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新・映像の世紀 第一集 百年の悲劇はここから始まった(1)

2019-01-11 13:29:58 | テレビ
新・映像の世紀 第一集 百年の悲劇はここから始まった@NHKスペシャル

●北フランス ソンム 巨大なクレーター 地雷の爆発した跡




第1次世界大戦の激戦地だった北フランス
100年前 この戦場の一角に発明されたばかりの小型のムービーカメラが姿を現した




人々の営みを動く映像として記録できる画期的な装置
格好の被写体として選ばれたのは「戦争」だった

カメラは巨大な地雷が爆発する一瞬を見事に捉えた
戦争の何たるかを世界に初めて思い知らせたワンカットとなった


●戦争の膨大なコレクションで知られる「王立戦争博物館」 フィルム倉庫 ロンドン郊外
特に貴重な映像は、ロンドン郊外の特別倉庫に保管されている






映画「ソンムの戦い」オリジナルフィルム 2005年 ユネスコ記憶遺産
ムービーカメラに収められた映像は、初めての本格的な戦争記録映画「ソンムの戦い」となった












大戦の最中、ヨーロッパで上映され、2000万人が映画館に殺到
イギリスでは今も『スター・ウォーズ』をしのぐ観客動員数を誇っている
当時、映画館に詰めかけた観客の多くが夫や息子の姿を必死で探したと言われる


●恐怖と緊張にこわばる 兵士の表情
動く映像のあまりの生々しさに人々は言葉を失った
撮影したのはイギリスの従軍カメラマン ジェフリー・マーリンズ
マリーンズ自身、動く映像が持つ革新的な力に驚かされた




マーリンズ「回想録」より
何という恐ろしい記録だろう
戦争が終わっても、私が小さなカメラに収めた映像は生き残り
兵士が果てしなく殺しあう戦場の凄まじい破壊が
これから何度も映像で再現されることになる


●それから100年 映像は世界を動かす巨大なパワーとなった
ドローンや監視カメラなど、私たちの一挙手一投足が
「ビッグデータ」として記録され、ビジネスや国家運営の手段となった








人工衛星にもカメラが搭載され、地球上のあらゆる場所の超精細な映像を24時間撮影している




誰もが撮影者となり、あらゆるメッセージが映像となって瞬時に世界を駆け巡る




もはや世界で起こる出来事のすべてが映像化されるといっても過言ではない
映像が発明されて100年余り それは人類が蓄積した膨大な記憶である


●フランス国立映像センター






今、アーカイブスの整備と、情報公開が世界中で進み、未公開映像が続々と発掘されている
私たちは 発掘した映像を最新のデジタル技術によって修復 薄れゆく人類の記憶を蘇らせる

「新・映像の世紀」では、歴史を動かした主役・脇役たちの人間ドラマに焦点を当て
6回にわたって100年の時を追体験していく

私たちはなぜ今こんな世界に住んでいるのか
これからどこに向かうのか


映像から読み取れる人々の経験と知恵は
今を生きる私たちの行く末を照らし出す確かな道しるべとなるだろう

1回目は、ムービーカメラが初めて大規模に使われた20世紀最初の世界大戦を見つめる



●開戦直後 ドイツ軍とイギリス軍が激突した国 ベルギー

ベルギー軍武器撤去破壊局(DOVO)






今も年間3000発の不発弾が見つかる その1割が「毒ガス弾」である
全ての不発弾を処理するには300年かかると言う
ヨーロッパは今も100年前の戦争の負の遺産を抱えている

ヨーロッパだけではない
第1次世界大戦は、20世紀の大不幸の種子を世界にばらまいた
そこに関わった人物の意図のあるなしに関わらず






初めての化学兵器「毒ガス」を発明したドイツの科学者フリッツ・ハーバー博士
アインシュタインは彼を「天才」と呼んだ






●ロシア革命を成し遂げ、世界で初めての「共産主義国家」を樹立したレーニン
恐怖政治の創始者でもあった
国民に真実を隠し、異議を唱える人物を「強制収容所」に送り込み20万人を処刑した




●劇映画にもなった砂漠の英雄 アラビアのロレンス




新たなエネルギー「石油」を狙ったイギリスの情報将校としてアラブ社会に食い込んだ
今に至る「中東紛争」のきっかけを作ったのはロレンスの裏切りだった

私たちの生きている世界自体は、第1次世界大戦の産物なのである


●20世紀最大の巨匠となるピカソ




フランス パリ 19歳のスペイン人の若者が初めてパリにやってきた
華やかな都市文化、地下鉄、ちょうど開幕したパリ万博では動く歩道も登場




パリは世界の平和と繁栄を象徴していた
このパリ訪問で受けた刺激がピカソの創作の原点となる


デザイナー ココ・シャネル




コルセットで縛る女性服の常識を壊し、スポーティーなデザインでファッションに革命を起こす
女性の社会進出が徐々に始まる中、大評判となった


アメリカのライト兄弟






エンジンによる飛行機で空を飛ぶことに成功した
テクノロジーは、人類に幸福をもたらすものと無条件に信じられた 誰もが「飛行機ダンス」を踊った

オーストリアの人気作家ツヴァイクは、大戦前のヨーロッパをこう回想している

シュテファン・ツヴァイク 「昨日の世界」より
大戦前の世界をひと言で言うなら安定した黄金時代だった
科学技術の奇跡によって、人類は平和のうちにどこまでも進歩していく 誰もがそう信じていた


●イギリスのSF作家 H.G.ウェルズ




1913年 戦争の危険を強く警告する人物が現れた
「宇宙戦争」や「タイムマシン」で知られるウェルズは
20世紀の運命を驚くほど正確に言い当てた

「解放された世界」
世界はドイツとイギリスの二大陣営に分かれ、世界最終戦争を始める
飛行機は戦争の道具に使われ、空爆が始まる
戦車 が発明され、田園を踏み荒らす

8年前にアインシュタインが「相対性理論」を発表
原子に莫大なエネルギーが秘められていることを突き止めた

ウェルは原子爆弾が生まれ文明を壊滅させる広島・長崎まで見通していた
ウェルズの予言は翌年的中した


●1914年 サラエボ
1914年6月 オーストリア ハンガリー帝国サラエボで起きた出来事が始まりだった
サラエボ訪問中の皇太子夫妻が凶弾に倒れた

犯人はサラエボの民族主義者 ガブリロ・プリンツィプ
オーストリアの支配に反発する秘密結社の一員だった(それも真実かどうか

亡くなった皇太子の祖父 皇帝 フランツ・ヨーゼフ1世は、報復のため直ちにセルビアに宣戦布告した
(なんだろうこの仰々しいおかしな帽子は?




●ロシア帝国はセルビアへの支援を表明(すぐに絡んでくるな
ロシア皇帝ニコライ2世は、兵士を総動員し戦争に備えた

「ロシア動員令」 1914年7月




列強は安全保障のため軍事同盟を結んでいた
イギリスはフランスとロシア、ドイツはオーストリアとオスマン帝国 二大陣営に分かれた
戦争を望まない他の国々も「軍事同盟」に縛られ、30カ国を超える国々が戦火に巻き込まれていった




1914年8月 ドイツ ロシアとフランスに宣戦布告




ドイツ皇帝ウィルヘルム2世が兵士を鼓舞する肉声が収録されていた

「わが新兵よ! 私は国家の使命として親や兄弟の命を奪えと命じるかもしれぬ
 だがどんな命令であっても、絶対に服従しなければならない!」


●1914年8月4日 突如、中立国ベルギーに侵攻する
ドイツ軍は市民にも銃を向けた
150万人のベルギー難民が国外から逃れた
20世紀は「難民」の世紀でもあった




1914年8月4日 イギリス参戦(戦争大好き
ベルギーと軍事条約を結んでいたイギリスが参戦に踏み切る
国中が騒然とする中、50万の若者が志願した




40年の平和が続いたヨーロッパでは、戦争の記憶は薄れ
若者は戦争を「ロマンチックな冒険」と考えがちだった
誰もが「戦争は数ヶ月で終わる」と信じていた(踊ってる兵士までいる


●兵士たちの肉声が大量に残されている「王立戦争博物館」 ロンドン
博物館では大戦100周年をきっかけに、戦争を生き延びた兵士1300人の証言を集めた






元イギリス兵:
ドイツ軍などあっという間に蹴散らすことができると新聞が煽っていた
みんなそう信じていたし、クリスマスまでには戦争が終わると思っていた
友人達は争って志願した 私も17歳で志願兵になった

元ドイツ兵:
ドイツの学生は皆、強烈な愛国心に取り憑かれていた
はためく国旗 勇ましい軍歌 祖国の華々しい勝利を疑う者はいなかった


イギリスでは志願した若者の多くは貧しく、失業者も多かった
ほとんどの兵士は、訓練不足のまま前線に送られた
イギリスの新兵は、ドイツの新型機関銃の格好の餌食になった

訓練の様子



元イギリス兵:
さっきまで冗談を飛ばしあっていた400人の仲間が
あっという間に機関銃でなぎ倒された 生き残ったのは 俺一人だけだった


塹壕の跡 フランス






機関銃に対する防衛戦法として登場したのは「塹壕」である
ひとまずこの狭い溝に身を潜め突撃命令を待つ

元イギリス兵:
塹壕から少しでも頭を出せば、すぐに弾が飛んでくる
朝から晩まで 砲弾や機関銃の音に攻められる
5分で気が狂いそうになる

塹壕戦で使われた人形の首 この首を掲げて敵の出方を伺う






クリストファー・ウォーケンの映画を思い出す
『ブルースが聞こえる』(1988)



西部戦線




イギリス・フランスの連合軍がドイツと戦う戦場は「西部戦線」と呼ばれた
塹壕は西部戦線に沿ってヨーロッパ大陸を縦断する

飛行機から撮影した映像 塹壕は延々700 km




最悪なのは雨だった




不潔極まりない塹壕で、兵士はシラミと病気に苦しんだ シラミを潰す兵士の映像


●予防注射を受けるドイツ兵
塹壕戦が長引き、チフスや肺結核などの伝染病が流行した




●フランス軍の梅毒などの性病の教育映像




「梅毒」などの性病も蔓延した
20万を超える連合軍兵士が梅毒にかかった
兵士に配布される必需品はコンドーム この戦争をきっかけに世界に普及していく

大戦中、性病を警戒した当局は「慰安婦」のみならず
女性全般への性病予防を強化した(海外にも慰安婦がいたんじゃん




●フランス軍兵士が行列を作る 目当ては軍公認の「慰安施設」




元イギリス兵:
ともかく酒と女だ
自分たちが戦争の道具に過ぎないという思いを振り払うためさ
そうでもしなけりゃ気が狂う


●日本はイギリスとの同盟を理由に連合国として参戦 ドイツ領 青島(チンタオ)へ出兵




●1914年7月 ドイツの主力艦「ドイツ東洋艦隊」が次々と出港した



ドイツは1898年から青島を租借 東洋艦隊の拠点としていた
本国からの指令を受け、ドイツの主力艦「ドイツ東洋艦隊」が次々と出港した


1914年11月 日本軍青島占領
日本はドイツの強力な軍隊が留守の間にほとんど傷を負うことなく青島を攻略

アメリカの外交官がイギリスに電報を打った

アメリカ外交官:
列強が留守の間に日本が中国の権益を独り占めしてしまわないだろうか
アメリカとしては非常に心配している

後に 日本は大陸へ派兵を拡大 列強の懸念は現実のものとなる


オスマン帝国
中央アジアでも戦闘が繰り広げられていた
激突したのは、オスマン帝国×ロシア帝国
オスマン軍は黒海とカスピ海に挟まれた国境コーカサスへ進軍した

コーカサス山脈 ロシア軍撮影




3000mを超える真冬の山岳に12万の大軍を送る無謀な作戦
1万を超えるオスマン兵は、戦闘に参加することなく凍え死んだ

遺体を片付ける作業を監視しているのはロシア兵
愚かな作戦により9割のオスマン兵は戦死



(こうした戦争映画が無数に「名作」として未だに語り継がれているけれども 実際は本当に愚かだ


●西部戦線




開戦後5ヶ月 西部戦線でも150万の兵士が戦死した
多くの遺体が塹壕の中に放置された
若者たちを酔わせた「冒険」への熱狂は急速に色あせた

遺体にたかる虫




●自らこの戦争に志願したアメリカの作家スコット・フィッツジェラルド
後に彼は塹壕の跡を訪れている
(森の中に机と椅子を置いて文章を書いてる/驚




フィッツジェラルド「夜はやさし」より
1日数センチずつ 今の僕らが歩いて2分でたどり着く距離に大英帝国は1ヶ月かける
後に残されるのは、血まみれのボロ布のような100万の戦死者


●機関銃の射手として従軍したドイツ表現主義の巨匠 オットー・ディックス




人を殺す恐ろしさを経験したディックスは銅版画「戦争」など、生涯戦争の悲劇を描き続けた→here


ドイツで初めて女性として科学の博士号を得た秀才 クララ・ハーバー
1995年 ドイツ ベルリン 一人の女性が自らの命を絶った




夫は天才科学博士フリッツ・ハーバー博士
「窒素固定法」空気中から窒素を取り出す方法を確立しノーベル賞を受賞
博士の研究を応用して「窒素肥料」が開発され、飢餓に苦しむ世界中の人々が救われた


史上初めての「化学兵器 毒ガス」の開発




元カイザー・ヴィルヘルム研究所(現マックス・プランク研究所)

戦争が始まると、博士は極秘の研究に取り組んだ
ハーバーが所長が勤めていた、現在世界最高峰の科学研究を誇る研究所
飾られている写真は、ドイツが選んだ2人の天才アインシュタインとハーバー

アインシュタインは、ハーバーの研究を知らされ思わず叫んだ
「君は天才的な頭脳を間違った目的に使っている!」

ハーバーが取り組んでいたのは「毒ガス」の開発だった
自ら戦場に赴いて実験を指揮した


●1915年 4月22日 ベルギー村 化学兵器が初めて戦争に使われた
7kmの前線にわたって168トンの塩素ガスが放たれ、600人の兵士が犠牲となった

元イギリス兵:
塹壕一面に液体が飛び散り、霧のようなガスになった
大勢の兵士が目をやられてのたうち回り、毒ガスであることに気づいた
みんな窒息して苦しみ始めた 兵士は恐怖でパニックとなり、周辺の住民も巻き込まれた


●直ちに毒ガスから身を守るマスクが開発された




衝撃を受けたクララは、夫に激しく抗議した
「あなたは科学を捻じ曲げています 研究を止めてください」

だが夫は平然と言い放つ
「毒ガスは戦争を早く終わらせ、ドイツの兵士を救うのだ」

実際には、毒ガスによって戦争は長引き、被害は拡大した
連合軍はより強力な毒ガスを開発
両軍合わせて6600万発の毒ガス弾がまかれ、死傷者は100万人に及んだ

5月1日 ハーバー博士邸
毒ガス戦の成功を祝い、ハーバー博士をたたえる祝賀会が開かれた(祝賀会って・・・
その夜、クララは、夫のピストルを自らの胸に向けた 5月2日クララ自殺


1940年代 強制収容所 ガス室でも使われた毒ガス「チクロンB」




残されたハーバー博士にも悲劇が待っていた
(奥さんが自殺したのに、その後も生きてたんだ

「チクロンB」は、後に「ユダヤ人の大量殺戮」のために使われた

元はといえばハーバー博士が開発に関わった強力な殺虫剤であった
博士自身もユダヤ人だった
自分が開発した毒ガスが同胞の絶滅のために使われるとは思いもしなかった






博士はナチスに迫害され、亡命を余儀なくされた

ハーバー博士の言葉「アインシュタインの手紙」より
人生でこれほど苦々しく、耐え難い思いをしたことはない
私がいかにドイツに忠誠を尽くしてきたか
今になってみれば吐き気がするほどの嫌悪感を感じる

1934年 亡命先のスイスにて死去
博士が世に送り出した化学兵器は、その後の戦争においても無差別大量殺戮の道具となった
今も計り知れない災いをもたらし続けている


ベトナム戦争 枯葉剤散布




イラン・イラク戦争 クルド人が毒ガス兵器の犠牲になった




●1915年 砲撃や毒ガスを避けるため、西部戦線には「地下壕」が登場する






フランスには今も広大な地下壕の廃墟が残る
深さ10m 迷宮のような空間は 40万平方メートルにも及ぶ
100年もの間放置されていた
兵士は暗闇に身を潜め、ひたすら攻撃の嵐に耐えた


●敵陣地の地下まで掘り進み「地雷」を仕掛ける作戦
地下壕でのイギリス軍の極秘の作戦を捉えた映像がある

イギリスの兵士が暗闇の中で耳を澄ます
ドイツ軍もまたこの向こうで同じことを考えているかもしれない

アルミ粉末と硝酸アンモニアを混合させた強力な爆薬を慎重に運び込む
巨大な爆発の映像

連合軍は 160 km にわたり 750発の地雷を爆発させた
ドイツ軍も700発の地雷で応戦した

元イギリス兵:
地雷の爆発で大勢の仲間の手足が飛び散った
死体から流れる大量の血の臭いは
どんな臭いとも比べ物にならない死ぬほど嫌な臭いだった


●地下壕には 100年前の兵士たちの叫びが残されている




ろうそくで天井に書かれた文字 「地獄」




地下壕には礼拝所も作られた
突撃命令を受けた兵士は、暗闇で祈りを捧げて戦場に向かった




大戦3年目 西部戦線は動かない


●1916年 戦いは地下のトンネルから大空へ向かう 「爆撃機」




第1次世界対戦で「爆撃機」が初めて登場した
最新の科学技術が動員され、戦争は新たな次元に突入した

激しい空中戦の中で一人の英雄の名が刻まれた 撃墜王マンフレート・フォン・リヒトホーフェン
真っ赤な飛行機に乗っていたためドイツの貴族 「レッド・バロン」(赤い男爵)と呼ばれた

(英雄って、一人でも多く殺したってこと 今度はウェストールの小説みたい






操縦席に高性能の特製機関銃を搭載 80機を撃墜した
リヒトホーフェン率いる飛行部隊は「空飛ぶサーカス」と異名を取り、連合軍から恐れられた
(モンティ・パイソンの番組名じゃん/驚

正義感にあふれ、「騎士道精神」の鏡とされ、ドイツ女性の憧れだった
軍人として最高の名誉であるプール・ル・メリット勲章を授かった

しかし、半数のパイロットが戦死
多くが訓練中の事故だった

仲間が一人、また一人と減っていく中、赤い男爵は空を飛び続けた

リヒトホーフェンの言葉:
私はこの頃、情けないほど意気消沈するようになり、引退することも考えた
だが、塹壕の中で苦しい戦いを強いられている仲間を思うと、自尊心が許さなかった

1918年 リヒトホーフェンは撃墜された 享年25歳
連合軍は敵国の空の英雄に敬意を表し、戦場で丁重に葬った


爆弾を作る女性たち




戦いは国家のすべてを動員する「総力戦」となった
イギリスでは100万人の女性が「軍需工場」などで働いた
エンジンの製造作業、飛行船を組み立てる危険な作業にも駆り出された

爆撃機の翼を作る仕事




元軍需工場の労働者:
軍需工場の仕事がもとで病気になった若い子がいたわ
金属の粉を大量に吸い込み、喉の奥まで焼きつくされて、苦しみながら死んでいった
まだ19歳だった

元軍需工場の労働者:
女たちは死に物狂いで働き、来る日も来る日も弾丸を量産し続けた
軍需工場の経営者は「女はいくらでも代わりがいる」とうそぶいた
だが本当は、女たちの働きがなければ戦争は負けていた

男性が職場から消え、女性の動員が続く
路面電車の運転手、炭鉱での重労働、弾薬の輸送部隊も






大戦中、戦場で消費する砲弾は1日あたり40万発に達した
大戦を通じて14億発が発射された

国家の生産力はすでに限界に近づいていた
それでも両軍とも西部戦線の膠着を打開することはできない


新・映像の世紀 第一集 百年の悲劇はここから始まった(2)


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