カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。読書・家庭菜園・旅行・川柳・謡曲など際限なく・・。

謡曲の発表会と夕日と

2019-12-03 22:01:59 | おでかけ
 6月と12月の年に2回、謡曲の同好の士で発表会をしている。

 以前は会場を替えて催していたが、だんだんと会場探しやその後の懇親会の調整などで面倒くさくなって、ここ10年くらいは同じ会場で行うことにしている。

 かるく10年と言っても、当時80歳になったと威張っていた人も、90歳になっているわけで会の運営や会場への移動もハプニングが多くなった。

 開催の日にちを間違えていたり、乗り合わせのバスの時間を誤解していたり、出欠の予定がコロコロ変わったりと今回の会は実に多彩だった。

 こうした状態をハプニングと笑っていたら、やがてこれが常態になったりするのも近いかも知れない。

 ベテランと言われる人たちは、ほぼ限りなく90歳に近い80代だし、主力は60~70歳だから日本の縮図といった感じである。

 それでも、謡に関しては年齢をものともせずベテランの喉を聞かせて貰う。

 発表が終ると、引き続き第二部の懇親会に移行する。

 この懇親会場は、毎回この山荘の一番ロケーションのいい部屋で実施している。

 
 
 西側の窓は全面カラスになっていて、西の山に沈んでいく夕日が見える。

 今日の日没は17時9分とか言っていたが、この写真は実のところ4年ほど前のものである。

 皆さんが着席したところで、西側にあるステージの後ろのカーテンを開けると、背景は夕日と暮れなずむ町というわけでなかなかよろしい。

 忘年謡会ということで、例年同じような時期に開催するので日没もだいたい似たような時刻なのである。

 今年もさて例年通り夕日が素敵なんですよ、等とアピールしながらカーテンを開けたらあららら・・・。

 

 今回は、多少雲があって太陽は見えずらかったが、日没の直前から太陽は辛うじてその存在を示してくれるようになった。

 写真が鮮明でないのは、実はこの山荘の建屋が改修の途中で周りに足場が組まれその外側に、悲惨転落防止の細かい網目のネットが張り巡らされていたためである。

 その網目越しにしか景色も夕日も見えない状態だったが、取り敢えず映してみた。

 家に帰って、残念な写真を眺めながら似たようなアングルがあったことを思い出して、4年ほど前の写真と比較してみたらほぼ同じ位置の夕日だったので、人間毎年やることも感じることも似たようなものなのだと再認識した。

 この謡曲の懇親会の良いところは、あとちょっとカラオケを歌いたかったなあ・・・程度のところでお開きになるところである。

 いわゆる後ろに引きずらなくて、また半年後に会いましょうと言ってスパッと一本締めで終わるのである。

 ただ、参加者は高齢化に伴って健康上の問題が発生する人が多く、年々少なくなっていく。

 沈みゆく太陽に、近未来の自分がダブっていささか寂しいが、日の昇らぬ明日はないと思いなおすことにする。

 「我もまた有象無象の一人にて」・・・・しろ猫

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