4年周期の証明 日本のサッカー大好き!

サッカーについて語るときに私の語ること サッカー大好き ジャパンフットボールで一期一会 記事上ノくーろん者。

横浜に3人目の三浦

2007年10月21日 08時12分08秒 | ニュース
横浜FC戦、オールスターとカズの行く所ほとんどのスタジアムに顔を見せていただけに可能性が高いか。
やっさんにとっては初采配となるが統括本部長時代には選手の人事に携わっていただけに失敗のない選手集めにも期待できる。
できれば8月のセカンドシーズンまでに実現してほしかったがいたしかたない。
いまフリエの再浮上に必要なのはやっさんのもつ情熱のみ。




横浜Cの来季のJ2降格決定。1年で戻ることになった来季のJ2では、監督候補にFW三浦知良(40)の兄である三浦泰年氏(42)と、元日本代表DF都並敏史氏(46)が浮上していることが分かった。カズにも残留オファーを出す予定で、1年でのJ1昇格を目指す。
 横浜Cは8月下旬に高木琢也監督を解任し、ジュリオレアル監督を就任させた。だが、7戦全敗で降格阻止に失敗したことで、今季終了後の辞任が決定的。坂本寿夫社長は「来季のことは監督も選手も全く白紙」と語るが、関係者によると、来季の監督候補に泰年氏と都並氏がリストアップされているという。
 泰年氏にはJFLの複数クラブからオファーが届いているが、Jリーグの監督を希望している模様。同氏はカズと、V川崎(現東京V)と神戸で選手同士として、神戸では2004年から05年6月まで統括本部長及びコーチとして同じチームに所属したが、指揮官と選手という関係になれば初めて。実現すれば世界的にも極めて珍しい兄弟タッグが誕生する。
 都並氏は5月にC大阪監督を解任されたが、05年に仙台監督、06年に東京Vコーチを務めるなど、J2で豊富な経験を持っており、横浜Cにはうってつけの人材だ。
 「1年で戻る」 関係者によると、クラブ側は来季で41歳になるカズに対しても、今季の年俸4500万円(推定)据え置きでオファーを出す準備を進めているという。降格が決まったこの日、カズは来季の去就について「J1でもJ2でもカテゴリーは関係ない。12月までまだ時間がありますし、あんまり先のことは考えていない」とコメント。
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10.20神戸に負けてサヨウナラ

2007年10月21日 00時43分46秒 | ニュース
J1残留を賭けた最後の決戦がキングとアツ、W三浦の前所属チームとなったのもなんという偶然だろうか。
最後の最後までJ1らしいプレーがほとんど見られなかったチームは15年目となるJ1史上最も速くわずか29節で降格の烙印を刻まれた。果たして残り5試合となった消化試合何を目指して闘うのだろうか。(これまでの最速降格は02年10月27日札幌の残り4試合時【鹿島3対2札幌 鹿島スタジアム】)



ファン、サポーターの皆様へ
2007/10/20 (Sat)

本日、当クラブはJリーグDIVISION1第29節ヴィッセル神戸戦に0-3で敗退し、この試合でのJ2降格が決定いたしました。
チームは今日まで様々な形でJ1リーグ残留に向けて頑張って来ましたが、残念ながらこのような結果となりました。
多くのファン、サポーターの皆様のご声援、ご期待にこたえることができずに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今シーズン残された試合を全力で戦い、一つでも多くの結果をあげられるように頑張ります。また来年J1に戻るという新たな目標を見据えて、これからもクラブを挙げて努力し続けて参ります。
引き続き応援の程よろしくお願いいたします。

株式会社横浜フリエスポーツクラブ
代表取締役会長 奥寺康彦

J1残留を賭けた最後の決戦がキングとアツ、W三浦の前所属チームとなったのもなんという偶然だろうか。
最後の最後までJ1らしいプレーがほとんど見られなかったチームは15年目となるJ1史上最も速くわずか29節で降格の烙印を刻まれた。果たして残り5試合となった消化試合何を目指して闘うのだろうか。(これまでの最速降格は02年10月27日札幌の残り4試合時【鹿島3対2札幌 鹿島スタジアム】)



ファン、サポーターの皆様へ
2007/10/20 (Sat)

本日、当クラブはJリーグDIVISION1第29節ヴィッセル神戸戦に0-3で敗退し、この試合でのJ2降格が決定いたしました。
チームは今日まで様々な形でJ1リーグ残留に向けて頑張って来ましたが、残念ながらこのような結果となりました。
多くのファン、サポーターの皆様のご声援、ご期待にこたえることができずに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今シーズン残された試合を全力で戦い、一つでも多くの結果をあげられるように頑張ります。また来年J1に戻るという新たな目標を見据えて、これからもクラブを挙げて努力し続けて参ります。
引き続き応援の程よろしくお願いいたします。

株式会社横浜フリエスポーツクラブ
代表取締役会長 奥寺康彦

J1昇格後1シーズンでの降格は98年の札幌、00年の川崎F、06年の京都と福岡に続いて5度目。J1昇格の歓喜に沸いた昨年11月26日から328日。早々と横浜FCの戦いが終わった。落ちるべくして落ちた。クラブ創設9年目で初めてつかんだJ1はあらゆる面で荷が重かった。盛りを過ぎたベテランと他クラブを解雇された選手たちの集合体。ゴールはあまりに遠く、J1のスピードについていけない守備陣は29試合で62点を失った。MF内田は「J2では守ってカウンターというのができたが、J1ではただ守っているだけだった」とレベルの違いを指摘した。戦力は整わず、フロントも選手をサポートするどころか逆にモチベーションを下げるような行動や発言を連発。関口強化部長は「反省すべきところは反省したい」と語るにとどまったが、新外国人を探していた時期にDVDでお目当ての選手を見つけたと思ったら、昨季在籍して今年7月に交通事故で亡くなったFWアレモン選手だったという笑えない話もあった。5月6日と8月11日に高木前監督が辞任を申し入れた時には強く慰留。選手をわざわざ集め、監督交代は今後一切ないと坂本社長が宣言してから1カ月足らずの8月27日に電撃解任に及ぶと、チームは空中分解寸前に陥った。
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