むらくも

四国の山歩き

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阿讃県境尾根歩き<一本松越~播磨灘>…香川県

2012-01-13 | 四国の山歩き
鉢伏山、竜王山       はちぶせやま、りゅうおうざん



山行日           2012年1月8日
標高            439.4m、475m
登山口           東かがわ市川股ダム奥
下山口           播磨灘
駐車場           登山口傍の路肩、下山口国道11号線引田トンネル東広い路肩
トイレ           あせび公園
水場            なし
メンバー          単独




冬になると、野や山そして小さな池に、鳥たちがたくさん見られるようになる。
家の傍の神社では、高い梢の上で、朝7時頃になると小鳥たちが囀り、ときに、はっとするようなきれいな鳴き声の鳥が囀ったりしていて、それはしばらく続いたりして楽しませてくれる。

ところが今年はどういうわけか、ため池にも渡り鳥の姿をみかけることはあまりなく、見かけても数はグンと少ない。
昨年は鴨たちが池からひょいと田圃へと飛び移り、そこでしきりと柔らかい雑草の芽をついばんでいた。
ワンと一緒に散歩に出かけ、池の土手を歩いて、鴨たちのいる田圃に近づいても、ギリギリまで逃げようとはしなかった。

傍の神社でも聞こえてくる鳴き声の主はヒヨドリばかり。
ときにはやかまし屋の椋鳥たちが、ピラカンサの赤い実をついばんではパラパラと庭に落とし込んでいく。
野の鳥はやはりメジロなどのやさしい小鳥がいい。
「ルリビタキだよよよ~ん」と鳴く鳥がいて、「シメシメ」といったかどうか、「ン~、チューピッピ」と鳴くシメがいい。

あえるかどうかわからないが、久しぶりに里山にでかけてみよう。
とりあえず、今年のお初の山歩きになる。



阿讃山脈県境尾根歩きを続けているが、なかなかはかどらない。
普通の人なら、1~2年の間に10日から2週間ほどでさっさと燧灘から播磨灘へと抜けそうなもんだが、ぽつりぽつりともう何年も掛けて、続けている。

昨年の11月に一本松越から大山を経て鵜峠を歩いたが、やっとこさ、先が見えてきた。
残るは一本松越から大坂峠を経て播磨灘への道と、曼陀峠から大谷山を経て燧灘への道二つだ。
今回は淡路島を眺めながら下って播磨灘へ落ち込んでみよう。

というわけで、香川と徳島県境にある里山に出かけることにしました。

前夜に地図を広げた。
カシミールで歩くルートを線で繋いでみた。
山歩きはおおよそ12km程度、ところが登山口から下山口までの車道歩きがおおよそ10kmもある。
オートバイにしようかそれとも自転車にしようか、バイクはガソリンがこもりこの季節に車の窓は開けられない。
自転車を車の後部に積み込んだ。

まてよ、どちらから登るのや?
東端の海側からか、それとも川股ダムの西側からか。
車道は山側から海側へと下っているにちがいない。
だとすると海側から登らないと、自転車コキが大変だな。

いやいや、ここはやはり播磨灘を眺めながら東端へと下りたいね。

自宅5時半出発、引田ICを降り、国道11号線を徳島県境方面へと走って、引田トンネルを越えたところに、右側に広い路肩があった。
車を止めると海岸側直ぐに小高い丘が見えた。
これが県境にある40.5mの三角点、その名も「県境」だな。

自転車を降ろして、川股ダムへと走る。




11号線馬宿三叉路から121号線へと左折。
右手に久米通賢のお墓があった。
(1780-1841 江戸時代後期の技術者。安永9年生まれ。天文・測量をまなぶ。文化3年讃岐の実測地図をつくる、その緻密な計算、測量機器や技術は伊能忠敬を超えていたとも言われている。鉄砲や大砲など銃器を製作・改良し,新式軍艦を設計。文政12年には坂出(さかいで)塩田を開発。農業用揚水機も考案した。天保(てんぽう)12年5月7日死去。62歳。通称は栄左衛門)

すごい才能を持った方のようで、地方ではなく江戸に出ておれば、歴史的な人物になったであろうと言われています。
因みに、もしも現代におきかえれば、ノーベル賞なみの秀でた人物でもあったようです。

馬宿川を遡っていくと、前回に登った、大山が前方に見えてきました。




121号線から一旦34号線の広い道を走り、右折して102号線の細い道に入ります。
道端に点在するお地蔵さんもあり、山が近づくにつれ、勾配がややきつくなり、踏みつけるペダルに力が入る。

川股池を越え、緩い登りではあるが息が上がり、顔が真っ赤になりだしたころに川股ダムに到着。




ダムの先のダート道を少し入ったところに、広い路肩のある登山口。
一応、自転車チェーンで括り付けロックを掛ける。
保安林の杭ごと引っこ抜かれたら終わりですけどね。
まあ、この山奥でそこまでする人はいないでしょう。

粗末な登山標識に従って、山に入っていく。




冬イチゴがたくさん生えていたけど、実は一つも成っていなかった。
きれいなシダの葉が被い繁っている。
お正月用にと、刈られた形跡もない。




むかーしむかしに、武蔵坊弁慶が歩いた道を辿って30分ほどで一本越えに到着。
お参りして、縦走歩き引き継ぎの思いをこめてお地蔵さんにタッチ。
ところが小さい方のお地蔵さんの頭に触った途端にお地蔵さんグラッと揺れましたよ。

ワチャクチャ、ワチャクチャ~∋∈
ひょっとすると今日の道中に何事かが起きるかもしれない。
不吉な予感が…。




県境左の尾根に乗る。
やや急な斜面を登っていくと、白いものが地面にチラホラ。
気温は高く、見上げる空はまっつぁお!

近くでキツツキがドラミング。
ヒヨドリが甲高い声で騒いでいる。




尾根道は広くて快適。
この調子なら、お昼頃には播磨灘に辿り着くかもな、と思ってたら、いきなりの笹藪。
笹藪の距離は短くて、直ぐに歩きよい道になって、やれやれと思ったら、またまた笹藪に。
何度か繰り返し、こんな塩梅だと今日も誰にも会わないかなと、ちょっこし寂しい感じに。

と思ってたら、鉢伏山頂でなにやら話声が聞こえてきた。
女性お二人が、あせび公園からやってきて、休憩をされていた。

到着して息を整える間もなく、どちらから来ましたと質問された。
こういうときって、なぜか咄嗟に答えられない。
息が上がり、ちょっとした酸欠状態なのです。
「はい、観音寺からです。」
「いえ、取りつきはどこからですか」
再度の質問にやっとこさ、それでも登り口の川股ダムが思い浮かばずにやや出遅れて「川股ダムです」
直ぐに答えがでないということは、なんとも恥ずかしい思いがしますが、出てこないものはどうしようもない。




女性とお別れして、残ったわたしはニタッ。
ポケットウィスキーを取り出して、グビッ!
40°の液体が胃の腑に収まる。
時刻の早い内に飲んでおかないと、アルコールが残るとやばいっす。

グビッ!
アルコールよ、早く飛んでけ~!
グビッ!
胃の腑から頭のてんこつにかけて赤焼け、ふわっとしてきましたよ。
チーズを肴にグビッ!
スルメをくわえて、ゲボゴボッ!
(というのは大ウソですよ、グビッ!一回だけですからね)

山頂で静かに座ってるときに、近くの梢によく野鳥が飛んでくるんですが、今日はきません。
な~んでじゃ、バックワヤロー!
酔っ払い大トラのできあがりです。

酒じゃ酒、酒持ってこい!
おまえたちそんなにわしが嫌いなのか!
エーン!

ツルリンドウも顔を真っ赤にしている。

トラはくだを巻きながら、再び笹藪に潜り込んでいく。




しかし、先ほどの女性たち、こんなヤブ尾根、よくぞ歩く気になったもんです。
最近の女性たちタガが外れたように、冒険心いっぱいでなんにでも挑戦しますね。
強いよね~。

本当は女相撲取りなんていうのもあり得るのでしょうが、頑なな相撲協会はそれを許そうとしません。
なんでも聞くところによると、女性が土俵に上がると、神聖な土俵が汚れる…らしいのです。
いったいはったい、汚れるって?なにが?
これが直らない限り、相撲協会は改革改善されて、生まれ変わり、開かれた協会になったとはいえません。

ネズミモチの実




話が逸れました。
要するにブログネタがなくて、困っているのです。

なんとなくぼけーっとして歩いてると、やがて竜王山との分岐に着きました。
先ほどの残ったスルメをスルメを爪楊枝に、スポドリをグビリ。
爪楊枝と言えば、木枯らし紋次郎、そしてそこから連想するのはなぜか北風小僧。


北風小僧の寒太郎
今年も町までやってきた
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
冬でござんす
ヒュルルルルルルン♪

北風小僧の寒太郎
口笛吹き吹き一人旅
ヒューン ヒューン
ヒュルルンルンルンルン
寒うござんす
ヒュルルルルルルン♪

県境尾根を外れて竜王山へ行くことにした。
要するに時間が余って、暇なのです。




10分で竜王山山頂、ここからさらにビク山へも踏み跡がありましたが、お腹が空いてきたので、早いとこ引き返して、あせび公園でお昼にしよう。

分岐からわずかに2分で見覚えのあるあせび公園に到着。




ピポパペポペポ。
わたしは遠い星からやてきた、アンドロメダ星人でーす。
聞こえてますか~。

うしろは、徳島、吉野川河口でーす。




お~、こちらは播磨灘に浮かぶ淡路島のようですよ。
残念ながら鳴門大橋は山陰に隠れて見えません。

ベンチに座って、お昼ご飯。
ポカポカ陽気でそのうちにまぶたがトロン。
危うくベンチから転げ落ちそうになりました。




目を擦り擦り、播磨灘へと下ることにした。
多くはないメジロが麓へと飛んでいく。
公園はシンとして誰もいない。

引田の街と港




鉄塔左真下を通り抜けて、お地蔵さんのある四国の道へ。




東屋があって、そこから四国の道を辿ってもよかったのですが、あくまでも県境を追ってみた。




ところがこれがヤブなのだな~。
かき分けて、無理して、手に血が出て、そして再び四国の道に。
アホクサ。




20番鉄塔に出て、またまたヤブに。




ズボン破いて、再々、四国の道に飛び出る。
バカだ。




こもれびが気持ちいい。




空にはパラグライダー。
シダの群生に飛び込んで。




車がたくさん止まった、大坂峠公園に出てきました。
どうやら、この左上へ上がれば、そこはパラグライダーの飛び立つ基地。

看板の前にあるガードレールを跳び越えて、ゴミゴミの尾根を下ります。




振り返って空を見上げれば赤・青・白・黄色・オレンジなど6、7基のグライダーがスイスーイ。
引田の海岸が左手真横に近づいてきました。




真っ正面にはどこまでも青い海。
松島、通念島、毛無島が小さく見えてますよ。

コンクリートで吹きつけされた小さなコブ山が見えてますが、あれが目標の40.5m三角点の「県境」です。

右手には徳島県・折野の町と港が見え、その奥に淡路島。




どんどん下って、徳島北灘にある碁浦の港も見えていましたよ。
オレンジのパラグライダーが左手を滑り降りるように舞い降りていった。
着地基地がその先にあるのでしょうか。




ソヨゴでしょうか、黄色い実です。
辺りには赤い実のソヨゴもありました。




またまたシダの群生に突入。
ズボンを引っ掻いて、ガマンして下ると、そこは車がガンガン通る、国道11号線。




降り立つと、そこにはスカートを履いたお地蔵さん。
トンネルと左路肩に我が車が止まっていました。




降り立ったところはここです。
変圧器でしょうか、う~んと唸ってましたよ。

国道を渡って、香川県側から取りついて、斜面を適当に登っていきます。




そこが三角点県境。
下を覗くと、コンクリー壁の下に11号線。




小さな尾根を海側へと足を運ぶ。
そこは景色のよい絶壁の上。
際まで行ったが、切り立っていて、これ以上はロープがないと降りられそうもない。
危険なので止めた。

左端の島なみは小豆島でした。




引田の海岸。
サルトリイバラの実。




国道へ引き返して、碁浦の小さな港へと入っていく。
ここは伊能忠敬が測量のために上陸した地だった。
ときは1808年文化5年11月5日。




ストックで岸壁にタッチして、はい、ばんざーい。
波止の上では親子仲良くのんびりと釣りをしてました。
おや、お母さんもついてきてますよ。
この時期はメバルでしょうかね。




今日歩いた尾根を眺めながら、自転車を回収に。
これでいよいよ県境尾根歩きに王手をかけましたが、わたしの場合、随分と長い道のりです。
いつかは済んでしまうのでしょうが、そのときはうれしさも起きるかも分かりませんが、多分、寂しさが先にくるんじゃないのかな。そんな気がします。

のんびりと景色を楽しんだ一日でした。





引田トンネル東側国道11号路肩7:30-(自転車)-8:30川股ダム奥登山口8:35-一本松越9:09-9:55鉢伏山10:14-11:25竜王山分岐11:36-竜王山11:46-竜王山分岐11:54-11:56あせび公園11:26-大坂峠公園13:44-国道11号線14:08-40.5m四等三角点点名県境14:12-東端の崖上14:15-岸壁タッチ14:31-駐車地点14:40-(車)-15:02川股ダム奥登山口


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