思いつくまま

みどりごを殺す「正義」はありや?
パレスチナ占領に反対します--住民を犠牲にして強盗の安全を守る道理がどこにあろう

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

秦暉:「第三の道」か、それとも共通のベースラインか?(一)

2010-02-18 10:54:33 | 中国異論派選訳
秦暉:「第三の道」か、それとも共通のベースラインか?



 早くも五四運動以前に、中国では「中西文化の衝突」が起こっていた。20世紀末の改革時代に入ってから、「文化ブーム」の中の「中西」の争いが再びにぎやかになった。80年代には多くの人が積極的に西側化を推進し、90年年代には伝統の振興が主旋律となり、くわえて国際的なハンチントン式の「文明の衝突」論が一段とそれを盛り上げ、次から次へとブームが押し寄せた。

 また清末民初から、中国では「主義」の争いが始まり、50年代より前〔共産党政権が成立する以前〕は国内の「左対右」の熱戦〔国共内戦のこと〕で多くの血が流され、50年代以降は国際的な「資本主義対社会主義」の冷戦では臨戦態勢でにらみ合った。世紀の変わり目になって、国際的なイデオロギー闘争は冷戦の終結とともにだんだんと姿を消した。だが国内では、改革の進展と社会矛盾の深まりにより、「主義」の争いは「文化」の包装を脱ぎ去って再び「水面に浮かび上がった」。

 今日的な背景の下で、多くの国の民主的な公的権力機関――政府セクター――と競争的な市場組織――企業もしくは営利セクター――は高度に発達したが、同時に顕著な限界も露呈した。そこで「市場の失敗」と「政府の失敗」の叫び声の中から自治的な市民社会とボランティアの公益組織(いわゆる「第三セクター」)も発展してきた。それは国民国家=政府機関(「第一セクター」)や市場=営利企業(「第二セクター」)とは本来別の活動をするものだ。だが、多くの発達した社会は「福祉国家」を拡大して市場領域を圧縮するという社会民主主義的傾向と、市場秩序の拡大により政府権力を制限するという古典的自由主義の傾向を持っており、この両者が長期にわたって対峙してきたという伝統がある。そこで、ソ連型社会主義が没落し、「福祉国家」体制も困難に陥った「左派の危機」の時代に、「市場経済のグローバル化」の拡張に直面した反対者が第三セクターの国際行動に向かい、それに「オルタナティブ左派」の色彩もしくは「第三の道」の色彩を持たせたことは無理からぬことである。1999年のシアトル事件後この種の多国籍第三セクター組織は市場グローバル化に挑戦し、同時に開催国政府権力との間の「第三セクターの闘い」が世界各地で発生した。国内の一部の学者はその「ポストモダン」的意義を称賛し、国内プロセスをこの意味で「国際化」しようと努力した。

 それでは世紀の変わり目にあたって、激しい変化の中にある中国に身を置き、グローバル化と多元化が同時に進む世界において、「文化」の争い、「主義」の争いと「セクター」の争いの中で、私たちは自分たちをどう位置付け、自身と社会の運命をどうコントロールすべきなのだろう?

 「中西文化衝突」は百年以上になるが、新世紀の初めの親を騙し知人を殺すような「信頼の危機」に直面しているという中国の人々の恐怖の叫びは、今日の中国の「文化」の中では中国のものであれ西側のものであれ最も基本的な倫理が「希少資源」になってしまったことを物語っている。百年来の「文化の衝突」によって得られたのは近代の市民的権利が実現せず、伝統的責任倫理が失われてしまうという結果だった。「西側の自由民主」と儒教的「伝統」道徳が共倒れになり、自由民主と儒教がどちらも失われた土地には、「始皇帝政治」とごろつき風潮の因果が巡り、強権主義と冷笑主義が互いに補い合い、強め合っている。

 「左右の主義の争い」は80年前から続いている。過去のスターリン体制はすでに灰燼に帰し、現在の資本主義システムも多くの問題を抱える。だが私たちの中国では、「自由放任」もなければ、「福祉国家」もない。一部の人は、「米国式の個人の自由にはいろいろ欠陥があるし、スウェーデン式の社会福祉もいろいろ悪いところがある。前者は平等を損ない、貧乏人に不利だし、後者は自由を制限し、エリートを押さえつけるから、我々はまねてはならない云々」と言っている。この言葉がもしブレアやギデンズの口から出たのなら、「自由放任も要らないし、福祉国家も要らない」という彼らの制度革新が一体どんなものなのか人々はまだよくわからないとはいえ、一つの見識とは言えるだろう。だが私たちの中国でそう言う人に対しては「米国式の個人の自由が行きすぎというなら、米国の社会保障はどうなんだ? スウェーデン式の社会福祉なんてできないというなら、スウェーデンの個人の自由はどうなんだ? 外国の左派は米国の社会保障が少なすぎると責め、右派はスウェーデンの個人の自由が足りないと批判するが、私たちが米国式の社会保障、スウェーデン式の個人の自由が実現できたら、すごい進歩じゃないか!」と言わなければならない。

 まして「三つのセクター」の争いは言わずもがなだ。1968年の「プラハの春」がないのに、2000年の「プラハの秋」があるだろうか?

 両極に対する不満から、各種の論争の中で中庸の道が生まれた。「中西文化」の対立の中でも、昔から中体西用・西体中用・中西結合の説があった。「左右の主義」の対立の中での、様々な「第三の道」も数十年の歴史がある。そして最近興った国境を超える第三セクターの運動と「NGOがWTOに反対する」風潮の中でも、NGOも必要だしWTOも必要だという主張に事欠かない。

 だが中庸の道が理論上いかに包括的であっても、実行したら大抵壁にぶつかるものだ。その原因について、人々は常々両極の力が大きすぎて中間派が弱過ぎるからだと不満を抱く。一部の人は2でなければだめ、別の人は10でなければだめで(誰が10を求め誰が2を求めているかはさしあたり触れない。自由主義者が10の自由を求めるとき、彼らの目には社会民主主義者は2しか要求していない。一方後者が10の平等を求めるとき、彼らの目には前者は2鹿要求していない)、「(2+10)÷2=6」の呼びかけは埋もれてしまう。疑いもなく、このような状況は歴史に多くの実例がある。

 しかし、往々にして人々はもう一つの可能性を無視している。もし健康な両極が弱すぎたら、中間派は強くなれるだろうか? 例えばまだ1もないのに、2と10の中間数にどんな意義があるのだろう? このような状況下では、2を主張する人と10を主張する人はまず1を獲得するために奮闘すべきではないだろうか? 「1を獲得するための奮闘」はもちろん2と10の間の第三の道ではなく、両者の「共通のベースライン」に過ぎない。また、それは決して両者が妥協して互いに譲り合った結果ではなく、両者ともに自らの前提として必要とするものであり、たとえ相手が要求しなくても自分が必ず勝ち取らなくてはならない基本目標である――それがたとえ最終目標には遥かに遠いとしても。

 例えば「文化衝突」に関して、人々は当然文化の多元性、文化の寛容性と文化間で互いの欠点を補い合うことを提唱できるし、そうすべきだ。この原則によれば、キリスト教、儒教理念とイスラム教は平和共存できるはずだ。だが、その前提は信仰の自由の原則が異端審問に打ち勝つことであり、この両者には共存の余地はない。もし異端審問が存在すれば、各種の文化と信仰の多元的共存が不可能となるだけでなく、私がトマス・モアを記念する文章の中で述べたように、それぞれの文化自体が窒息してしまう。ゆえに、全ての文化、全ての宗教は異端審問、異端弾圧に反対し、原理主義神権独裁に反対しなければならない(それは「原理」への反対ではない)。これこそが文化の多元的共存の基礎としての「共通のベースライン」である。近年一部のキリスト教学者が孔子の言った「自分の欲しないことを、人に行ってはならない」を基礎とし、「グローバル基本倫理」を作ろうと提案しているが、それはもちろん彼らが「キリスト教文化」を放棄して「儒教文化」に帰依することを意味するのではなく、「共通のベースライン」を確立しようとする試みなのである。
 
 また、「左右の争い」の中で、先進国の伝統的テーマは「自由放任か福祉国家か?」である。先進国の左派は国家が負う責任を拡大するよう主張し、右派は国家機関の権力を制限するよう主張する。この両者の対立には、明らかに一つの前提が必要である。それはまず社会契約的意味の「国家」が存在し、その契約のもとで国家の権力と責任が厳格に対応していることである。権力は国民から授与され、国民に責任を負う。国民が国家に負わせるべきと考える責任の大きさによって、それに必要な分の権力を国家に授与する――明らかにこのような意味の「国家」とは民主国家だけである。この前提のもとでのみ、国家の責任の拡大(それによって授権を拡大しなければならない)という左派の主張と国家権力の削減(そうなれば責任の拡大は要求できない)という右派の主張の対立が成立し、そして「中道路線」の第三の選択肢が成立する。もしこの前提がなければ、もし権力が社会契約によって成立するのではなく、民主的な授権でも国民に対して責任を負うのでもなければ、国家権力が極大で責任が極小になり、国家権力を制限するという自由主義的要求と国家の責任を拡大するという社会民主主義的要求は全く対立構造にはならない。西側の「左右の争い」ないし「左右の間の」折衷的立場はそのような条件のもとでどんな意義があるだろう? もし私たちの体制の弱者層に対する社会保障が米国にはるかに及ばなかったとしたら、一体どんな資格でその自由が多すぎると非難するのだろう? もし私たちにスウェーデンのレベルの自由さえないのであれば、一体どんな資格があってその社会保障が多すぎると批判するのだろう? もし米国式の「目立たない社会保障」とスウェーデン式の「目立たない個人の自由」さえ実現できていないのなら、「米国とスウェーデンの間の」中間水準の保障と中間水準の自由を議論することに一体どんな意義があるのだろう? 最低限度の自由と社会保障を実現するためには、権力と責任が対応する民主体制が必要なのであり、これこそが中国の左右両派が堅持すべき共通のベースラインなのだ。

 「三つのセクターの争い」については、私が本書の中で論証しているように、「権力は公益のためにのみ用いることができる」という現代民主国家と「私益は自由な取引によってのみ得ることができる」という現代市場経済がなければ、現代の第一、第二セクターは存在しているとは言えないし、本当の意味での「ボランティアによって公益を実現する」という第三セクターも存在しえない。そして「強制によって私益を実現する」「第四象限」から離脱し、権力を公益のためにのみ用い、私益は自発的取引によって得るようにすることこそが三つの「セクター」が存在するのに必要な前提である。またそれは市場経済・民主政治・自治公益の三者の共通のベースラインでもある。このベースラインを基礎として、初めて「三つのセクターの争い」が存在し、「シアトル問題」が意味のある問題となるのだ。
  
 先進国では、この「共通のベースライン」は遥か昔に実現しており、すでに追求すべき目標ではない。それゆえベースラインの上の「文化」、「主義」、「セクター」の争い(およびこの種の論争の折衷)が前景に出てくる。人々はたまに特殊な状況下でのみこのベースラインについて言及する。最近フランスでのシンポジウムの際、私が「自由主義と社会民主主義の共通のベースライン」について述べた時、一人のフランスの学者が「自由放任を主張する人と福祉国家を主張する人の間に、どうして共通の立場があるんですか?」と聞いて来た。私は「存在しないわけがないでしょう? 最近のこちらの選挙〔2002年の大統領選〕の決選投票で、ルペンの当選を防ぐことが両者の共通の立場だったじゃないですか?」と答えた。たしかに、今回の選挙の決選投票において、ルペンを代表とするネオナチ傾向が勢いを得るのを阻止するために、フランスの現代右派(フランス人は「伝統右派」という)――自由保守主義の共和国防衛連合――の大統領候補者シラクは自党の支持だけでなく、左派社会主義者――社会党とフランス共産党――の賛成票も獲得した。これは「共通のベースライン」であって、「第三の道」ではない。なぜなら、フランスの左派がルペンに反対したのは彼らの固有の立場からであり、決して右派との折衷のための妥協や中道路線ではないからだ。
  
 フランスには歴史上左右両派の連合政権があった。それは第三の道の選択であって、互いに妥協しなければ連立などできない。しかし今回は違う。左右両派は連立するわけではなく、彼らがともにルペンに反対したのは両派の「重なり合い」部分に立脚したもので、双方もしくは一方の譲歩による「収束」ではない。社会党はもしルペンに反対しなければ社会党ではなくなり、共和国防衛連合がもしルペンに反対しなければやはり共和国防衛連合ではなくなる。これはいかなる第三の道とも関係ない。

 だがフランスではこのように「共通のベースライン」が目立つことはめったにない。なぜルペンに反対するのか? それは彼の当選がフランスが持っている多くのもの、すなわち左右両派が認める自由・民主・人権といった基本原則を脅かすからだ。だがこれらのものはすでに存在しているので、特殊な状況以外では(例えば今回のルペンの「予想外」の躍進)、人々は失う心配がないので、このような共通性は表に出る必要がなく、普段見られるのは左右両派の闘争と妥協だけである。
  
 だが、もしそれらのものがまだ勝ち取られていないなら話は別だ。フランスの大統領選の後まもなく、米国の思想家ドゥオーキンが訪中した。筆者との対話の中でドゥオーキンは「ノージックとロールズの論争は水と油だ」と言った。筆者はそれは十分理解できるとは言ったが、私の視点から見たら必ずしもそうでもない。その時私もフランスの選挙の例を挙げた。後で考えたら、米国にはもっといい例があった。かつて南部に北部のような自由(後の左派からしたらもちろんそれは「ブルジョア自由主義」だ)を実現するために、社会主義者ウェデマイヤーはマルクスの賛同を得てリンカーン政府の連邦軍に参加し軍管区司令官になった。ウェデマイヤーとリンカーンの「主義」の違いは疑いもなくノージックとロールズの間より大きい。しかし自由がまだ獲得されていないときウェデマイヤーとリンカーンが直面していた問題はノージック、ロールズとは全く違っていた。もし今日のフランスの左右両派(彼らはもう共同で自由を「戦い取る」必要はない)が連立政権を組むのに共通のベースラインだけでなく妥協も必要であるとすれば、ウェデマイヤーがリンカーンの軍隊に加わるには共通のベースラインだけで十分だった――ウェデマイヤーがそうするのは社会主義を放棄したことにはならないし、彼が「第三の道」を選んだことにもならない。むしろ、もしウェデマイヤーが南北戦争で中立を維持したり、南部の奴隷所有者と一緒になって「ブルジョアの」北部に反対したりしたら、もちろん彼は自由主義者ではないが、「社会主義者」を名乗ることができるだろうか?
 
 不幸なことは、今日の私たちの中国には親「南部奴隷所有者」の「ニセ社会主義」者と「ニセ自由主義者」が大勢いることだ。だから私はこの種の「左派」とこの種の「右派」をいつも批判している。上にのべた「共通のベースライン」は決して折衷でないから、私は今は自由主義にも社会民主主義にも反対しない。あるいは将来自由主義と社会主義の争いが現実の問題になった時、私は原則的かつ合論理的に折衷的態度を取るだろうが、いま私たちに必要なのはベースラインを求め続けることなのだ。

 今日誰もがグローバル化を言うが、「グローバル化は今に始まったことではない。イギリスの軍艦が虎門〔広東省の地名。アヘン戦争はここの砲台への砲撃から始まった。〕を砲撃し、マルクスが全世界のプロレタリアートの団結を呼びかけた時から、Capitalist と Communist の対立のグローバル化が始まった。冷戦終結後この対立は一段落した。しかし世界は「大同」しなかったばかりか、「鉄のカーテン」を再建して彼我を隔てることもできなかった。私たちには矛盾のある、そしてそれゆえに多元的な地球村に生活することが運命づけられており、依然として一種類ではなく多種類のグローバル化に直面している」。だが、つまるところ世界はやはり進歩している。これらの矛盾、多元性と多様性はますます上述のベースラインを基礎とするようになってきており、ベースラインを破る堕落はますます多くの反対に遭っている。たぶん、これこそ私たちの中国が必ず行わなければならない国際化なのだ!

出典:http://www.chinese-thought.org/jz/003080.htm

関連記事
『田園詩と狂詩曲』韓国語版序文
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/9dfaa6894380c9b9632ffd83af71b9bb
ポピュリズムもエリート主義もいらない
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/1a15fdf1512d9962d910527f8f18cb08
「第三の道」か、それとも共通のベースラインか?(二、三)
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d37c8bfb2fbc29bbdb71d3ac45643a24

(転載自由・要出典明記)
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 中国青年報:春節休暇を狙っ... | トップ | 秦暉:「第三の道」か、それ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

中国異論派選訳」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事