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秦暉:「第三の道」か、それとも共通のベースラインか?(二、三)

2010-02-19 16:56:52 | 中国異論派選訳


 冷戦後の世界では、ソ連東欧型社会主義の評判が地に落ちたのに巻き込まれたこともあり、しかし主としてポスト工業化時代の先進国の社会構造と文化的雰囲気の変化に伴うブルーカラーの委縮・伝統的労働者運動の退潮・左派の社会的基礎の縮小などの原因により、西側社会民主主義運動は一時深刻な危機に見舞われた。各国社会党(社会民主党、労働党)と労働組合、左翼思想界はその反省の中で、思想と価値の指向および綱領・戦略の全面的調整を行った。社会主義インターナショナルの中では「社会自由主義」思潮が興り、ドイツの「民主社会主義か社会民主主義か」の論争と「赤緑連合」、イギリスの「ニューレイバー」理念、いわゆる「自由放任でもなく福祉国家でもない」「オランダモデル」の出現、ポーランドの「社会民主主義か人道的資本主義か」の論争と社会民主党の解党と民主左翼連合への再編、ハンガリーとクロアチアの「社会-自由連立政権」などなど、いずれもこの新しい流れを反映している。数年の調整を経て、社会民主主義政党もしくはいわゆる左派政党はふたたび全欧州で盛り返し、西欧においても、また移行過程にある中東欧においても、「左派」もしくは「中道左派」政権が続々と誕生した。

 「ピンク色」のヨーロッパは中国を含む世界の思想界に大きな影響を与えた。人々は、これは資本主義が最終的に勝利したという「歴史の終わり」論が破産し、新しい「左派の復興」が来たのか、それとも「左派」はその社会的基礎を失った後さらに価値観の基礎までも失い、競争技巧の展示もしくは「専門化した選挙運動」に堕落したのか、「この運動はアメリカ人が開発したメディア技術を使って、メディア主導型政治になった」のではないか、この種の「デザイナーズ社会主義」はむしろ「個人のイメージ・象徴的な舞台・声のアピール力・視覚効果」を重視して、「論争中の問題・論証方式・綱領や公約」にはこだわらないのではないか?と問いかけた。私たちの中国では、一知半解の流行追随者はすでにばつの悪い思いをしている。彼らが自由主義派の幻滅と「社会主義の復興」に喝さいを送ったと思ったら、たちまちコソボ事件などで「ピンク色のヨーロッパ」は「白いヨーロッパ」よりはるかに普遍的人権原則に熱心で、「新左派」は「旧右派」よりはるかに人道主義的介入を強く主張することが明らかになった。価値観外交を好む社会党員は往々にして利益外交を好む保守党員より「世界的な民主主義」を守ることに熱心で、商人気質の後者の方が儲かりさえすれば「全体主義者」と取引することもいとわない……。どうやら、こちらの「左派」とむこうの「左派」の間の距離は、ときとしてこちらの「左派」と向こうの「極右派」(例えばフランスのネオナチのルペン、彼はミロシェビッチの数少ない西欧での支持者の一人だ)との距離より大きいようだ。

 では、むこうの「新左派」とは一体何者なのだろう? 「ニューレイバー」理念の名付け親、イギリスの労働党政権首相のブレアの精神的教師と呼ばれる現代欧州における有名な新左派思想家アンソニー・ギデンズの『第三の道-社会民主主義の復興』は我々に明確な輪郭を示してくれている。

 「第三の道」はすでに使い古された名詞である。20世紀初めの社会主義運動の勃興期に、それは自由主義と社会主義のどちらにも不満な人々、往々にしてこの両者よりさらに「右」の勢力のスローガンとなった。20年代のファシズム運動でもこのスローガンが掲げられた。ヒトラーは当時「アングロサクソン式民主」と「ソビエト式民主」を超越する「ゲルマン式民主」を主張したが、これは自由でもなければ平等でもない「第三の道」の例である。また40~50年代には、社会民主主義自体が資本主義とソ連式社会主義の間の「第三の道」、つまり米国式自由市場経済とソ連式計画経済の間の「社会的市場経済」、もしくは自由放任の「夜警国家」と高度に集権的な「全能国家」の間の民主的福祉国家とみなされた。50年代の社会主義インターナショナルはこのスローガンを掲げ、また60年代のドイツ社会民主党が「ゴーテスベルク綱領」の基礎の上にいっそう自由主義化して以降、「第三の道」は福祉国家路線の先を行く一部の社会党(たとえばスウェーデン社会民主党)とヨーロッパ共産党の改革派(たとえばチェコ「プラハの春」の理論家オタ・シークらの「市場社会主義者」やスペイン、イタリアなど西側諸国の共産党を代表とする「ユーロ・コミュニズム」思潮)が奪い合う旗となった。一般に、この両者の立場は社会主義インターナショナルの主流より「左」で、ソ連をはじめとする「社会主義陣営」より自由化されている。よって、この意味での「第三の道」は実際は社会党と共産党の間の「第三の社会主義」である。


 だがギデンズの「第三の道」はこれらとは全く異なる。それは資本主義と社会主義の間の「半社会主義」でもないし、社会党と共産党の間の「第三の社会主義」でもなく、また社会民主主義と古典的自由主義(米国人の言う保守主義)の間の選択の一つでもない。ではそれは何か?

 正確にいえば、それは実は社会民主主義とヨーロッパ保守主義(トーリー主義)の間の「第三」の選択肢である。トーリー党とイギリスのディズレーリ、ドイツのビスマルクを代表とするこの種の保守主義は、中世の貴族的伝統に源を発し、平民的自由主義よりさらに右に価値を指向する。米国〔独立〕革命はトーリー党の伝統をほぼ消し去り、今日古典的自由主義の代名詞となっている「米国の保守主義」はトーリー主義とは無関係である。だが、トーリー党すなわち後の保守党は一貫してイギリスの二大政党の一つとしてしばしば政権に就き、トーリー党と似た保守主義の伝統も一貫してヨーロッパ政治の重要要素であり続けた。むしろトーリー党と対立していた典型的自由主義政党のホイッグ党(米国の共和・民主両党はどちらもこの流れをくむ)すなわち後の自由党がイギリスでは衰退してしまった。

 だが政党としての自由党は衰退したが、それが体現する自由主義の伝統は徐々にその右側の保守主義と左側の社会主義を同化していき、まず保守党、後に労働党が自由主義化していった。この種の「自由主義の組織は生命力がないが、自由主義的価値観は生命力が強い」という現象(イギリスだけではない)は非常に興味深い。だがそれはこことでは取り上げない。ここで言いたいのは、保守党と労働党の自由主義化は、実施的には両党がどちらも「第三の道」を選んだということであり、その路線により保守党もしくは労働党は危機を脱して「復興」する可能性が生じた。しかしこれはトーリー主義もしくは社会主義の「復興」ではなく、自由主義の発展である(とはいえそれは自由党の発展を意味せず、むしろ逆に、その価値観が特色を失い、その主張が左右二大政党の価値観となったために、自由党はさらに衰退が進むだろう)。

 言い換えれば、この種のいわゆる「第三の道」は社会主義と自由主義の間の道ではなく、社会主義とヨーロッパ保守主義の間の道であり、つまり両者の自由主義化である。

 労働党の自由主義化はブレアとギデンズに始まったことではないが、ブレアとギデンズの「ニューレイバー」理念は確かにこのプロセスを大幅に押し進めた。だからギデンズのこの本〔『第三の道』〕では通常「旧左派と保守主義」の間のニューレイバーと述べている。しかし、歴史的に保守党の自由主義化が労働党に先行し、保守主義は時に自由主義の同義語となっているので、ギデンズも時に自身の新理論を「旧左派と自由主義の間」とも述べている。だが、ここで言う「間」とは決して等距離ではないということを指摘しておかなくてはならない。

 まずギデンズはこの選択が国家が市場競争に干渉し両者がともに苦境に陥っているという背景のもとで、しかも前者の一方的な失敗の背景のもとで現れたものであり、「社会主義が計画経済管理の理論としては滅亡したことにより、左と右の間の主な境界線の一つが失われた。……今ではだれも資本主義以外の別の選択肢があるとは考えていないだろう。残った問題は、どの程度そしてどのような方法で資本主義を管理し規制するのかということだ。」(漢語訳版46ページ)。

 次に、集団主義か個人主義かという問題について、ギデンズは「新個人主義」であって新集団主義でも、半集団・半個人主義でもないと明確に主張する(同36~39ページ)

 第三に、ギデンズは自由主義の最大の内在的矛盾は、個人主義と自由選択・市場論理の反伝統的性質もしくは「永続革命」的性質と、バーク、ハイエクが強調する伝統と連続性の保守主義的傾向の間の緊張である(同6、16ページ)と指摘する。ギデンズのこれに対する主張は、「家庭の民主化」と「世界的民主化」を基礎として「伝統家族」と「民族国家〔国民国家〕」を目立たないようにするということだ。しかしこれら保守主義が擁護する伝統的価値の払拭を図る一方で、彼は個人の自由の削減には触れていない(同92~101、143~147ページ)。個人の自由と伝統への服従という二元的緊張関係の中で、ギデンズが明らかに前者の立場をとっていることが分かる。言い換えれば、彼は実際は保守主義よりもさらに徹底した個人主義、すなわちより徹底した自由主義の立場をとっているのだ!

 ゆえにギデンズの主張は実際は「社会民主主義の復興」というよりは、社会民主主義の自由主義化というべきである。しかし歴史を見れば、ギデンズの立場は別に驚くにあたらない。本書の中(同40~41ページ)で述べられているように、自由市場哲学は19世紀には左派の主張とみなされ、右派の「トーリー党の父権主義的社会主義」もしくは「プロイセン式皇帝=国王の国家社会主義」と対立していた。イギリスについて言えば、「名誉革命」から19世紀末まで、政治的な二大政党の対立はトーリー党(保守党)とホイッグ党(自由党)の対立であり、つまり右派の保守主義と左派の自由主義の対立だった。20世紀初頭になってやっと社会民主主義の労働党が勃興して二大政党の一つになり、左派主流派の立場を占め、自由党は中間政党に後退した。言い換えれば、自由主義は本来社会主義と保守主義の間の中間派であって右派ではなく、早期にはむしろ「左派」だったのだ。よって今日の左派の労働党が、「中間派化」するということはつまり自由主義化であり、前世紀の左派としての自由主義の顔を取り戻すということであり、道理にかなったことなのだ。

 そして現実を見ると、ヨーロッパ社会主義(すなわち社会民主主義)と自由主義には以前から多くの共通点がある。ブランデルたちが指摘するように、国家の干渉と自由放任の二つの選択肢は経済と倫理・イデオロギーという二つの分野に対応しており、イギリス(実際は西側)には次の4種の政治的態度がある。

 「社会主義」もしくは伝統的西側左派は国家の経済への干渉(国有制、計画経済など)を主張するが、国家の倫理への干渉には反対する(すなわち倫理面での個性の解放を主張し、家庭の束縛・国家至上主義・民族主義・宗教的責任などの倫理的桎梏に反対する。婚姻の自由から今日の性の自由・堕胎の自由・同性愛の権利や「Make Love,No War!」〔60年代ベトナム反戦のスローガン〕という有名なスローガンは、いずれも西側左派の倫理的指向を反映している。注目すべきは、東側〔中国〕の「左派」には初期の「西側化」啓蒙段階を除けば、一般にこの指向が欠けていることである。彼らの指向はむしろ以下にのべる「権威主義」に近い)。
  
 「保守主義」は反対に、国家が倫理に干渉すること(宗教的責任の擁護、国家=民族至上主義、伝統家族、堕胎や同性愛の禁止など)を主張し、国家が経済に干渉することには反対し、自由競争・市場経済・私有財産制を支持する。(最後の一つは実際は保守主義の「自由主義化」後の産物であり、歴史的にはディズレーリ、ビスマルク時代には保守主義は経済的にも濃厚に「トーリー党父権制社会主義」の色彩を帯びていた)。ギデンズの言葉を借りれば、保守主義とは「一方で自由市場に惚れ込み、もう一方で伝統的な家族と民族に期待を寄せる」(同16ページ)指向を意味する。

 「リバタリアン」はこの二つの分野両方で国家の干渉に反対し個人の自由を支持する。彼らは経済的な自由競争を主張するとともに、倫理的な個性の解放を主張する。

 だが「権威主義者」はその逆に、この二つの分野で国家の干渉を重視し個人の自由に反対する。すなわち「国家社会主義」の類の経済統制も主張するし、「三忠於四無限」〔文革期の中国共産党のスローガン。毛沢東に対する無限の忠誠を要求する〕の類の倫理統制も主張する。

 以上の4種の態度の論理関係は下式のように表わすことができる。

倫理的統制 + 経済的自由 → 「保守主義」
     +         +
経済的統制 + 倫理的自由 → 「社会主義」
   ↓        ↓
「権威主義」   「自由主義」(もしくは「リバタリアニズム」)(注1)
  
 そうすると論理的には、「社会主義」とはっきり対立しているのは「保守主義」だけであり、「権威主義」とはっきり対立しているのは「リバタリアニズム」だけである。社会主義の自由主義化(経済に対する国家の干渉の放棄)もしくは権威主義化(国家の干渉の倫理・イデオロギー分野への拡大)、そして保守主義の自由主義化(倫理に対する国家の干渉の放棄)もしくは権威主義化(国家の干渉の経済分野への拡大)はいずれも論理的には可能である。下図参照。


                 「社会主義」
       倫理統制の増加       経済統制の放棄
「権威主義」             ┼             「自由主義」
        経済統制の増加       倫理統制の放棄
                「保守主義」

 80年代以降の実際の動きは、権威主義は瓦解し始めている。社会主義者は(ギデンズが表明したように)徐々に経済分野の国家統制主義を放棄しているが、倫理分野の個性の解放の主張は維持している。そして保守主義者は徐々に倫理分野の国家干渉主義を放棄しているが(それは中絶問題について特に顕著である)、経済分野の自由競争の主張は維持している。そして双方が権威主義との関係を断ち切り、自由主義の方向に移ってきている。これはもちろん歴史が「終わった」ことを証明するものではないが、今後一定期間の大きな方向性は示している。それは東欧の西欧化、西欧の米国化、社会主義と保守主義の自由主義化である。イギリスの保守党はその前身であるトーリー党とはますます違ってきて、米国の共和党に似てきている。イギリス労働党もますます社会党とは違ってきて、米国の民主党に似てきている。

注1:「リバタリアニズム」と「リベラリズム」は微妙に違うが、ブランデル=ゴスチョークの四象限分析 〔John Blundell and Brian Gosschalk, Beyond Left and Right. London: Institute of Economic Affairs, 1997.
〕 の中にはリベラリズムはない。彼らは「リバタリアン」と「保守主義者」をどちらも広義のリベラリストとみなしていたが、前者がより典型的なリベラリストであることは疑いない。

出典:http://www.chinese-thought.org/jz/003080.htm

(転載自由・要出典明記)

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