「未来を平和に」日々徒然♪

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近衛進言

2018-08-23 22:56:24 | 天皇問題


1945年に、近衛文麿が昭和天皇に降伏交渉の開始を進言した。

近衛は「負け戦さがこれ以上続けば軍部や国民の不満が高まって革命が起き、「国体(天皇制)護持」が不能という最悪事態になる」と指摘。速やかに終結(降伏)交渉に踏み切ることだと提案している。

もし天皇が、この進言を受け入れていたら、どうだったのか??

●3月以降の東京大空襲、沖縄戦の惨禍、広島・長崎の原爆被害、朝鮮半島の分断も防げたはず。

ところが、昭和天皇はなんと近衛の進言を却下している!

今一度戦果を挙げなければ粛軍の実現は困難である】(もう一度戦果をあげてからでないと、なかなか話は難しいと思う)

昭和天皇は、なぜ近衛進言を否定したのか?

それは、国体護持につきる。

つまり、天皇の「もう一度戦果を」という徹底抗戦の理由には、負ければ天皇制の危機になり、敗北続きでは国体の危機になるということだ。

「一撃講和論」
劣勢は承知していながら、連合国軍に打撃を与え戦果を持って和平に持ち込むという構想。

この構想によって、沖縄戦が行われた。一撃どころか、沖縄では県民を巻き込んだ地上戦となり被害を拡散させたことは、歴史がまぎれもなく証明している。その後、米軍に占領され今日に至るまでの基地問題を内包させてしまったことも、「一撃講和論」による負の遺産といえる。

要は、早い話が、昭和天皇は、戦争による国民の被害、朝鮮アジアへの加害のことよりも、天皇制の維持のことしか考えていなかった。

「国民を守る」考えにはなかったということになる。

そして、もう一度戦果をあげてからでないと、なかなか話は難しいと思うに見えるように、昭和天皇は利用されていたとか、国民のために終結に力をつくしたというのは違うことが見えると思う。

実は、私も学生のころは、天皇は軍部に利用されていたと勘違いをしていた。

でも、歴史を読み解き、いろんな資料に出会い、天皇は利用されたのではなく戦争に加担した張本人だと知った。

天皇制に関しては、それぞれに考えも極端に違うと思うけど、私は、やっぱり子どものころから持ち続ける思いは今も変わらない。

「天皇制」はなくすべきだという考えは、変わることはない。

次回は、玉音放送の内容について考えてみたい。

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