめの帽子から手袋、高いヒールのミュールまで。純白と檸檬色を基調とする装い。
綺麗な肌や足を惜し気なく晒しても、品を損なわず魅せる衣は、よく似合って。艶やかで。
その、かつてない格好に見惚れ、焦がれた想いが、名を呼ぶのを躊躇った一因ではあった。
ただ。その際立った容姿を、勿体なくも翳らせる……アンナの表情が、より気掛かりで。

憂いさえ、美しい人。でも、願わくば、前に貰った言葉を贈り返したくて。

『大丈夫。カトル君の未来は、あの朝日みたいに輝いてるよ』

初めて、夢を明かした日。彼女は、闇夜の終焉を知る場に僕を導いた。
重ねる掌の、熱。温もりの恩恵に心を解かした、世界を照らす『始まり』の光。

『だから……そんなに不安そうな顔、しないで?』

安心して。笑って。幾度も与えられ、癒された祈りを、今こそ。

「キュ~~~~ッ!!」

僕に一旦甘え、勇んで突進して行くフェイに……驚き、髪を揺らす子へと微笑んで。
どんな秘密も障害とはなり得ない程、魂から想う『愛人(アイレン)』に、僕は歩み寄った。

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