大雪の被害
その二
その三
その四
その五
五十年前川崎駅前の工場から私が撤去しておいて、移設した高圧ケーブルラインを関電工が何カ月も二個班総出で復旧工事を
していたが、明日試運転し本社社長のテープカットだというのにピクリとも動かないと、担当者が退社時に駆け込んできた、
何とか面倒見てくれとのこと。仕方ないので十二名の関電工の社員を全員残し、夕飯と夜食を至急用意し社員に工程を説明し
復旧工事に取り掛かりました、社員を三百メートルのラインに一列に並べ図面上気になるところを一斉に開放し配線をばらして
おくようにし再度私の指示道理配線しなおすように施工することとしましたが、起動スイッチを押しても起動しません。
そんなことを五回くらいしたところで、夕食にし。再度配線することとしました。ひらめきで非常停止ボタンの配線を一か所ずつ
自分の目で確認しながら社員に施工させ、再再度起動すると動き出すではありませんか。
念のため停止と起動を三回繰り返し、オーケーサインを出し開放した機器を蓋をして再起動をしてみました、高圧モーターが爆音を上
げ起動し確認すること三回し終了し。夜食を平らげて解散しました。
懐かしい工場が崩壊してしまいました。