和がまま紫苑の人生「思うがまま」

きもの着付けは引き寄せのとてもいいレッスンだとほかのことに応用。環境どんどんいい方向に。探求、実践してみます。

「美しいきもの」・芸者って神々の末裔だったのね

2016-10-05 18:44:31 | アート・文化

 

「芸者」

この言葉には、さまざまなイメージを喚起させられます。

美容院でたまたまぺらぺらとめくってみた

きもの雑誌「美しいきもの」(ハースト婦人画報社)

 

その後ろのほうのページに、忽然と現れた

「東都風流(あずまのてぶり」なる芸者論。


 

文章も、なかなかの美文で、

「すっきりとして垢抜けがして気持ちの宜い、

しかも婀娜に落ちぬよう、

どこまでに上品な瀟洒を命とする江戸伝来の~~」

とまあ、こんな調子。

「あじきない」きもの姿が増えたのも、

東京の花柳界の衰退にあるとのお説。


かつて一世を風靡、

世の男性ばかりではなく、

女性の憧れの的だった芸者。

その起源から、浮き沈みを論じた連載なんですね。

一読して面白い!

この人だれだ?と調べたところ、

「芸者論=神々に扮することを忘れた日本人」(雄山閣刊)

で、和辻哲郎文化賞を受けた岩下尚史さんという方。


早速、本を取り寄せました。

神々に扮することを忘れた日本人~~」という言葉に

惹かれましたね。


 

芸者と言われて思い出すのは、

P4282853


伊嶋ナギ先生の「色っぽい講座」で教えていただいた、

江戸時代の「お布団」(笑)

色っぽいきもの講座・芸者の必需品とは?」

 

明治維新の頃には、その地位はぐっと

上がって、陸奥宗光夫人

美しさの効用・美貌という武器」

西園寺公望、山形有朋、板垣退助ら

大物政治家の側室たち。

彼女らはみな、新橋の芸者。

新橋芸者が当時の政治家に愛されたり、

玉の輿に乗ったりしたのは、

彼ら政治家たちは、昼夜の区別なく、この界隈で

国務を図ったからだそうです。

ふ~~ん。

政治の話のあとに、芸者さんたちを呼んだわけね。

そんなこんなで、「芸者」にまつわる蘊蓄が満載。


芸者とはもともと男性だったとか~~


門前仲町という町は、三味線上手な一人の女性が

開いた茶屋から始まったとか~~、


関西の「はんなり」に対し「江戸の粋」とは、

この芸者たちの地味好みから始まったとか~~、

明治の頃には、三井呉服店と提携して

高尚化していったとか~~、


美しく清楚な白拍子。静御前。

(上村松園作)


巫女から白拍子、踊り子、遊女、そして芸者の誕生、

衰退まで~~。

 

「~~現代において一つの整った洗練の美を

確保していることは争えない」とは日本画家

鏑木清方のお言葉。

アウトローの女性たちが、どのようにして

自らの誇りと美を磨いていったか。


その心意気、装いの精神を、懐の奥深くに

忍ばせて着ていたなんて、ちょっとカッコいい。


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