むらくも

四国の山歩き

佐々連尾山~大森山~赤良木山(愛媛県)…11/3

2010-11-05 | 四国の山歩き
佐々連尾山・大森山・赤良木山    さざれおやま・おおもりやま・あからぎさん



標高                1404.3m、1433m、1198.2m
登山口               四国中央市金砂町小川
駐車場               なし(車道路肩)
トイレ               なし
水場                小川沿い沢

メンバー              つむじかぜさん&HANAちゃん、佐々連さん、むらくも




佐々連尾山、この山に登ったのはいつのことだったか、だいぶ記憶が薄れてしまっているが、そのときの登山口は愛媛の金砂町中之川からでいまだ高知側から登ったことなく、かねてから大森山への縦走コースを歩かなければと思っていた。
つむじかぜさんから連絡があって、図らずもこの縦走コースを登ることになったが、登山口は高知側からではなく、金砂町で明確な道や道標・案内板はないとのこと。

登山口近辺にはかつて金・銀・銅・鉄・亜鉛・マグネシウムを産出した佐々連鉱山があって、四国では海抜マイナス1000mまで掘り進んだ別子銅山に次いで第二位の鉱山として有名な所だ。

佐々連鉱山、地図上での場所と名称は知ることはできても、詳しいことはよく分かっていない。
折角なので調べてみた。

この鉱山の発見は1689年頃(元禄二年)らしいのだが、その後200年もの間、どのような鉱山であったのか歴史は分かってなく、資料も残ってないらしい。
活発な採掘が行われだしたのは1918年(大正7年)に神戸の岩城商会に経営権が移った後のことで、金砂坑や金立坑も発見され、鉱山から伊予三島の江ノ元港まで索道を建設し、運搬したとのこと。

それから22年後、1940年(昭和15年)になって、鉱山の所有権が岩城商会から住友金属工業に移って新鉱床も次々と開発され1950年から出鉱量が大幅に伸び1962年には最盛期を迎えたようです。
しかし、その後は次第に経営が悪化し採算が取れず、1979年に閉山。

31年経った現在は当時の坑道・坑口、ズリ山、ホッパー、シックナー、トロッコ、鉄道跡や駅が残り、いまだに流れ出る鉱水を浄水施設で処理している。
また、この地域には保育所・学校や社員住宅も建てられ、住民はおおよそ3000人、学校には近隣に住む子どもさんも含めておおよそ400人もの生徒が通学したそうです。
いまも石垣などの跡地がその名残を見せている。

奇しくもこの日、偶然のうえに偶然が重なって、佐々連鉱山と縁のある佐々連さんがわたしたちと一緒に登ることになりました。



早朝に佐々連さんと待ち合わせをして、大野原IC-三島川之江IC-国道11具選-別子・富郷方面へ左折し318号線へ-金砂湖に架かる平野橋を渡り左折、2kmほど走り橋を渡ったところが三叉路になっていて、道標がある。佐々連鉱山跡方面に右折しところどころにある民家や廃屋を縫うように山手へと上っていく。

やがてズリ山と思しきところを抜け、門のある鉱山事務所に到着。
門扉は施錠されており、中へは入れないが、敷地内にある鉱排水浄化装置を遠目に見ることができる。
おそらくこの門扉の内側奥には往事のさまざまな設備、ホッパーやトロッコなどが残っているものと思われた。

見学が許されるなら入ってみたいと思うのだが、今日は山登りが目的。
佐々連さんは辺りを見渡しながらしきりに懐かしがっている様子でした。
その後もここが保育所跡、小学校跡、佐々連さんの説明を聞きながら、舗装された車道を上って行く。

やがて左手に折り返すように登っていく階段が見えた。やや雑草が生え苔むしている。(左写真、車道右手)
車は勢い余って舗装の途切れたダート道へと行き過ぎてしまったが、引き返し、路肩へ止める。

準備をしていると、軽トラックが上がってきた。
運転手さんが物珍しそうにわたしたちを眺めて、一言、登るんかい。
鹿狩りですかと尋ねると、「いや~、いろいろと」とにっこり笑って去っていった。

準備を済ませて階段を上がる。




社員住宅跡地の石垣が随所に残っており、共同水場だろうか、のようなものもあったり、へっつい(おくどさん・竈)?も見られた。




15分ほどで小さな滝の流れる沢を渡り、右岸を歩く。
堰止めがあって鉄パイプがいくつか見られた。
佐々連さんの説明から、ここが生活水の取水口だと分かった。




道は確かだったが、ところどころ崩れているところもあり、そんなところにはロープが張ってある。
登山口から1時間ほどで、自然林の綺麗な沢に降り立つ。
昔々、この沢には砂金が流れていたそうな、佐々連さんの説明に、皿(昔、西部劇でよく見た、砂をすくい、ふるわせるようにして金砂を選り分ける道具でゴールド・パン、日本では揺り板という)を持って思わず川に飛び込みそうになった。




対岸では、いまにも黄葉が始まりそうな樹木が朝日を浴びて輝いている。
景色などはどうでもいい、今はルートの確認が大事とばかりにつむじかぜさんと佐々連さんがひそひそと打ち合わせ。
対岸にも踏み跡があって、ピンクのテープがついている。(大森山から北へ派生する尾根への踏み跡?のように思われた)




ルートの確認が終わった後、二人は砂金を取りに川へドンブラコ、かと思いきや、ただ単に水の確保でした。
さらに右岸を登っていくと、今度は大きな岩、丁度庇のようになっていて、内側を覗くと、木の枝などが綺麗に置いてあり、焚き火をした形跡があった。(写真提供、佐々連さん)




やがて沢を離れるようにして、植林地帯を尾根へと登っていくようになるが、作業道らしき踏み跡がいくつかあって迷い易い。
道を外してしまい、遮二無二シダを踏み、倒木を乗り越えて、左の尾根を目指して登っていくと、再度道に乗った。

尾根は綺麗な踝までの笹が茂り、ブナやヒメシャラなどの喬木の自然林で、やや紅葉が始まったかなという感じでした。
尾根上には明確な踏み跡はなく、獣道を追って登る。




日が林の中へ滑り込むように差し込み、いい感じです。
鹿の鳴き声が谷間から透き通るように聞こえてくる。




樹幹越しに隣の尾根も見えてくる。




かなり高度が上がったようです、二ッ岳とイワカガミ岳の特徴のある姿が白い雲の下で映えている。




10:37、登山口から3時間ちょいで縦走路へ出た。
早朝の気温は低かったが、今日はお天気良く、日が昇るにつれ暖かくなってきた。
歩く道は快適だ。




ほい、佐々連尾山山頂だよっ!
今日も元気いっぱいのHANAちゃんが山頂までわたしたちを案内してくれた。




西にはこれから行く大森山、南には深く落ち込んでおり、遠くには高知の山並み、兵庫山と大登岐山辺りが見えている。




歩く縦走路はまったくの別天地。




深く落ち込む先には汗見川があり、その源流になっている。




わたしたちの歩く笹ずれの音以外にはなにも聞こえず静かだ。
あえて言うなら、晩秋の笹原にそよぎ渡る、聞こえるか聞こえないかの風の音くらいでしょうか。




北には翠波高原が山の上にポッチリ姿を現し、その少し東には瀬戸内海と伊吹島、荘内半島がぼんやり浮かんでいる。




大森山を直ぐ目の前にして、つむじかぜさんが岩場の展望のいいところで、独特のハスキー声で(単に高年期のかすれ声という説もあるが…)休憩の号令を隊員たち(副隊長HANAちゃん、その他隊員佐々連さんにむらくも)にかけた。




日差しは暖かい。ボーッと遠くを眺める隊長・副隊長、そして佐々連隊員。
副隊長は隊長と隊員の間を駆け巡り、そのうちお腹をゲップ言わしながら、岩の上で大あぐらをかき、隊長共々隊員を睥睨(へいげい)する。




重いお腹と腰がなかなか上がらない。
むらくもがここで一泊しようかと言い出すと、すかさず隊長が「ツエルト、貸すで」、眠気たっぷりのひねた老人はよろよろ立ち上がり、どっこいせ出発ぞ~!出るのは空元気の声ばかりで、口ほどにもない。




ほんの少しで大森山山頂に到着。
さーて、ここからぞい。
大森山から少し西へと歩き、肩外れちょい手前のとこから、踏み跡のないブナ林の尾根へと踏み出す。
梢では枝から枝へとヤマガラが戯れていた。

尾根と言っても、すぐ目先の尾根は小さくて、尾根らしくない。
押っ取り刀で前へ進む。




進む方向には赤星山とおといこさん(豊受山)。
周りの樹木はブナから一転してシロモジなどの灌木林。




副隊長、ここはわたしの出番だわんと言わんばかりに、あちこちへ探索。




西方向には玉取山、兵庫山、大登岐山、東光森山、そして平家平や笹ヶ峰が遠望できる。
上空には白い刷毛雲。




やがて小さな尾根に乗り、そこには踏み跡がはっきりとついている。
左斜め前方の麓には下猿田の集落だろうか。




見晴らしのいい場所にやってきた。振り返ると、結構いかつい肩をした大森山が見えている。
傍らには形のいい桧が岩から根を下ろし、グッと聳えている。




尾根筋に境界杭が歩く先々にあり、一つの境界杭の傍で腰を下ろし、現在位置確認と尾根から降りるポイントを地図上で再確認。




さらに尾根を進んでいくと、ありました、1198.2m三角点、ここが赤良木山だということを、佐々連さんに教えてもらう。
しかし、肝心要の下山口への取っつきである、国土地理院の地図で描かれている破線の道は見当たらない。
このまましばらく尾根を歩き、下山地点の西尾根上に達した時点で、そこから降りることにした。

歩いている途中で、先頭を行ってたHANAちゃんが突然猛烈な勢いで、後方へ走り抜けていった。
林の先の窪んだところに小さな水たまりがあって、そこから鹿がお尻を振りながら逃げていく。
立ち止まって呆然と鹿を見送るHANAちゃんは、猟犬ではないことが分かった。

適当に歩いたところで、右を見やると切り開いた伐採地が見えており、チェンソーの音、索道のうなり音、それに道を走る車の音もしきりと聞こえてくる。

多少崖気味の急斜面だが降りよう。
勾配がきつく、ただただ滑り落ちないように、慎重に下る。
HANAちゃんはと見やると、すいすいと降りている。
やがて、作業道に出て、一安心、下っていくと、そこは元社員住宅跡地で、石垣や住居の名残がたくさんあった。
ここは高い位置にあり、鉱山事務所に近い麓ではないが、会社幹部の住居跡だったらしい。
佐々連さんとの会話でも、なぜ高い位置に造成したのか、理由と原因があるとは思うのだが、はっきりとは分からないそうだ。




住宅地跡には南西方向に上るように道が延びている。これが地図の破線の道だろうか?

住宅地跡をさらに下るとそこは索道の唸る、伐採作業場だった。
車道へ降り立ち、登山口の駐車地点へと歩く。

大森山からの尾根歩きは1時間ほど下ったところで右への笹刈り払いの綺麗な道と、直進する笹藪の道とに別れ、そこからは鎌を持っての藪歩きとなったし、尾根歩きとはいえ、結構判断に迷うようなところもあった。

なんとか歩き通すことが出来たのも、隊長・副隊長のお陰でした。
それに佐々連さんには、同行して頂いたうえ、さまざま貴重なお話ありがとうございました。
また近々に、他の山へもご一緒しましょう、その日を心待ちにいています。




登山口7:34-旧取水口7:55-沢(分岐口)8:33-岩屋根8:54-枝尾根9:40-稜線10:37-佐々連尾山10:45-11:21岩場での休憩12:17-12:24大森山12:30-赤良木山14:53-下山口16:28-16:41駐車地点



(参考)登山口には標識はありませんが、車道沿いに旧社員住宅跡地へ上がる階段があります。尾根への登山道はところどころ不鮮明なところもあるので、あくまでも沢から尾根を目指して登ること。大森山からの下山はルートファインディングが難しく、地図と磁石もしくはGPS必携です。なお、1198.2m赤良木山から谷へと降りるのに踏み跡ははっきりしていないように見えた。またわたしたちが尾根を外れて降りた、下りの急斜面は、勾配がきつく危険が伴います。むしろ大森山から赤良木山までの尾根上で、おおよその中間地点のそれぞれ異なる約1200m地点二カ所に、最近刈り払われたと思われる右への濃い道があるのでそちらから下山するかもしくは尾根筋を最後まで追って下山するのも一考です(ただし、わたしたち歩いてはおらず未確認ですのであくまでも参考です)。
コメント (5)