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新・映像の世紀 第一集 百年の悲劇はここから始まった(2)

2019-01-11 12:57:13 | テレビ
新・映像の世紀 第一集 百年の悲劇はここから始まった@NHKスペシャル

新・映像の世紀 第一集 百年の悲劇はここから始まった(1)


謀略戦
イギリスは、密かに新たな戦術に活路を求めた 「謀略戦」である
1916年 イギリスはドイツの同盟国オスマン帝国を狙って破壊工作を仕掛けた
その作戦から、一人の英雄の伝説が誕生する

オスマン帝国は、ドイツと軍事同盟を結び、第1次世界大戦に参戦していた
600年の歴史を持つヨーロッパからアジアにかけて広大な領土を持つオスマン帝国
しかし度々の戦争で衰退し「瀕死の病人」と呼ばれていた

オスマン帝国の領土を現在の地図と重ねてみると、領土はほぼ今の中東全域に及んでいる




●狙いはオスマン帝国領内で次々と見つかる大規模な「油田」




当時、オスマン帝国の人口は1800万
トルコ人とアラブ人が7割を占め、クルド人、ユダヤ人など少数民族も暮らす多民族国家を形成していた

イギリスは、アラブ民族の「独立運動」に目をつけた
その動きを炊きつけ、内部からオスマン帝国を倒そうと企てた

イギリスは、アラブの有力者と密かに接触した
預言者ムハンマドの血を引くフセイン、その御曹司 ファイサル




その任務に当たったのは若い情報将校だった トーマス・エドワード・ロレンス
ファイサルに武器と資金を提供し、オスマン帝国打倒を持ちかける

(果てしなく続くこの地の内紛も、9.11もすべて
 大国同士の巨額を巡る工作ではないかというのがこの番組の暗のテーマでは
 貧しい国々がこれほど長く戦争を続けられるのは、武器と資金が提供され続けているから
 戦争ほどの金儲けは他にないのだろう

『華氏911』(2004)

「華氏911」trailer

イギリス人でありながら、アラブ文化への理解が深く、
言葉も自在に操るロレンスに、ファエサルは大きな信頼を置いた

イギリスは、ファエサルに「オスマン帝国を倒した暁には、アラブの独立国を作る」と約束した
約束を信じたファイサルは反乱軍を組織する

ロレンス「知恵の七柱」より
オスマン帝国に勝利するためには、アラブ人の情熱が絶対に必要だった
だから私は、イギリスは絶対に約束は守ると断言した
私の言葉はアラブ人を勇気づけだ


●オスマン帝国の鉄道「ヒジャーズ鉄道」
アラブの反乱軍が敵の列車を爆破した直後の映像
反乱軍は巧みなゲリラ戦法でオスマン軍に打撃を与えた




アメリカの映画プロデューサー ローウェル・トーマス




ロレンスの名を世界に轟かせるきっかけを作った
連合軍から依頼されされ、プロパガンダ映像の制作を請け負っていたトーマス
撮影中にロレンスと出会った

トーマスの肉声:
アラブ服を着たロレンスに偶然出会った時、ピンときましたね
この男は並外れた魅力を持っている


「アラビアのロレンスとともに」1919年公開 ロンドンのロイヤルオペラハウス
ロレンスを「砂漠の英雄」に仕立て冒険物語を作り上げた
この日行われたトークショーでトーマス自身が映像の語り手を務めロレンスの冒険活劇を語った

トーマス:
オスマン帝国の圧政に苦しむアラブ人を助けた英国のロレンス
アラブの名門ハーシム家の御曹司ファイサル
隣りに控えるのがアラビアの無冠の帝王ロレンスであります

エキゾチックな映像とトーマスの巧みな語り口が大反響を呼び
ロレンスは一躍世界的なヒーローとなる
その後、1962年映画『アラビアのロレンス』は、イギリスの大作映画にもなった


●「裏切りの英雄」ロレンス
実はイギリスはアラブ建国を約束する裏で、フランスとも密約を交わし
戦後、オスマン帝国の領土を分け合うことを企てていた




もちろんその交渉はアラブ人には一切秘密にされていた
しかもイギリスはこの地にユダヤ人にも国を作る約束をしていた

ロレンスは、イギリスの真の目的を隠しながらアラブを助けていたのだ
イギリスが乱発したこの欺瞞に満ちた約束が、今に至る悲劇の出発点となる


モルガン商会 ピアモント・モルガン アメリカニューヨーク
イギリスは、アメリカにも情報戦を仕掛けていた
狙いは中立国アメリカを戦争に巻き込むことだった
そのためにイギリスは、ウォール街の金融機関を味方につけた

ウォール街を仕切るアメリカの銀行家 モルガンJr.
今も巨大財閥として君臨するJ.P.モルガンの二代目である
(金持ちはずっと金持ち、貧民はいつまでも貧民のまま




●アメリカの兵器工場




イギリスの軍需物資の8割を調達
アメリカの軍需工場で兵器を生産させていた

もしイギリスが負ければ大損害を被る
アメリカ参戦に向けて、ウォール街とイギリスの利害が一致した

ウィルソン大統領は、公には国民に中立を約束していた
しかし翌年、ウォール街の圧力に屈することになる


1917年 革命
対するドイツも謀略戦を展開していた
1917年ドイツの手厚い支援を受けて一人の革命家がロシアに向かった ウラジーミル・ウリヤノフ
革命家としての名はレーニンである




1905年 「血の日曜日事件」
12年前 ロシア皇帝の反乱に参加
その後、秘密警察に追われてスイスで亡命生活を送っていた

ドイツはレーニンをロシアに帰国させるための専用列車まで用意した
ドイツの狙いは敵国ロシアを内部から突き崩すことだった


●ロシアがドイツやオーストリアと戦う東部戦線




ロシア軍は絶望的な戦いを続けていた 武器も食料も底をついていた
戦争への怒りが頂点に達し、100万の兵士が脱走 ロシア軍は崩壊した


1917年 ロシア2月革命




「我らにパンを!」 首都ペトログラードの女性が食料難に抗議
軍の逃亡者や労働者が合流 革命に発展する
民衆は300年続いたロマノフ王朝を打倒 「臨時政府」が開かれた

教会に隠れていた皇帝ニコライ2世はシベリアに幽閉された
ドイツ軍に守られペトログラードに到着したレーニンは
兵士を組織し、事実上のクーデターで、できたばかりの臨時政府を倒した

史上初めての「共産主義国家 ソビエト」の誕生である


1917年 ロシア10月革命




レーニンの極めて貴重な肉声が残されている

レーニン:
ロシアでは史上初めて労働者と農民によるソビエト評議会が組織された
このソビエトが全ての国家権力を握ったのだ


●ドイツとの単独講和調印 「ブレスト=リトフスク条約」
ソビエト革命政府はドイツに全面降伏した ドイツの思惑どおりの結果となった

ドイツ外交官の報告:
我々の支援と潤沢な資金がなければ印刷機さえ持たなかった
貧しい「ボリシェヴィキ(共産党)」が大規模なプロパガンダを駆使して
支持を拡大することなど絶対に出来なかったでしょう

東部戦線が終結し、ドイツは兵力を西部戦線に集中させ決戦の時に備えた


イギリスの戦費は通常の国家予算の6倍を超えた
イギリスは破産寸前の危機を迎えていた

イギリス ロイド・ジョージ首相 イギリス国王ジョージ5世




チャーチル軍需大臣 アメリカホワイトハウスの映像

中立国アメリカは参戦を決断した
もし連合軍が敗北すれば、莫大な貸付金を回収できなくなる
ウィルソン大統領はウォール街の圧力に抗しきれなかった


●1917年6月 ヨーロッパへ向かうアメリカ軍
大戦終了までに200万の兵が派遣された




パリに到着したアメリカ兵が大歓迎される映像
連合軍は勝利に向けて大きな一歩を踏み出した


●1917年~1922年まで「ロシア内戦」 ロマノフ王朝の残党×ボリシェビキ(赤軍)
大戦を離脱したロシアだったが、戦いは終わらなかった 内戦である


反革命軍による「ポグロム」(ユダヤ人の大虐殺)




反革命軍がボリシェヴィキ以上に標的にしたユダヤ人
社会変革を望むユダヤ人には、ボリシェヴィキの支持者が多く
ユダヤ人というだけでボリシェヴィキの手先とみなされた


●1919年 ウクライナ ユダヤ人街
ウクライナにおける ポグロム ユダヤ人の大虐殺を記録した映像

家族の遺体を探す人たち




反革命軍将軍の日記より:
我が軍の志願兵の多くが喜々として面白半分の殺戮に熱狂している
もはや誰も残虐行為をやめさせることができない

ロシアには、19世紀以来、世界で最も多い700万人のユダヤ人が暮らしていた


●1915年 ワルシャワ ユダヤ人ゲットー強制居住区




当時、ロシア領だったポーランドのユダヤ人ゲットーを撮影した映像
2000年前に国家を失ったユダヤ人は、世界各地に散り散りとなりながらも
信仰を守りコミュニティーを作ってきた
「シナゴーグ」(ユダヤ教の教会)の映像

しかし、社会に混乱が生じるとき、しばしば憎悪は異教徒であるユダヤ人に向く
ロシア革命の混乱も例外ではなかった


●大戦前後、ロシア各地で激増した「ポグロム」
この時、10万人を超えるユダヤ人が虐殺されたといわれる
財産は略奪され、幼児も虐殺された

ロシアから脱出するユダヤ人の映像
虐殺を免れたユダヤ人は、ロシアから脱出
今度はアメリカとパレスチナで強力なユダヤ人社会を建設することになる


●1918年8月 5年続いた戦争はようやく終わりを迎えようとしていた
西部戦線では、アメリカ軍の快進撃が始まる
アメリカの資金で量産された600台の戦車、800の爆撃機
ドイツ軍は壊滅的な打撃を打撃を受けた




●1918年8月8日 ドイツ陸軍「暗黒の日」降伏したドイツ兵




10月ドイツの同盟国 オスマン帝国が降伏した
最大の軍事拠点ダマスカスがついに陥落
アラブの反乱軍がダマスカスに入城する映像

反乱軍の指揮者ファイサルが凱旋 イギリスのロレンスも伴っていた
ファイサルはアラブ民族の独立を宣言した

アラブ人の歴史家ジョージ・アントニウス「アラブの目覚め」より
ファエサルが入城した時、ダマスカスの興奮は最高潮に達した
アラブ人が長年夢見てきた自由がついに実現したように思えた




ロレンス:
イギリスのアレンビー将軍は、ファイサルにその約束は果たせないことを初めて直に伝えた
二人の通訳をしたのは私であった
ファイサルが帰った後、私はアレンビー将軍に申し出た
「もうこの仕事から身を引きたい」 私の心はもはや萎えていた


●大戦が終わると攻撃が始まった




大戦中は同じ陣営にいたフランスによる容赦ない空爆
アラブの独立は幻に終わった
ファイサルは連合国から利用された末に見捨てられた

イギリス軍のパレスチナ占領 アラブ人にさらなる裏切りが待っていた

アレンビー将軍に挨拶する宗教指導者たちの映像

大戦後パレスチナを統治したイギリス
パレスチナの住民の9割はアラブ人だった
だがイギリスは大戦中この地にユダヤ人の国を作ることを約束していた
ロスチャイルドなど、ユダヤの資本家を味方につけるためだった

ロシアでの大量虐殺から逃れてくる人々
世界中からユダヤ人がパレスチナを目指した
アラブ人が一度は独立を夢見た土地に、ユダヤ人が根をおろす 後のイスラエルである




21世紀の今も続く憎悪の連鎖はここから始まった


1920年~ 「パレスチナ紛争」




1918年11月11日 休戦協定成立 ついにドイツが降伏した
死者1703人 負傷者2000万人 勝利者はその後の世界を巡る画策を始めた


●1919年 アメリカのウィルソン大統領はパリの講和会議に向かった




勝利なき平和 賠償を求めない講話
多額の賠償金を課すことに強く反対していた しかしウィルソンの理想は
アメリカ、フランスの反対によって阻まれた


モルガン商会 トーマス・




賠償委員会で主導力を発揮したのは、ウォール街の実力者ラモント
イギリスに貸し付けた莫大な戦費の回収を重視した賠償案をまとめた


1919年6月 「ベルサイユ条約」
ドイツに課せられた賠償金は132億金マルク
ドイツの国家予算の20年分にあたる額だった


経済学者ケインズ
巨額の賠償案に抗議してウィルソンを厳しく批判した




ケインズ「平和の経済的帰結」より
大統領は合衆国の財力にものを言わせて、素晴らしい成果を生み出すこともできたはずだ
しかし大統領は動かない 取り巻きはウォール街の実業家ばかり
彼らはヨーロッパについては何も知らず、公の問題を議論する経験もない

条約を知ったドイツ人は憤激した
講和条約に反発する政治団体が生まれ、そこに一人の若者が参加する
アドルフ・ヒトラーである




戦争を指揮していたドイツ皇帝ヴィルヘルム2世はオランダに亡命した
亡命先の村で薪を拾う、かつての皇帝の映像

ヴィルヘルム2世の言葉:
民衆が、支配者である皇帝を裏切り、こんな仕打ちをするのは世界史上例がない
神の恐ろしい罰がドイツにくだるであろう

1924年1月21日 レーニン死去
ロシア革命を成し遂げたレーニンが世を去った
革命のカリスマ、レーニンは恐怖政治の創始者でもあった


●ソビエト崩壊後、極秘映像が公開された「強制労働」




レーニンが強制労働収容所を建設
地主やブルジョア、党に従わない人物8万人を84箇所の収容所に送り込んでいた


秘密警察「チェカー」(KGBの前身)を創設




ポーランド出身の狂信的共産主義者 ジェルジンスキーを長官に任命




チェカーはレーニンの時代に20万人以上を処刑した
世界初の共産主義革命の内実だった

銃殺の映像



砂漠の英雄に祭り上げられていたロレンスは
大戦後、オートバイ事故で亡くなった 1935年 享年46歳

アラブを裏切り、激しい罪悪感に苦しんだロレンスは
戦後は名前を変え、しばしば行方をくらましていた

ロレンス「知恵の七柱」より
戦争が終われば、アラブ人に対する約束など
反故同然の紙切れになってしまうことは私には分かっていた

私のお芝居は英国やアメリカで賞賛され、
大衆受けするロマンあふれる物語が創作されたが
私自身はどうにもならないほど激しい恥辱に苛まれ、極度の自己嫌悪に取り憑かれた


●大戦終了直後のヨーロッパ




どこまでもどこまでも廃墟が続く
砲弾や地雷が作り出した無数のクレーター
世界各地に火種をばら撒き 戦争は終わった


皇太子 裕仁親王(後の昭和天皇)
その時の印象をこう書き留めている






「昭和天皇実録」より
破壊させられたる諸都市
荒廃したる森林
蹂躙せられたる田野の景は

戦争を賛美し、暴力を謳歌する者の目には
いかに映ずべきか

これらは深く 予の心を傷ましめたり

(なのに第二次世界大戦ではこの教訓を応用できなかったものか


世界大戦を予言した作家ウェルズは、この戦争が「あらゆる戦争を終わらせる戦争」
“The War to End All Wars”と言い、その後、世界に平和が訪れると語った

だが大戦によって 世界中に紛争が広がり、難民が溢れ、憎悪が渦巻いた


1919年~1922年 トルコ・ギリシャ戦争




1922年~1923年 アイルランド内戦


1918年~1922年 日本軍 シベリア出兵




多くの国家が「来るべき戦争」に備えた

ウェルズはこう予言すべきだったのかもしれない
これは「あらゆる戦争を生み出す戦争」になると


子どもたちの間で 戦争ごっこが流行った






従軍看護婦の真似事をする子、塹壕の将校に扮する子、敵の処刑を命じる子
後にこの子どもたちの多くが本当の戦争を戦うことになる

第1次世界大戦の終結は、単なる「長い休戦」に過ぎなかった
21年後、世界は再び地獄の炎につつまれることになる



エンドロールには、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、日本 各国の取材協力が並ぶ
これだけの歴史があり、情報があり、知識人がいるのに、
なぜ戦争は作られ続けるのか

戦争の親玉の1国、イギリスが記録フィルムを保管していて
それをドキュメンタリー番組として提供しているのに
いまだに中東の紛争が終わらないのは、相当、強力な力が働いている証

妙な世の中だ

「家族のため」「母国のため」「お金のため」に狩り出される兵士たちは
こうした戦争のからくりを知らずに育ち、また同じ扇動に巻き込まれ
命を落としていくのだろう

無惨な遺体映像を見て、ブログに画像を貼るのは胸が苦しいが
せめてこれらを見て、戦争の恐ろしさをもう一度目の当たりにして
今のきな臭い時代に、再び大きな過ちを繰り返さないよう祈るばかり


新・映像の世紀 特設サイト

NHKスペシャル 新・映像の世紀「第3集 時代は独裁者を求めた」(1)

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