人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

わが町がわが国だったら...

2022-03-16 11:18:59 | 雑感
たった一人の権力者によって、多くの人々が戦火の犠牲になっている。
一昔前まで同じ国だったのに...
国...
国を支配する者は、その支配力を他国に、ひいては世界にも及ばさんとしている。
彼には自国に対する愛はあるのだろうか?
彼には自分が住む町というものがあるのだろうか?
そこで、人間の営みというものに触れることがあるのだろうか?
触れているのなら、多少とも民意というものがどういうものかが分かるだろう...
人間の営みが全く分からないものが国の代表というものらしい...

もし、国というものが自分の故郷とか住む町、一区のような小規模の区域だったら...
東京23区(いくつでもいいが...)は、その各々に自治権が与えられた連邦制で、その又、先に日本全土がフラクタルに連邦制になっている。
主権はあくまで自治小国家とその民。
権力というものの飽くなき増強を防ぐには、上部階層にその意識を集中させてはならない。
治世者と住民とは、距離が近いので、親しみやすく、不正も行われにくい。
何か問題が起これば、連邦委員会にかけられる。
凶悪犯罪も、自殺者も、イジメも減少するだろう...
地域住民との関わりの意識が強くなる...そのつながりを持つということは、自己、他己の尊厳につながるだろうから...
平和な営み...共に守ってゆきたい!
わが国は、わが町なのだから...

今の、この日本では考えにくいが、小国家では戦争を始めよう、という発想は生まれにくいし、まして核は勿論、大量殺戮兵器を作ろうことなどあり得ないだろう...

大昔じゃあるまいし、原始的小国家のことなど夢のようにしか思えないかもしれない...
国家という観念は、あまりにも巨大化してしまったのか?
だが、一人一人の国民からは、地域住民と共にある、という共同意識は失われてはいないだろう...
共同意識は、自立していて、しかも他とのつながりが感覚されるところに生まれる。
その局限は、各々の個人。
国家体制がどうあれ、それは変わらないのではないだろうか?
そこから遊離し、変質したまま化け物のように巨大化したものは、国家権力に纏わる思いではないだろうか?

古に小国家について説いた老子が忍ばれる...
コメント (2)
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