田端義夫さんは天性の美声と本当の歌心を持っていた偉大な歌謡曲歌手だった。
私は彼の歌がとても好きだ。
その理由は幾つかあるが彼の一番良い所は、歌を作り過ぎない、ということにある。
演歌歌手と言えばやたらとベタベタした歌い方をする人が多くて辟易するが、田端義夫さんはそうではない。
さらりと歌ってしまうのだがその余韻は何時までも心に残り飽きることが無い。
大衆歌謡を文化と考えるなら、矢張りその行き着く所は芸術になる。
優れた芸術と言うのは人の恣意性から抜け出し、凡人には辿りつけない、ある意味人間離れをした心境に至った人でないと創りだすことは出来ないのでは無いだろうか?
さて、彼の代表作と言って良いのがこの『かえり船』である。
以前にもアップしたことがあるが、あの時代を思い出すことは我々の義務であろう。
今の日本の平和と豊かな暮らしは全て先人の犠牲の上に成り立っているのだから。
私の縁者にも支那やシベリアから引き上げてきた人も何人かいる。
既に亡くなった私の義兄は神風特別攻撃隊隊員だったが、出撃間近に終戦を迎えて生き残った。
戦争のことは殆ど口にすることは無かったが、義兄は自分が生き残ったことを終生、苦いものとして考えていた処があったように思う。
田端義夫 『かえり船』
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私は彼の歌がとても好きだ。
その理由は幾つかあるが彼の一番良い所は、歌を作り過ぎない、ということにある。
演歌歌手と言えばやたらとベタベタした歌い方をする人が多くて辟易するが、田端義夫さんはそうではない。
さらりと歌ってしまうのだがその余韻は何時までも心に残り飽きることが無い。
大衆歌謡を文化と考えるなら、矢張りその行き着く所は芸術になる。
優れた芸術と言うのは人の恣意性から抜け出し、凡人には辿りつけない、ある意味人間離れをした心境に至った人でないと創りだすことは出来ないのでは無いだろうか?
さて、彼の代表作と言って良いのがこの『かえり船』である。
以前にもアップしたことがあるが、あの時代を思い出すことは我々の義務であろう。
今の日本の平和と豊かな暮らしは全て先人の犠牲の上に成り立っているのだから。
私の縁者にも支那やシベリアから引き上げてきた人も何人かいる。
既に亡くなった私の義兄は神風特別攻撃隊隊員だったが、出撃間近に終戦を迎えて生き残った。
戦争のことは殆ど口にすることは無かったが、義兄は自分が生き残ったことを終生、苦いものとして考えていた処があったように思う。
田端義夫 『かえり船』
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