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秦暉:「低人権の優位性」が中国の脅威的競争力を生み出した(2)

2009-10-23 11:16:13 | 中国異論派選訳
●低人権の優位性

『南風窓』:中国の勃興を語る時、官産学〔中国では「産官学」ではなく、「官」が上にくる〕はいつも「後発の利」を持ちだします。数年前、あなたは中国の経済成長の「虚構論」も「崩壊論」も間違っていると言いました。そしてこの成長は「政府の成功」でもなく「市場の成功」でもなく、ましていわゆる「市場と政府の二重の成功」などとは何の関係もなく、むしろ「低人権の優位性」に注目すべきであると言われました。この「利」と経済開放の関係をどう見ますか?

秦暉:国を閉ざしている時には、価格交渉を許さないやり方は、たとえば改革前の中国や現在の朝鮮のように、成果をもたらしません。しかし、鎖国を解くと、グローバル化時代に「低人権の優位性」をもたらすことができます。多くの投資が集まり、しかも生産される製品は非常に安い。だが、このような経済的利益には問題もあります。中国の庶民に搾取工場のために費用を支払わせるだけでなく、外国の庶民にも代償を支払わせます。なぜならそれは外国の労働組合をつぶし、外国の福祉を低下させることを意味するからです。競争のために、国外の資本は中国に見習わざるを得ず、そのため「資本の中国への逃避」現象が生じ、労働組合はしぼみ、福祉は悪化しています。百年以上積み上げてきた労使バランスが崩れ、外国の社会矛盾も激化しています。国外の一部の資本は自国の民主社会主義の圧力を避け、労働組合と福祉の圧力を避けるために中国のような開発途上国に向かっています。

『南風窓』:だから、フランスではドラマチックにサルコジのような「福祉も減らし自由も減らす」大統領が出現したのですね。西側の一部の国は「チャイナファクター」もしくは新しいグローバル化の波の前で立ちすくんでいるように見えます。

秦暉:ですから、今言った「取引費用」の理論は庶民をむしばんだだけでなく、百年近くの人類文明の成果をむしばみ、世界を再び原始的蓄積の時代に戻してしまいました。ですから私は、低賃金、低福祉の伝統的利点以外にも、中国は「低人権」の「利点」で人為的にマンパワー、土地、資本と非再生産資源の価格を抑え、価格交渉を許さず、多くの取引上の権利を制限したり禁止ししたりという方法で「取引費用低減」を実現しているのです。そして政治参加を抑圧し、思想・信仰・公正を無視し、物欲の刺激によって人のエネルギーを蜃気楼のような単純な成金衝動に集中させるよう促し、そうすることによって自由市場国家にも福祉国家にも見られず、また「漸進」であれ「ショック療法」であれ全ての民主化移行国がとても後追いできないような、驚くべき競争力を実現したのです。
 もちろん、対外開放がなければ、この衝動もそれほど大きな力はありません。対外開放後、中国の現有体制は「民主化による分家は面倒が多い、福祉国家は負担が多い、労働組合は投資家を逃がす、農民組合は土地囲い込みする者を叩き出す」という「邪魔物」を回避したので、空前の速さの原始的蓄積を実現できました。そして、このやり方によってもたらされる危機は、外部資源(資本流入、商品輸出)の増収によって緩和され、同時にグローバル化によって危機を外部に向かって希釈しました。その結果は、チャイナファクターがもたらした資本フローと商品フローが自由市場国家において従来のパワーバランスを崩壊させ、労使矛盾を激化させ、福祉国家においては移民衝突を激化させています。そしてこの二種類の国々においていずれも雇用と公共財政が苦境を深めています。
 中国の奇跡には以上の解釈しか成り立たないでしょう。「後発の利」と言うなら、後発の地方は多いです。アフリカだってそうですが、中国のようには成功していません。南アフリカもアパルトヘイトを撤廃してからは、経済「競争力」は低下しました。しかしこのいわゆる低下は、本当に以前より後退したのではなく、以前のような原始的蓄積、文明諸国と比べての「低人権の優位性」が無くなったのです。もちろん、もし南アフリカが以前から閉鎖国家だったら、過去にも「奇跡」は起きなかったでしょうし、現在が以前より悪いとは限りません。ただ開かれた世界では、以前使えた方法を新しい方法に変えたことによって、以前のように多くは稼げなくなったということでしょう。

『南風窓』:世界の資本が人権の窪地に流れ込むことによって、より大きな利益を得ようとする趨勢は否定しようがありません。だから張五常は「中国は米国より自由だ」と言いました。

秦暉:それは彼の去年12月にフリードマンの記念会の席での発言ですね。張五常は米国の立場に立って欧州を非難し、その後で中国の立場に立って米国を非難し、出した結論は欧州は米国に学び、米国は中国に学んでいるということでした。

●「価格交渉」の権利と責任

『南風窓』:民衆が十分に価格交渉できるようにすることは、目の前の利益に着目するだけでなく、客観的に一部の利益集団が儲けが少ないので退場を選択する結果を招くでしょう。言いかえれば、価格交渉能力の向上は全く新しい退場メカニズムを作ると言うことです。

秦暉:最良の道は民衆が政府と価格交渉できるようになり、政府に自分たちには何ができて何ができないのかを認めさせることです。政府が自分たちの懐を肥やすことが出来なくなり、民衆のための仕事を怠ることができなくなったら、民主政治の実現も遠くはありません。もし、権力が無限で、しかも責任がなかったら、誰もその「取引」を簡単に手放そうとはしません。権力が大きくて責任の小さい官僚になりたくない人がいますか? その地位を奪おうとする人がいたら、それを防ぐために必死で戦うでしょう。
 興味深いことにポーランドの連帯労組は権力掌握の前には、いつも政府に対して最低価格の肉を提供するよう要求し、政府がそれをできないと批判していました。人によっては、連帯労組をポーランドで最も反動的な勢力とみなしていました。なぜなら政府の責任を「強化」したからです。連帯労組が政権を取ると、多くの責任を取り消し、物価も暴騰しました。しかし庶民も何も言えません。なぜならその政府は自分たちが選んだ政府だからです。
 ポーランドにもスターリン主義者がいないわけではありませんが、庶民は当時彼らに投票しませんでした。選挙の時、自分に大きな権力を持たせてくれたら安い肉を提供すると言った候補もいました。ですが、彼に投票しなかったのですから、何も文句は言えません。ですから、私は政治体制改革とは価格交渉のメカニズムを作ることだと思います。政治体制改革が必ず自由放任の政府をもたらすとか福祉国家をもたらすと決まっているわけではありません。福祉と自由放任は選択できるのです。ですが、政治体制改革は権力と責任が対応した政府をもたらします。より大きな責任を担うのであれば、より大きな権力を与え、もしくはその逆で、庶民は両者の間で選択できるのです。

『南風窓』:社会は価格交渉を通じて進歩します。30年間の中国の経済と社会の達成は、中国人の価値観の転換を伴っただけでなく、一定程度中国社会と政府の「価格交渉力」の成長を証拠立てています。

秦暉:説明責任の面では、汶川地震のような地震は、もし政府が災害救助しなくても、以前なら(例えば唐山大地震の時のように)非難することはできなかったでしょう。それどころか何が起こったかもわからなかった。今ではそういう責任は明らかに回避できません。同様に、最低収入保障法などの制定も社会が後押しし続けた結果です。ただし、今の価格交渉はまだ不十分です。しかも学界の左派と右派がいまでも絶えず政府機関に対する社会の圧力を軽減しようと動いています。右派はそんな福祉要求はしてはならない、政府はそのような責任を負うべきではないと言っています。左派は権力の制限はしてはならない、政府の権力はもっと大きくなければならないと言っています。もし左派が政府に対する責任追及を行い続け、右派が政府の権力を制限し続ければ、政府には改革の原動力が生まれ、中国は進歩し、希望が大きくなるでしょう。もし逆に、左派が政府の権力拡大を主張し、右派が政府の責任逃れを図ったら、当然政府はますます改革を嫌がり、しかも政府は益々いい気になるでしょう。社会が前に進むとき、進歩の足を引っ張る人が出るのも避けられないことです。とはいえ、30年来中国が全体としては進歩したのは否定できない事実です。 〔了〕

転載自由・要出典明記


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