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秦暉:第三の可能性――世界の中国化

2010-03-15 21:40:41 | 中国異論派選訳
秦暉:第三の可能性――世界の中国化 2007年10月31日


グローバル化において、中国がどのような位置にあるのかについて、よくある意見は二つだ。一つは中国の体制はグローバル化に適さず、グローバル化の過程は必ず失敗するという、いわゆる「中国崩壊論」である。もう一つは比較的好意的な意見で、グローバル化を通じて世界は先進的なルールで中国を改造し、中国は世界に合流するというものだ。それはまずは市場経済に合流し、それから民主制度に合流するとも言うが、後者についてははっきりとは言わない。だが、私はこの二つのほかにおそらく第三の選択の可能性があると思う。


第三の可能性、つまり世界が中国を変えるのではなく、中国が国際ルールを変えるという可能性はないのだろうか? 以前我々中国人は、全人類を解放し、社会主義で世界の2/3の苦難をなめている兄弟を救うと常々言っていた。だが、もちろんそういう意味の転換ではなく、中国の無制限な権力という前提の下で形成された特異な市場経済が、百年以上かけて作り上げてきたグローバル市場経済のルールを変えてしまうということだ。中国経済の高度成長に、経済学界は称賛一色であるが、それには彼らが理論的にこの現象について説明できないことのやるせなさが含まれている。中国の経済モデルは自由放任でもなく、福祉国家でもない。この種の状況は世界の左派にとっても右派にとっても不満なはずだ。だが今の左右両派はどちらも中国の高度成長を使って彼らの理論を説明しようとしている。左派が中国を称賛するのは、中国の自由競争がまだあまり発達していないからであり、右派が中国を称賛するのは、中国の福祉水準が非常に低いからである。


世界中の資本が中国に進出し、中国の廉価な商品が全世界に流れ出すに伴い、中国の経済モデルは世界の二大主流市場経済モデルに対し、つまり自由放任と福祉国家に対しますます大きな衝撃を与えている。現在世界には、福祉国家は福祉レベルを下げねばならず、自由貿易国家は結局やむなく貿易障壁を再構築しなければならず、そうしなければどちらも中国に対応できないという状況が出現している。しかもこれは始まりに過ぎない。これは大いに研究に値する。この現象は国内外の批判を招いている。国外の批判はもちろんみんな知っている。人民元の切り上げ要求はこの種の批判の端緒に過ぎない。もしこの現象が続けば、左派が称賛する中国の低自由と右派の称賛する中国の低福祉状況は、やがて左派が中国の低福祉を批判し、右派が中国の低自由を批判するように変わるだろう。そのような状況は遅かれ早かれ出現するに違いない。


我々も中国の勃興が低賃金だけではないことは知っている。私は低賃金だけでは現在の中国の経済状況を説明できないと思う。いまの中国ではすべての生産要素価格が非常に低い。もし中国の低賃金が労働力の過剰によると言うのなら、中国の低土地コストの理由は何だろう?明らかに中国の土地は過剰ではない。中国が低コストで資源を使用し、低コストで環境を使用しているのはなぜか? 明らかに中国は資源大国でもないし、環境が特に良好な国でもない。しかも公的資金が特に安く使える〔公債の利子が低いということか〕わけでもない。とりわけ、我が国は長年にわたって公的資金支給という方法で外資導入を進めてきている。多分全世界の市場経済国家の中でこんな方法(つまり外資導入額に応じて、公的資金を同額投入したり、一定の比率で支給したりすること)で外資誘致を行っている国はないだろう。実際、公的資金の使用・資源の使用・土地の使用・労働力の使用、どれをとっても廉価だ。全ての原因は、現在の中国の体制上利益追求ゲームのルールが不公正であり、市民社会の成長が非常に抑えられ、無制約な権力が非常識に全ての価格を低く抑えることができるからだ。このような傾向が持続すれば、既存の福祉国家は持続不能となり、全世界の労働運動もその影響を受けるだろう。


一つの現象がある。その現象は国内社会を緊張させているだけでなく、実は他の国の社会をも緊張させている。グローバル化のメカニズムが中国の社会矛盾を全世界に希釈している。私がここで希釈と言うのは解消ということではない。この種の現象は解消することは難しい。以前は、いわゆる民主国家もしくは先進国の右と左は、基本的に福祉国家と自由放任という二つの傾向の間のゲームだった。福祉国家で国家の責任が大きな国ではもちろん権力も大きくなり、一方自由放任の国では国家の権力は制限されるが、その責任も小さい。つまり、一方は権力も責任も小さいことを、もう一方は権力も責任も大きいことを要求する。権力は大きく責任は小さくなどと主張をすることはめったになかった。だが最近我々はそのような傾向を目にするようになった。


フランスの5月の総選挙でサルコジが登場した。彼には次のような特徴がある。一方で彼は国の権力を強化しているが、それは以前の自由放任政策とは全く違う。また一方で福祉負担の軽減を強調し、責任の面で妥協しようとしている。これはより大きな権力とより小さな責任の組み合わせである。この種の傾向は以前の西側権力政治の中ではこれまでになかったことだ。だから彼を伝統的な意義の左派とか右派と言うことはできない。低福祉を主張している彼を左派とは言えないし、大きな国家を主張している彼を右派とは言えない。労使関係のバランス喪失・失業の増加・移民問題・財政苦境、これらすべての要因の総合により、欧米の一部の国で社会矛盾が累積している。そして人々は中国のようなやり方もいいものだということを見出すかもしれない。もちろんサルコジは一歩を踏み出したにすぎない。もしサルコジの道を歩み続けたら、権力はますます大きく、責任はますます小さくなり、ついにはありていにいえば世界の中国化さえあり得ないわけではない。しかし世界の中国化は社会主義者にとっての福音でもないし、自由主義者にとっての福音でもない。むしろその両者がともに見たくない局面である。だが、この現象も長続きするとは思えない。


この情勢を変更しようとするのは簡単なことだと思う。それは主に次の二つの面で中国が努力することだ。一つは自由のために権力を制限し、無制限な権力を改革の中で改めること。もう一つは福祉のために責任を果たすことであり、中国の低福祉状態は必ずや改めねばならない。我々は経済発展に有利で、同時に人民の福祉のためになることが全世界で証明されている自由を引き続き拡大していかなければならない。同時に我々は現代国家が負担すべき公的サービス機能を拡大していかなければならない。とりわけその公的サービス機能が本当に「プラスの福祉」になるよう確保しなければならない。我が国が長期にわたって行ってきた二次分配は、大きな問題となっている。つまり二次分配が往々にして「マイナス福祉」になり、権力のある人は収入が多いだけでなく福祉も手厚い、権力のない人は収入は少ないだけでなく福祉も手薄だ。二次分配以後のジニ係数は一次分配より低くなっていないどころか、むしろ高くなっている。我々が今近代的福祉制度を構築しようとすればまず二次分配の権勢ある人々への傾斜という我々の体制の欠陥を改めなければならない。例えば、最近一部の企業は社員福祉住宅の建設を再開して、大いに物議を醸している。私は、その是非はどの企業が社員福祉住宅を建てるかによると思う。もし民間企業なら、また、もし完全開放競争の下にある国有企業なら、外からの圧力がないという前提の下で進んで従業員のために社員福祉住宅を建てるのなら、もちろんいいことだ。だが、独占業種、例えば独占的な方法で高額の利潤を得ている業種の国有企業が、不当に高収入を得ながらさらに従業員福祉を高めることは、非常に問題だと思う。私は中国が未来の発展において避けなければならないのは、「尺取虫効果」だと考えている。「尺取虫効果」とは、緩和政策であれ緊縮政策であれ、そのたびにいつも決まって一部の利得者がいる一方、他の多くの人は利益をほとんど得られないことだ。


例えば、2005年にフランスで発生した移民暴動は、実際には移民暴動ではなく、移民二世の暴動だった。暴動が発生してから、ある人が二人のフランス人に、この暴動は中国にとってどんな教訓になるか?と聞いた。その時フランス人は二人とも仰天してどう答えていいかわからず、貧困者のための福祉住宅はあまり一か所に集中しない方がいいと答えた。だが、中国人はこれまでに一度も新移民のために福祉住宅を建てようなどと考えたことはない。我々は彼らに家を与えないどころか、むしろ反対に彼らが自分で家を建てようとしたら、「違法建築」だと言って撤去している。我々はこれまで新移民のために福祉住宅を建てなかったばかりか、彼らが貧民窟を作ることさえも許さず、彼らが単身労働者としていわゆる飯場に住むことしか許さなかった。そして飯場に住んでいては彼らは永遠に都市に定住できないのだ。


このような状況は大変危険だと私は思う。正直なところ、自由があれば彼らは自分たちで小屋を建てていわゆる貧民窟を作るし、福祉があれば彼らのための広大な福祉住宅団地が生まれるはずだ。だが、中国にはこの二つとも無い。二億人以上の人々が単身で飯場に住んでいるということは、ゆがんだ世代を生み出しており、中国の未来の発展にとって非常に危険なことだと思う。中国には非常に多くの留守児童がいる。彼らは正月休みにしか両親に会えないという不正常な環境の下で育っている。伝統中国の倫理・文化・価値観ないし人々の行動様式が人為的にゆがめられている。このままでは一体どうなるのか予想もつかない。彼らに違法建築を建てる程度の自由を与えるか、国で彼らに福祉住宅(最近中国は〔独占国有企業や公務員向けの〕福祉住宅建設には熱心だ)を提供するかして、二億人余りの人々が家庭生活を営めるようにすることは、中国の未来の発展にとって非常に大きな意義があると私は思う。

初出『南風窓』
出典:http://view.news.qq.com/a/20071031/000001.htm

(転載自由、要出典明記)

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