太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

自由の人々

2018-08-11 18:28:58 | 日記
もしかしたら、過去に記事にしたかもしれない。

地図にない島に行くのが好きな日本人が、とある流れ着いた島の話を書いた本を読んだ。



島の海岸に降りると、子供達が集まってきた。

子供達と仲良くなると、子供達の親が少しずつ寄ってきた。

子供達から、身振り手振りで言葉を教えてもらい、一人の子供の家に泊めてもらうことになった。

或る日、今日は嵐が来るという。

みんな、手早く布に少しばかりの荷物をまとめると、それを腰に巻いた。

一人一人に決まった椰子の木があり、人々は慣れた様子で椰子の木の上まで上ってゆく。

その日本人にも椰子の木が割り当てられて、下から支えてもらいながら上ると、

支えてくれた人が、縄で体をしっかりと幹に縛り付けてくれた。

風がだんだん強くなり、ものすごい嵐になった。

椰子の木は強風にあおられ、右に左にしなって、目がまわった。

どのぐらいそうしていただろうか、雨と風がおさまってみると、島のほとんどの家は流されていた。

しかし彼らは嘆くこともなく、何事もなかったかのように木を切り、むしろ楽しそうに家を建て始めた。


また、或る時、いつも見かける男がいないことに気づき、その妻に聞いてみた。

すると、タバコを買いに行った、と言う。

日本人は、この小さな島に、自分の知らないそういう店があったのかと思ったら

男の妻が

「3日から10日で帰ってくる」

と言った。

小さな舟を漕いで、ミクロネシアのどこかの島まで行くのだそうだ。

だからスムーズにいけば3日、状況によっては10日かかる。




私はもう1度、その本を読み返したいと思っているのだけれど、

本の題名も、書いた人もすっかり忘れてしまった。

電話もテレビも車もない。

上司も部下も会社もない。

保険も税金も、警察も刑務所もない。

必要なものは、腰にくくりつけられる程度のもの。

そういう暮らしこそ幸せだ、とはいわない。

文明に慣れてしまった私達が、そこで暮らすことは幸せではないかもしれないし

ここで彼らのように生きるのは無理というものだろう。


でも、


彼らにあって私達にないもの、私達にあって彼らにないもの。

持てば持つほど、それを失う恐れもついてくる。

失わないという保証を、ずっと求め続ける。

持つ者と持たない者の格差に、心がおだやかにいられないこともある。

彼らにだって、人間関係の悩みも不満も不安もあるだろう。

けれども、少なくとも彼らは私達よりもあっけらかんと生きているようにみえる。

なければないで、あったらあったで、それでよし。

いろんなことから自由になれたら、どんなにらくに生きられるだろう。

目指すことはできても、そこまで行けないことはわかっていて

あこがれずにはいられないのである。













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