
昨日、近くのコンビニで「オースーパージャンプ」を購入しました。お目当てはもちろん『ナッちゃん』です。今月のお話は「エピソード19:ナッちゃん、バックアップ!!」でした。
焼肉屋の息子の源太郎君は夏休みの自由研究に自分が一番好きな昆虫=ゲンゴロウのロボットを作りたいと思ってラフなスケッチを描きました。これを見た下町の職人さんたちが行きがかり上、彼の宿題をバックアップすることになるのです。
もの作りが飯より好きな連中なので、大人が大いに盛り上がり、CADで図面は描くわ、マシニングセンターやワイヤーカット放電加工機まで動員します。でもこのエピソードで一番嬉しいのは、ナッちゃんが源太郎君にリンク機構の何たるかを教え、その動作を確認する模型の材料まで面倒見てやる場面でしょう。

当然ですが下町職人の技の粋を結集したゲンゴロウロボットは素晴らしい出来上がりです。それを担任に見せに行くと「ちゃんと教えてもらって今度は自分で作りなさい」と諭されてしまうのです。私はこの結末に納得できません。「どーだ、スゲーだろう」が何故いけないのでしょうか?
こう感じるのは教育学者の板倉聖宣さんの自由研究に関する見解に接していたからです。以下、受け売り。そもそも自由研究ならばそれを「しない自由」も認めるべきで、自由研究は義務とは無縁です。それでもなおやりたいのが本来の自由研究なのです。
今時、ホームセンターに足を運ぶと「自由研究セット」や「自由研究キット」が沢山売られています。これを購入して、親に多大な援助をしてもらって、これを自分の研究として提出するのが普通です。教師もこの事情は心得ていて深くは追求しません。このようにして育った優等生が間違って大学の教授にでもなるとついつい剽窃することになるのです。親に手伝ってもらったことをきちんとレポートすべきなのです。
研究の、企業にあっては開発のテーマを見つけることが最も重要であることははっきりしています。まず正直に、親に相談したとかネットで検索したとか、その出所・出典を明らかにすべきでしょう。ゲンゴロウが好きだから泳ぐロボットを作りたい、立派なテーマですね。
アイデアの段階で誰の世話になったか(ナッちゃん)、図面をPCで描くと何が便利か、どんな工作機械が使われているのか、これを詳細にレポートすることこそが「自由研究」に値するのではないですか?自分の手で実際に作ったかどうかは瑣末な条件です。製造業の現場では一社で全ての工程をこなすことは不可能で、素材メーカーから加工・熱処理・鍍金など多くの企業の協力無しにはもの作れないのです。このことを「どーだ、スゲーだろう」が生徒に分からせる最良の教材になるのです。
そして研究論文の最後には以下のような謝辞が書かれるはずです。
源太郎君の謝辞(acknowledgment)
僕のポンチ絵からCADで図面を描いてくれたハタヤマさん、マシニングセンターで部品を加工してくれたエイチワイ精工の平山さん、ワイヤーカット放電加工機を見せてくれたフジモリさん、そしてゲンゴロウの足の動きをリンク機構で実現できることを教えてくれたナッちゃんに感謝しています。最後に僕を描いてくれた「たなかじゅんさん」にお礼を言います。皆さんありがとう。
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焼肉屋の息子の源太郎君は夏休みの自由研究に自分が一番好きな昆虫=ゲンゴロウのロボットを作りたいと思ってラフなスケッチを描きました。これを見た下町の職人さんたちが行きがかり上、彼の宿題をバックアップすることになるのです。
もの作りが飯より好きな連中なので、大人が大いに盛り上がり、CADで図面は描くわ、マシニングセンターやワイヤーカット放電加工機まで動員します。でもこのエピソードで一番嬉しいのは、ナッちゃんが源太郎君にリンク機構の何たるかを教え、その動作を確認する模型の材料まで面倒見てやる場面でしょう。

当然ですが下町職人の技の粋を結集したゲンゴロウロボットは素晴らしい出来上がりです。それを担任に見せに行くと「ちゃんと教えてもらって今度は自分で作りなさい」と諭されてしまうのです。私はこの結末に納得できません。「どーだ、スゲーだろう」が何故いけないのでしょうか?
こう感じるのは教育学者の板倉聖宣さんの自由研究に関する見解に接していたからです。以下、受け売り。そもそも自由研究ならばそれを「しない自由」も認めるべきで、自由研究は義務とは無縁です。それでもなおやりたいのが本来の自由研究なのです。
今時、ホームセンターに足を運ぶと「自由研究セット」や「自由研究キット」が沢山売られています。これを購入して、親に多大な援助をしてもらって、これを自分の研究として提出するのが普通です。教師もこの事情は心得ていて深くは追求しません。このようにして育った優等生が間違って大学の教授にでもなるとついつい剽窃することになるのです。親に手伝ってもらったことをきちんとレポートすべきなのです。
研究の、企業にあっては開発のテーマを見つけることが最も重要であることははっきりしています。まず正直に、親に相談したとかネットで検索したとか、その出所・出典を明らかにすべきでしょう。ゲンゴロウが好きだから泳ぐロボットを作りたい、立派なテーマですね。
アイデアの段階で誰の世話になったか(ナッちゃん)、図面をPCで描くと何が便利か、どんな工作機械が使われているのか、これを詳細にレポートすることこそが「自由研究」に値するのではないですか?自分の手で実際に作ったかどうかは瑣末な条件です。製造業の現場では一社で全ての工程をこなすことは不可能で、素材メーカーから加工・熱処理・鍍金など多くの企業の協力無しにはもの作れないのです。このことを「どーだ、スゲーだろう」が生徒に分からせる最良の教材になるのです。
そして研究論文の最後には以下のような謝辞が書かれるはずです。
源太郎君の謝辞(acknowledgment)
僕のポンチ絵からCADで図面を描いてくれたハタヤマさん、マシニングセンターで部品を加工してくれたエイチワイ精工の平山さん、ワイヤーカット放電加工機を見せてくれたフジモリさん、そしてゲンゴロウの足の動きをリンク機構で実現できることを教えてくれたナッちゃんに感謝しています。最後に僕を描いてくれた「たなかじゅんさん」にお礼を言います。皆さんありがとう。
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おっしゃることはごもっともです。
先生の対応に納得がいかないのは十分わかります(笑)
ただ、あの自分の考えに凝り固まった
プライドの高い先生が
内心は心が変わったとはいえ、
素直に「すごいわね」と言うはずがないのです。
「今度は自分で作りなさい」は
先生の精一杯の意地なのです。多分。
あと、ただあのロボットは
小学生の自由研究にしては「やりすぎ」です(笑)
中途半端なことがキライで突き詰めていく職人魂が
あんなものを作らせてしまったのでしょう(笑)
でもああいうのは往々にして
手伝っている大人のほうが本気になるものなのです。
楽しんでいただいてありがとうございました。
たなかさんからコメントを頂けるとは大変光栄です。
そろそろ夏休みの宿題をやっつける頃かと思っています。全て自分でやるという虚構の上に胡坐をかいている「自由研究」を見直して、お父さん・お母さんの後ろめたさを取り除いてやりたかったのです。
デバイスもそうだけれど、理論も巨人(先人)の肩の上に登らないと遠くが見えませんね。
アルキメデスという巨人のことをもっと書きたいのですが、なかなか書けない。
特装車両の開発を公私とも実戦しております早川と申します。
「自由研究は結果だけでなく、プロセスを記録することも意義がある」に同意します。
自由研究をしない自由にも・・
(その場合はなぜ研究しなかったのか?のレポートがあればそれも立派な研究だとも思います)
自分が実践してきた「一人では出来ないことを、多くの協力者を得てカタチにしていく楽しみ」を、どのように次世代の子供達につたえられるのか?を今悩んでいたところですが、この切り口で、子供と対話してみようと思っています。
ありがとうございました。
ご丁寧なコメントありがとうございます。情報の出所をはっきりさせることは、模倣を尊重することであり、最終的には先駆者を尊重することに繋がります。
私は発明協会の役員もやっていますが。これも自由研究と似た事情があります。発明は直ぐ出来ると教えるより、本当は難しいことを教えた方がより教育的かも知れません。