2015年3月31日(火)に静岡県浜松城址・掛川城址に行って来ました、青春18キップの最後です、片道5000円を超えるので十分なもとをとりました、でも疲れますね・・・・天気が今日まで良いので花見を兼ねていきました。

まず、浜松に行き駅から歩きました、城内は花見の客で混雑していました、天守門と浜松城天守です、石垣は当時の野面積みの荒々しい様子が見てとれました、美しい景色です。
石垣が美しいですね、天守門、此処は今川氏の城でその後徳川家康が17年間過ごしたと説明にあります、この天守は家康が秀吉により関東に移封後、堀尾吉晴が築いたと思われる天守の再現です、地震により江戸時代には天守は無いそうです。
徳川家康公の像です随分痩せているのでイメージが違いますが、若い時ですからネ、何せ元亀元年(1570)に武田信玄に対抗すべく岡崎城を長男信康に譲り、本城を築き城主になったのですから、元亀天正と言えば戦国時代の激戦時代ですから。
天守門を入り直ぐの所より見上げました、虎口は石垣に挟まれるように回り込みます、この石垣は石を余り加工しないで大きい所を中に入れるので見てくれほど弱くない製法らしいです、水はけは良いのです隅角部は算木らしい(2;1)ですね。
此れは広場少し奥からです、こうして見ると建物は天守台一杯で無く当時より小さめですね。3層3階の天守曲輪、左側が搦め手の門方向です。
搦め手の土塁上から見た城と門です。
これは城の虎口から見た天守門と石段です。
天守門の内側です。
公園市役所側から見た天守門と天守です手前は石垣です。
市役所横の大通りからお城を仰ぎ見ました、平日ですが皆さんお花見がてら沢山の人が来られていました。
掛川駅まで戻り掛川城址へ逆川近辺から仰見た掛川城天守です、ここは駅から近いので助かります。
本丸広場から掛川城天守をみる、元は今川側の城で徳川が納め、やはり家康が関東に移封された後に山内一豊(後の土佐藩高知城主)が拡張し天守を設けた、後に地震で江戸時代は天守は無かったそうですが、木造で再現された城です、此処も浜松城と同じ望楼型天守閣です。
此れは四足門脇の太鼓櫓です。
三の丸側からみた掛川城(右が天守・四足門・太鼓櫓)、右側が二の丸側です。
四足門の内からみた掛川城天守3層4階で付櫓があります、手前は石垣(?)ですが・・・。
天守の虎口から見た右側が本丸広場、左側が太鼓櫓、正面に逆川が流れている、昔は深い淵で岸壁だそうです。
天守上から見た二の丸と正面が二の丸奥御殿で文久元年(1861)の幕末の建物だそうです、奥御殿は以外と現在に残っていないみたいです、二条城・高知城・川越城は有名です、そうそう熊本城は復元しましたネ。
奥御殿の玄関先です。
奥御殿庭先から見た掛川城天守です、やはり堅固な高台に築かれた城です。
駅の観光センターで高天神城跡のパンフレットをゲットしました、その内にぜひ行ってみたいと夢が膨らみます・・・・・でも鈍行では疲れます、春日城・七尾城も行きたいし・・・・・。


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