幸せの深呼吸

幸せは自分の中にある。
幸せは自分が決める。

誰がSMAPを殺したか?裏切り者はやっぱりキムタクだった!

2016-01-21 | Music

http://lite-ra.com/2016/01/post-1902.html から一部

SMAPは死んだ! そして裏切り者はやっぱりキムタクだった! メリー氏が自ら“木村家にお呼ばれ”を告白 

 草剛が「木村くんがジャニーさんに謝る機会を設けてくれて、僕たちはいまここに立てています」と言わされていたが、キムタクは明らかにジャニーズ側の人間として4人を支配していたのだ。

 しかし、なぜ4人が謝らされて、キムタクが大きな顔をしているのか。本サイトは何度も指摘してきたが、そもそもSMAPを解散の危機に追いやったのは、飯島三智マネージャーでも中居ら4人でもなく、木村とメリー喜多川副社長のほうだろう。

 改めて解説しておくが、今回の独立劇は、いま報道されているように飯島氏が「密かに独立を画策した」というような話ではない。昨年1月、メリー氏が「週刊文春」(文藝春秋)のインタビューに応じた際、飯島氏を呼びつけ、「SMAPを連れて出て行け」と面罵したことが始まりだった。

 そこで、飯島氏が独立を考えざるをえなくなり、会社側と正式に交渉。昨年8月時点で飯島氏とともに5人そろって円満独立することになっていた。ジャニーズ事務所側も双方納得のうえ、移籍先もバーニング系のケイダッシュと決まっており、権利関係の配分など、弁護士を立てて細かい条件を詰めている段階だった。

「SMAP」というグループ名についても、独立したらジャニーズの許可がなければ使えないのに、中居らはそんなこともわかっていなかったなどと盛んに報じられていたが、使えるようにするということで話はついていた。

 キムタクは一貫してジャニーズ残留でブレていないなどと報じられているが、この時点ではキムタクははっきりと意志は表明していなかったものの、独立を前提としたキムタク関連作品の権利配分についても話し合いがなされていた。

 ところが、12月になって、突如、キムタクが「ジャニーズ残留」を言い出す。キムタクの翻意のため、「5人一緒に円満退社」という前提で進んでいたSMAP独立計画は土壇場で崩壊。飯島氏はもちろんのこと、4人も行き場を失ってしまったのだ。

 他でもないメリー氏自身がそのことを証言している。昨年1月、メリー氏が飯島氏に「SMAPを連れて出て行け」と面罵したことで知られる「週刊文春」のインタビュー。実はこのインタビューで、メリー氏はこんなことを話しているのだ。

「私、SMAPの誰とは言いませんけど、今でもお家へ遊びに行くし、食事に行ったり、美味しいものがあったら届けていますよ」

 この“家にまで遊びに行く相手”というのが木村だった、ということらしい。だとすれば、この独立話についても、最初からメリー氏に報告していたと考えるのが妥当だろう。

「メリーさんは、飯島さんや中居さんたちの動きを全部把握していました。今から思えば、全部、木村さん、静香さんから筒抜けになっていたということでしょう。木村さんは最初から、中居さんたちと合流する気なんてなかったのかもしれない」(前出・ジャニーズ事務所関係者)

 たしかに、SMAP存続を考えていたというのなら、最初から残留を表明し、飯島氏と4人を説得しておけばいい。しかし、キムタクは態度をハッキリさせないまま、説得をした形跡もない。そして土壇場の12月半ばという最悪のタイミングで独立話をひっくり返したのである。

「これも、メリーさんが突然、気が変わり、『絶対に独立なんてさせない』と言い出した時期と一致しています。木村さんがぎりぎりまで態度を表明しなかったのも、メリーさんが途中でひっくり返すということがわかっていたからかもしれません」(前出・ジャニーズ事務所関係者)

 この時期、木村はSMAPを解散させたいと考えていた可能性がある。おそらく木村は「キムタク」という個人の力が「SMAP」というグループの力を超えている、自分にはもうSMAPは必要ない、そう思っていたのではないか。そうでなければ、こんな時期まで引っ張り、突然、ひっくり返すことなんてしないだろう。

 ただ、木村にとって誤算だったのは、世論の反応だった。SMAP解散に対して予想以上に反発が起こり、存続運動まで起き、キムタクに対しても「裏切り者」という批判の声があがった。どんなに事務所が芸能マスコミを使って飯島氏と4人=悪者、キムタク=正義という情報を流しても、騒動の元凶はメリー副社長で、キムタク=裏切り者というイメージの拡散は止まらない。

 このまま分裂したらジャニーズ事務所のイメージも、キムタクのイメージも最悪になる。また、政財界やスポンサーからも圧力がかかり、事務所としてもSMAPは解散させられないということがわかってきた。そこでしょうがなく、キムタクは存続のために動くことになったということだろう。

 つまり、SMAPがこういう状態になったのはすべてキムタクの責任であり、謝罪すべきはキムタクのほうなのだ。

 しかも、キムタクの翻意はSMAPとジャニーズ事務所の間で悩み、板挟みになっていたという話ではない。実は木村はかなり前から、メリー喜多川副社長と通じ、連絡を取り合っていたフシがあるのだ。

「飯島さんやSMAPがメリーさんから疎まれている中で、木村さんはひとりメリーさんと妻の工藤静香さんもふくめ家族ぐるみの付き合いをしていました。そういう関係になったのは、静香さんがきっかけだったようです。静香さんは当初、メリーさんから結婚を反対されていたんですが、結婚後、必死でメリーさんにアプローチをし続けた。その結果、メリーさんに気に入られるようになり、他の4人には内緒で、定期的に食事したり、家に呼んだり、行ったりするような関係になったようです」(ジャニーズ事務所関係者)

 芸能マスコミは、木村がSMAP存続のためにメリー氏と4人の仲介役として動いた、とあたかも救世主のように美談仕立てで報じているが、実際は、自分のイメージを守るため、自分の人気を維持するのにまだSMAPが必要であることがわかったためにすぎない。

 それは昨日の『SMAP×SMAP』でのコメントでも明らかだ。本当にSMAPを存続させよう、立て直そうと思っているなら、苦しい立場に立たされている4人に対して思いやる言葉のひと言でも発するはずだが、一切そういう素振りを見せないどころか、むしろドヤ顔で4人を従える空気さえ漂わせていた。

 ようするに、木村は徹頭徹尾、自分のことしか考えず、最後まで飯島マネージャーとSMAPの4人を裏切り続けたのである。

 しかも、その裏切った木村がいまやSMAPを仕切り、中居たちが謝罪をさせられるという事態になった。

 本サイトは、SMAP解散危機の第一報があった当日、キムタクの裏切りを指摘し、「キムタクは今後、ジャニーズ事務所で重用され、幹部扱いになる」と予測したが、まさにその通りの展開になりつつあるということだろう。

これからはキムタクがSMAPを仕切っていくことになるでしょう。スポーツ報知が報じたような自粛はないと思いますが、4人の発言力は一切なくなり、これからはすべて木村とジャニーズの言いなりになるしかなくなる。中居らは極端に仕事を減らされ、SMAPは開店休業状態になる可能性もある。ただ、そうなると、もう一回、中居らが動き出して、解散話が再燃する可能性もあります」(週刊誌記者)

 今後の展開についてはまだわからないが、ひとつだけハッキリしていることがある。それは、みんなの好きだったSMAPはもうこの世界に存在しない、ということ。そして、SMAPを殺したのは、メリー喜多川とキムタクだということだ。

これからはキムタクがSMAPを仕切っていくことになるでしょう。スポーツ報知が報じたような自粛はないと思いますが、4人の発言力は一切なくなり、これからはすべて木村とジャニーズの言いなりになるしかなくなる。中居らは極端に仕事を減らされ、SMAPは開店休業状態になる可能性もある。ただ、そうなると、もう一回、中居らが動き出して、解散話が再燃する可能性もあります」(週刊誌記者)

 今後の展開についてはまだわからないが、ひとつだけハッキリしていることがある。それは、みんなの好きだったSMAPはもうこの世界に存在しない、ということ。そして、SMAPを殺したのは、メリー喜多川とキムタクだということだ。

飯島マネ今月退職決定!でも恩知らずはメリー副社長のほうだ!SMAPだけでなくジャニーズが今あるのも飯島のおかげ

 はっきり言っておくが、SMAPというグループがジャニーズ事務所から受けた恩義など、1ミリもない。そんな、当たり前のこともわかっていない頭の悪いスポーツ記者のために、改めて説明しよう。

 SMAPが結成されたのは、1988年。もともと彼らをジャニーズ事務所に入れ、SMAPを組ませたのは社長のジャニー喜多川氏だが、扱いはひどいもので、ジャニー喜多川社長もメリー副社長からもほったらかし。しばらくたなざらしにされていた。

 91年、ようやくCDデビューを果たすが、すでに光GENJIのブームは終焉。芸能界全体が“アイドル氷河期”に突入しており、歌番組も数を減らし、バーターでブッキングしてもらえるような先輩もいなかった。

 まともな売り込み、プロモーションもしてもらえず、CDは鳴かず飛ばず。途中からは、ジャニーズ出版という別会社に所属を移され、マネージャーすらつけてもらえず、一時は解散寸前の状態に追い込まれていた。

 恩義どころか、SMAPは“産み捨て”状態にあったのだが、そんなときSMAPの担当となったのが、今回の騒動の主人公である飯島氏だった。飯島氏はもともと事務職としてジャニーズ事務所に勤務していたのだが、SMAPの状況を見かねて「わたしにやらせてください」と直訴し、マネージャーに。そこから事務所のバックアップなしで、ひとりで売り込みに走り回り始めた。

 足繁くテレビ局、雑誌編集部に通いつめ、自ら企画をたてて持ち込む。そして飯島氏は当時、アイドルが本格進出していなかったバラエティ番組に目をつけ、粘り腰で交渉した結果、ついに『夢がMORIMORI』のレギュラーを獲得。これがきっかけとなって、SMAPはブレイクへのきっかけをつかむのだ。

 その後も飯島氏は新しいファンを獲得し、SMAP人気を拡大させるために、これまでのジャニーズアイドルにはありえなかったさまざまな新機軸を打ち出していく。

 そのひとつがトレンディドラマへの出演だ。いまではアイドルがドラマで主演を張ることは何も珍しいことではないが、当時はトレンディ俳優全盛期で、アイドルドラマ枠でもないかぎり現役ジャニーズがトレンディ枠に入り込む余地などまったくなかった。しかし、飯島氏はこの状況に風穴を空ける。

 93年、月9の『あすなろ白書』に木村が出演するのだが、このとき、飯島氏はジャニーズの掟というべきものを打ち破った。

 というのも、このドラマでの木村の扱いは3番手だったからだ。それまでのジャニーズ事務所は「ウチの大事なタレントを2番手、3番手になどできない」と主演以外は突っぱねてきた。だが、飯島氏は木村の可能性に賭け、チャンスを捨てなかった。結果、木村は「俺じゃダメか」とヒロイン役の石田ひかりを後ろから抱きしめる告白シーンで人気が爆発、一気に注目のトレンディ俳優に仲間入りを果たしたのだ。

 もうひとつ画期的だったのが、草剛の売り出しだ。飯島氏はずっと“SMAPのお荷物”扱いだった草を売り込み、97年、『いいひと。』に主演させたのだが、これもそれまでの“ジャニーズ=イケメン待遇”というルールをくつがえすものになった。以降、草は幅広い役に挑戦し、演技力の面で大きな評価を得ていった。

 さらに、飯島氏は歌の分野でも先鞭をつけた。SMAPにとって大きな分岐点になったのは、93年に発表したシングル「$10」だ。ちょうど木村が前出の『あすなろ白書』に出演中に発売されたのだが、そんな重要な勝負曲に飯島氏が選んだのは、歌手・林田健司のアルバム曲。しかもそれまでSMAPが発表してきた王道アイドルソングを見事に覆すアダルトコンテンポラリーな曲で、歌詞の内容も“愛と金”というアイドルらしからぬものだった。しかし、これが大きく当たり、「大人がカラオケで歌える曲」という、これまでグループアイドルが乗り越えられなかった壁を越えたのだ。

 また、飯島氏は新進気鋭のアーティスト、クリエイターとのコラボにも熱心だった。「セロリ」の山崎まさよし、「夜空ノムコウ」のスガシカオ、アルバムでは過去にフィッシュマンズ・佐藤伸治やキリンジ・堀込高樹、最近でも、いま話題のゲスの極み乙女。川谷絵音やクリープハイプの尾崎世界観など、通好みなコンポーザーを多数参加させた。

 PVでも、早い段階からCMディレクターとして注目されていた石井克人や人気写真家の若木信吾などの注目クリエイターを起用。木村のために実験的な作風で世界的に評価の高いウォン・カーウァイを監督にした映画を作らせた。

 それまでジャニーズのタレントなど扱うことなんてありえなかったファッション誌やカルチャー誌にもSMAPを売り込み、彼らのブランド価値をどんどん高めていったのも、飯島氏だった。

 バラエティとドラマ出演によって大衆性を担保しながら、一方で気鋭のアーティストや作家をぶつけ、おしゃれメディアも巻き込みながらエンタテインメントの枠を広げていく。飯島氏がジャニーズの鉄則に縛られることなく実践したこうした方法論によって、SMAPは老若男女から愛される国民的グループになっていったのだ。

 しかも、飯島氏はプロデューサーとしてだけではく、スキャンダル対策にもその豪腕を発揮した。草や稲垣が不祥事を起こした際には、ジャニーズ本体には頼らず、自らマスコミを駆け回って自ら火消しに奔走。中居が一般の女性とトラブルになった際には、自らその女性と交渉し、説得もしている。

 また、工藤静香が妊娠し、木村が結婚すると言い出したときは、「子供をおろせ!」と激怒するメリー喜多川副社長の盾になって、「木村の人気は結婚しても衰えることはありません」と説得。ゴールインにこぎつけさせた。一説には、この問題がきっかけで飯島氏とメリー氏の溝が深まったともいわれている。

いずれにしても、SMAPの今の人気がジャニーズ事務所と何の関係もないことは疑いようもない。SMAPは一から飯島三智マネージャーが育て、その類い稀なプロデュース・マネジメント能力によって、今のような国民的アイドルに押し上げたのだ。そして、メンバー5人はこの20年以上ずっと、公私両面で彼女に守られてきた。SMAPが恩義を感じるべき相手がいるとすれば、それはジャニーズでなく飯島氏なのだ。

 そう考えると、中居らが飯島氏のジャニーズ追放に怒りをおぼえ、飯島氏と行動をともにしようとするのは当然であり、むしろ、自分のために盾になってくれた恩人を裏切り、権力になびいた木村拓哉こそ“恩知らず”というべきだろう。

 いや、木村だけではない。実はもっとも恩知らずなのは、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長だ。なぜなら、飯島氏はSMAPだけではなく、ジャニーズ事務所そのものの今の隆盛をつくりだした最大の功労者、中興の祖だからだ。

 前述したように、SMAPがデビューした当時、ジャニーズには売れているアイドルがまったくいなかった。生まれた時からジャニーズが人気の若い人にはピンとこないかもしれないが、当時はジャニーズはダサい存在でしかなく、“ジャニーズ? プププ”という空気さえあった。

 それがSMAPのブレイクで一変。SMAPに引っ張られる形で、次々と売れっ子アイドルが生まれていった。

 飯島氏が前述したようにそれまでのジャニーズの常識を打ち破って、SMAPに用いた新機軸が、その後のジャニーズアイドルの有り様を激変させ、活動の幅を一気に広げたのだ。

 たとえば、今、ジャニーズのタレントはお笑い、バラエティ、情報番組のMCに当たり前のように出演しているが、これらはすべて、飯島氏がSMAP売り出しの際に、新たに市場を開拓し、先鞭をつけたものだ。

 それまでのジャニーズのアイドルは、美少年が歌って踊るだけ、バラエティといってもゲスト出演や歌を歌う合間にやる程度のことだった。それが、SMAPが体をはったコントや情報番組のMCなど、本格的にバラエティ、情報番組に進出、成功したことで、テレビ局がジャニーズアイドルをどんどん起用し始めた。

 飯島氏とSMAPがいなければ、TOKIOの『ザ!鉄腕!DASH!!』も、イノッチの『あさイチ』MCも、櫻井翔の『NEWS ZERO』 キャスターもありえなかったと言っても言い過ぎではないだろう

いずれにしても、SMAPの今の人気がジャニーズ事務所と何の関係もないことは疑いようもない。SMAPは一から飯島三智マネージャーが育て、その類い稀なプロデュース・マネジメント能力によって、今のような国民的アイドルに押し上げたのだ。そして、メンバー5人はこの20年以上ずっと、公私両面で彼女に守られてきた。SMAPが恩義を感じるべき相手がいるとすれば、それはジャニーズでなく飯島氏なのだ。

 そう考えると、中居らが飯島氏のジャニーズ追放に怒りをおぼえ、飯島氏と行動をともにしようとするのは当然であり、むしろ、自分のために盾になってくれた恩人を裏切り、権力になびいた木村拓哉こそ“恩知らず”というべきだろう。

 いや、木村だけではない。実はもっとも恩知らずなのは、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長だ。なぜなら、飯島氏はSMAPだけではなく、ジャニーズ事務所そのものの今の隆盛をつくりだした最大の功労者、中興の祖だからだ。

 前述したように、SMAPがデビューした当時、ジャニーズには売れているアイドルがまったくいなかった。生まれた時からジャニーズが人気の若い人にはピンとこないかもしれないが、当時はジャニーズはダサい存在でしかなく、“ジャニーズ? プププ”という空気さえあった。

 それがSMAPのブレイクで一変。SMAPに引っ張られる形で、次々と売れっ子アイドルが生まれていった。

 飯島氏が前述したようにそれまでのジャニーズの常識を打ち破って、SMAPに用いた新機軸が、その後のジャニーズアイドルの有り様を激変させ、活動の幅を一気に広げたのだ。

 たとえば、今、ジャニーズのタレントはお笑い、バラエティ、情報番組のMCに当たり前のように出演しているが、これらはすべて、飯島氏がSMAP売り出しの際に、新たに市場を開拓し、先鞭をつけたものだ。

 それまでのジャニーズのアイドルは、美少年が歌って踊るだけ、バラエティといってもゲスト出演や歌を歌う合間にやる程度のことだった。それが、SMAPが体をはったコントや情報番組のMCなど、本格的にバラエティ、情報番組に進出、成功したことで、テレビ局がジャニーズアイドルをどんどん起用し始めた。

 飯島氏とSMAPがいなければ、TOKIOの『ザ!鉄腕!DASH!!』も、イノッチの『あさイチ』MCも、櫻井翔の『NEWS ZERO』 キャスターもありえなかったと言っても言い過ぎではないだろう

 

 中居はその「文春」のインタビューの少し後、示唆的なセリフを吐いている。それは『笑っていいとも!』最終回でのスピーチ。中居は涙ながらに「いま、こんなかたちでジャニーズがバラエティとか普通にやってますけど、ほんとうに『いいとも!』に俺と香取が出させてもらって、ジャニーズもバラエティとか全然知らない、育て方とか知らないなか、チャンスを与えてくれてありがとうございました」と述べたのだ。

 あくまでタモリへの謝辞という形をとっているが、「いま、ジャニーズがバラエティとか普通にやってますけど」「ジャニーズもバラエティとか全然知らない、育て方とか知らないなか」という言葉をわざわざ加えたのは、飯島氏がバラエティを切り開いてきたのに、ジャニーズ事務所、メリー喜多川副社長がそのことをわかっていない、ということをアピールしようとしたとしか思えないものだった。

 さらに、今年1月9日に放映された『松本人志のすべらない話』でも、中居はあえてジャニー喜多川社長の誕生会のエピソードを語り、近藤真彦の権勢ぶりを揶揄。ジャニーズの歪な状況をほのめかした(この話がMVSをとったのは、明らかに中居の友人である松本の配慮だろう)。

 つまり、中居はたんに飯島と行動を共にすることを決心しただけでなく、テレビでもリスクを冒して、ギリギリのところで飯島の功績とジャニーズの非道を訴えようとしていたのだ。義理だの恩義だのと言うのであれば、この中居の態度こそが正しいというものだろう。

 実際、中居だけでなく、ジャニーズ事務所の中にも同じにように考えている関係者は多いという。

「なんだかんだいっても、飯島さんの功績は大きいし、代わりになる人はいない。SMAP解散がジャニーズ全体にとってとてつもない悪影響を及ぼすのはもちろんですが、飯島さんがいなくなって、本当にこれから事務所は大丈夫なのか、という声も聞きます。実際、飯島さんが手がけたキスマイとジュリーさんのHey! Say! JUMPの今の勢いの差を見れば、明らかでしょう」

水面下ではスポンサーなどの圧力もあり、飯島氏ひとりに責任を押しつける形で事態の収拾を図り、4人を戻す計画も進んでいるという。

 おそらくそうなったら、芸能マスコミは飯島氏ひとりを悪者にし、「中居らは飯島氏にそそのかされて馬鹿な真似をしたが、キムタクの仲介でメリー副社長に謝罪、大団円を迎えた」というような、まるっきり嘘のシナリオを垂れ流すだろう。

だが、何度でも言うが、今回の事態に、飯島氏とSMAP4人の責任は一片もない。本来なら、SMAPと飯島氏を追い詰めたメリー氏こそが土下座して謝るべきなのだ。ファンの間では、SMAP存続運動が展開されているらしいが、ついでに「飯島復帰運動」「メリー土下座しろ運動」もするべきではないだろうか。

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