南九州市頴娃(えい)町雪丸に、真田幸村の墓と伝わるものがあります。雪丸集落に案内板があるので、これに従って行きます。

駐車場から茶畑と開聞岳を望む。墓はこの後ろです。

駐車場の横に水車があり、蛇口をひねって水を出すと回ります。

スタート地点です。

ここから山道を400m歩いていきます。

ヒノキ林の中を進みます。

杉林に代わり、100m毎に案内板があります。

足元が悪くなりました。

はんたゆいめど~(転ばないでくださいね)。
これぞエイ語?(頴娃語と英語をかけてこう言う)。

杉林の中の幸村の墓に着きました。

大坂夏の陣で敗れた幸村は、秀頼を守って薩摩に落ち延びた、という伝説があるそうです。

雪丸は幸村がなまったということです。そう言えば、雪の降らない南九州に雪の名がつく集落は珍しいです。

墓に丸い石が供えられています。
幸村の子を身ごもりながら添うことができず、大川に嫁いで男の子を産み、大川の海の石を供えた、という伝説があるそうです。

壺の周りにも、丸い石が供えられています。








クスッ 笑ってしまいました。(^_-)-☆
それにしても・・・はんたゆいめど~ は難しい
ただ 語尾の優しさは 【独り石橋探訪】で、地域の皆さんと接して
思い出すことができます。
丸い石・・・私も昨日・・・・神社にお参りし
丸い石を供えて身内の病気平癒をお願いしました。
空が美しい朝です。いい日でありますように・・・
おはようございます。
頴娃は鹿児島弁が強く、この言葉など、全くわかりません。
石橋探訪で、地域の方と触れ合われたんですね。
墓に丸い石を供えるという風習、知りませんでした。
そちらでは、神社に備える風習があるんですね。
暑い日が続きますが、夏バテなどなさいませんように…
来たという伝説は初めて知りました。
そういえば源義経が奥州で亡くなったと言われて
いますが、蒙古に渡ってジンギスカンになったとも
伝わっています。
こんにちは~
豊臣秀頼が鹿児島に流れた、という伝説もあり、谷山に墓があります。
薩摩が豊臣方に着いたからでしょうね。
昔の偉い人には、そんな伝説が多いですね。