むらくも

四国の山歩き

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西赤石山(愛媛県)

2009-12-26 | 四国の山歩き
西赤石山   にしあかいしやま
標高     1625.7m

登山日   12月23日(水)
登山者   二人
登山口   新居浜市日浦
駐車場   9台程度
トイレ   駐車場にあり
水場    ダイヤモンド水、歓喜坑




人の行動、特に子供たちの憧れるものにはなんだか分からない不思議なものがいくつかあるようです。
火事がおきたときにはなぜか胸がざわざわ騒いで飛んでいきたくなる。
海を眺めてると、その広い青い海に心が洗われ、トール・へイエルダールに憧れでもしたように、葦舟にでも乗って遠くの島や知らない国へ行ってみたくなる。
ドングリの実を見つけたときはそっと拾って、ポケットにたくさん入れてパンパンに脹らませて歌でも歌いながら持ち帰りたくなる。
女の子は花に魅せられ、仲の良い友達といつまでもままごとをしながらおしゃべりにあけくれる。
男の子はファーブル博士の卵になったかのように、カブトムシやセやトンボなどの昆虫に夢中になって山で遊び、川で鮒やめだかやザリガニを追う。
空から白い雪がチラチラすると、もう外に飛び出て、はしゃぎまわり、ちょっとでも積もれば雪合戦を始める。

大人になっても子供の頃の楽しんだこと、遊んだことは懐かしくて忘れることができない。

卵子が受精し細胞分裂を繰り返していくなかで、人間の何万年の進化の過程が一瞬にして再現されるように、人の興味や行動が子供たちの遊びの中に再現されているとしても不思議ではない。
例えば野山での火事は小動物や昆虫のオーブンで焼いた美味しい自然の料理を恵んでくれる。
海、それは人の生まれた故郷、母なる海、血液は海水。
花や樹木、それは近々には必ず美味しい果実を約束してくれる。
昆虫、ビタミンの宝庫で時に蜜を恵んでくれる。
雪それは動物たちの足跡を残してくれ、住み家まで案内してくれる。
人間は何千年、何万年と生活の糧として体で覚えてきたこと。
近年の遺伝子行動学はなるほどと思わせるほどに説得力がある。
ただし、雪が降らない地域に生活する人間に、上記の行動は説明できないが、雪を見て嬉々とする人はほとんど北方系民族に限られるということになるのだが、どうなんだろう?





とうとう上空に-30度の寒波がやってきて、雪が山間地や山の上に積もりだした。
阿讃山脈は白くマダラ模様になってるし、香川の山でもスキー場がオープンし、若者がスノボーで楽しんでいる。
やっぱり血が騒ぐ、行かなければ!
行って、雪で足を滑らしながら、動物たちの足跡を追いかけなくちゃ。
というわけで、ブナ林はないけれど、ちょっとした雪のトンネルくらいはあるかも知れない「西赤石山」に決定。
ここは雪が深くて登れないときは、銅山越までにして帰ることもできる。
すなわち雪に阻まれて敗退した(本当は軟弱な脚力と体力が原因だけど)と書かなくて済むのです。
計算高くプライドも高いわたしはそんなことを考えながら(とか言いながら本音は最初から銅山越までにしとこうかなというナマケモノ的発想が気持ちをゆらゆらさせていただけのことです)、いつもより寝坊を決め込んで前夜就寝。

5時キショー!もぞもぞごぞごぞ…6時半シュッパーツ!
大野原IC-川之江・三島IC降り、金砂湖・別子銅山方面への319号線へと走り、平野橋を渡って右折、筏津を通り過ぎて、しばらくのところで日浦の登山口に8時半に到着。

一台、香川NOの車が止まっていて、男性が一人出発。9時44分わたしたちも少し遅れて出発。
駐車場には雪もなく、わかんは必要なさそうだったが、西赤石への尾根のことを考えて、念のため持参することにした。

ここのルートは別子銅山の史跡で有名なところで、昔にはちょっとした町があって、最盛期には生徒数298名、教員7名がいたという小足谷尋常小学校跡を通過。





接待館煉瓦塀を通過。そして、劇場跡を通過。頭上でいつもよく耳にする小鳥の鳴き声、ひばりのように賑やかな鳴き声でひばりよりはもう少しきれいな声なんですが、いまだにこの鳥の名前が分からないでいる。




小さな橋を渡って右岸へ、しばらくのところで標高おおよそ1000m、東屋のあるダイヤモンド水に到着。積雪はあまりなくて、ほとんど夏道と同じ歩き。





ニョッと突き出た黒いホースから清水が滔々と吹き出している。いつ見ても水量は変わらないように思う。
トイレ休憩をしたあと、喉も潤し出発。川床ではつららが出来ていた。




黄色い支柱のある橋を渡って、徐々に高度を上げていく。短い柱の上灯篭の傘の様なものが乗っかっている。




やがて溶鉱炉跡地に着く。ここは対岸をよく見て歩かないと、見過ごしてしまいやすいところです。当時の写真を見比べてみると分かりやすいのですが、ほとんど面影はないようです。




目出度町および蘭塔場の分岐に到着。直進への雪のトレースは今日は付いていない。右折し橋を渡り、踏み跡を辿っていく。




しばらく登ったところで蘭塔場からの道と合流。何という名の坑道だったのか分からないが、その跡地に出会す。近寄ってみると鉄柵の中から暖かい風が吹いてくる。鉄柵の周りにだけ雪がない。




10:15、歓喜坑に着く。字のとおり1690年に探り当てた銅山最初の坑口。歓東坑の傍には水瓶がちょろちょろ流れる冷たい水を受けていた。




後ろを振り返ると平家平の山、そして南西にはツナクリ山の稜線が美しいコントラストを描いていた。山道脇には樹高の低い松が標高に似合わない風景を作りだしている。




10:38、1294mの銅山越えに、無縁仏にお参りし、峰へと向かうが、秋にはあったはずの銅山峰山頂標識が何処へ行ったのかなくなっていた。杭棒だけが取り残され、なんだか寂しい。





西赤石山から兜岩の稜線が淡い陽光を浴びて、この日一番の姿を見せてくれてます。




ガスがフッと退いて見えた瀬戸内と新居浜の街を眺めながら、東山へと向かう。駐車場で出会った男性が上から降りてこられた。この先、雪が深くなったから止めて引き返しますとのこと。わたしたちも先へ進むのどうしようかと一瞬、躊躇いましたが、時刻はまだ11時だし、いけるところまで行って、駄目なら引き返そう。この行動はいつもの癖でワンパターン。




稜線に出て初めて見かけた動物の足跡。シカと見ました。お家は何処?笹ヶ峰もどんよりした頭を覗かせている。




大座礼~笹ヶ峰に至る稜線。石鎚山も見えるはずなんですが、ガスの中。




標高も随分高くなってきましたが、雪はそんなに深くありません。せいぜい30cm~40cm程度で土・日曜日のトレースがしっかり残っているため、夏道とそれほど変わらない歩きが出来ているようです。




土曜日の霧氷は凄かったでしょうね。ほとんど下へ落ちてしまってました。東平の建物と駐車場がほんの少し白っぽく見えています。途中の岩に腰掛けてしばし休息、すると後方からかすかに鈴の音。しかし、誰も来ない。妻と二人息を殺すようにして耳を音のする方に傾ける。たしかに音が聞こえるが人の気配はない。なに???



気になりつつも腰を上げ、再び歩き始める。とうとう頂上直下のロープのある岩場まで登ってきました。ロープは凍りついて岩に張り付いてます。色男、ない力を振り絞ってベリバリと引っぺがす。金もない、はい、当た~り~。




岩場の上で妻を待ち、秋には見事に黄葉していた唐松林を見下ろす。妻が喘ぎながらやってきました。ストックを持つ手が泳いでます。引っ張り上げて、ここから山頂へは妻に新雪を踏ませるため先頭交替、親切な旦那です。涙が出ます。




12:49山頂到着。




すっきりくっきり、物住頭から東赤石山。この時期に東赤石山へ縦走する人はさすがにいないようで、ここから先へのトレースはないようでした。




誰も来ません。今日、山へ登っている人は少ないかも…。休みの人は年賀状に掃除に、休日出勤の人もおいでるだろう。わたしたちよっぽどの暇人かも。世俗なことは頭から振り払い、取り敢えずビール、今日は奮発しえびすの限定醸造ビールで超長期熟成、プッハ~、いやー、おいしい♪
ガスに火を点ける。ところが寒さと気圧との関係で、火は点いても炎に勢いがなく、ガスボンベの回りで炎が燃え広がるばかり。危ない、急いで消す。温かいカップ麺は諦めて、震えながらパンを囓る。




二人でたしかに聞いた、鈴の音、待てど暮らせどやはり誰も来ません。どっこいしょ、降りることにしよう。マンダラ兜岩を眺めながら下山します。




岩の上で休息した辺りから先を新しい靴跡がないか確かめましたがそれらしいものはありません。あの音、なんだったの?不思議だ。




休まずに下山を続けて、歓喜坑でやっとこさ休息。ガスに火を点け(今度は炎に勢いがある)、温かいコーヒーを入れて、一息、ホッ!




再びダイヤモンド水、小学校跡を通り過ぎ、お堂の下を通って、駐車場に。時刻は4時半。今期初めての雪山、少ない積雪でしたが、やはり足は重くて少々疲れました。温泉に入って、足筋を柔らかくしよう。今年も年が押し詰まるまで山へ出かける予定の、超暇な夫婦でした。





日浦登山口8:44-9:28ダイヤモンド水9:36-歓喜抗10:15-銅山峰10:40-12:49西赤石山山頂13:35-銅山越14:53-15:05歓喜抗15:27-ダイヤモンド水15:52-16:26日浦登山口


(注)実際に歩いたログとは異なり、イメージ図です。
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