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王力雄:チベット独立ロードマップ(2)

2009-02-10 13:45:18 | 中国異論派選訳
王力雄:チベット独立ロードマップ(西蔵独立路線図)

3、予言の自己成就

初めから事件を「ダライ集団が組織的、計画的に入念に準備した分裂活動」と決め付けた以上、統一を最高原則と奉じる中共政権にとって、手を緩めることはできず、処理方法は断固たる弾圧しかない。これはチベット人地区の各地方政府と官僚の逆らうことのできない立場であり、軍と警察の弾圧実施の指導イデオロギーである。ラサ事件発生後、チベット人地区の各地方政府と軍・警察の過剰反応と慌てふためきぶり――大規模な逮捕、暴力的鎮圧、拷問、寺院封鎖、僧侶迫害、忠誠の強要などは、チベット人の強い不満を呼び、より多くの一般民衆の参加を促し、反抗を全チベット民族に広げた。それが、今回のチベット事件の規模がここまで拡大したもう一つの主要原因である。

当局のプロパガンダの注入によって、外地から動員されてチベット人地区で弾圧に当たった中国人兵士はチベット人をすべて国家を分裂させる敵とみなした。そのため憎悪に駆られてチベット人に暴行を加え、本来発生すべきでない多くの衝突を引き起こした。たとえば、中国人兵士がチベット人の家の中で「分裂集団の頭目ダライ」の写真を見つけると、乱暴に破り捨て、さらにはチベット人に破り捨てるよう強要した。これはダライラマをこの上なく尊いとみなすチベット人にとっては受け入れがたいことだ。もしチベット人の老人がダライラマの写真を守ろうとして兵士に殴打されたら、老人の子供たちは当然怒るし、親戚も村人も不満を抱く。こうしてより多くの人を巻き込むことになる。衝突はこうして発生し、拡大して事件になり、軍と警察の発砲を招き、死傷者が出て、再び「組織的、計画的に入念に準備した分裂活動」に帰され、弾圧される。類似のことは今回各地で多数発生した。実際はその多くがもともと政治的含意なく、当局があえて「民衆の反乱を引き出した」ものだった。

1989年の六四事件に対する中共の「すべての不安定要素を萌芽の状態で消滅させる」という総括は、いまでは官僚集団の基本的考え方になっており、すべての官僚が信奉する準則である。彼らの権力崇拝意識によれば、権力さえあれば、すべては勝手気ままにできる。彼らが少数民族地区で実施している政策は「積極的に出撃し、頭を出したらすぐに叩き、敵の機先を制する」というもので、その後さらに発展して「頭を出さなくても弾圧し、どこまでも追撃する」になった。その極悪非道ぶりは今回のチベット事件で十分に発揮された。本来多くの政治と関係のない活動、たとえばお祭り、競馬、仏教の法会など、伝統習慣で昔からあるものを、「異民族であれば、心は通じない」とみなす官僚は、また外地から派遣され、全く習俗を知らない軍・警察たちは、人が集まっていれば問題が起きたとみなした。「機先を制し」「頭を出さなくても弾圧」するとなれば、一番確実な方法はいかなる集会も禁止し、すべての民間行事を禁止することだ。たとえ禁止しなくても、大軍で守備を固め、軍・警察が包囲し、武器を構えて威嚇する。チベット人のそれに対する反応を考えてみたまえ――「お前たちはオリンピックを開催することができるのに、何でおれたちは競馬を開催できないんだ?!」血気盛んなチベット人なら、強敵に立ち向かうように武装し、しかも態度の横暴な軍人と対峙したら、些細な口論から衝突に発展するのは必至だろう。当局にとっては、それこそ人が集まれば騒ぎが起きるという判断を例証したことになり、いっそう民衆の行動を規制する。なぜ騒ぎが起きるのかを知らないで、彼らはこうした判断をする。

実は、たとえ統治者の視点からしても、すべての矛盾を「萌芽のうちに摘み取る」ことはよい方法ではない。なぜなら「萌芽」状態では物事の本質がはっきりしてはいない。ある種の「萌芽」は本来必ずしも「不安定要素」ではないので、それを伸ばすことは安定に有利であって、粗暴に「摘み取る」ことはかえって彼らを敵対側に追いやり、新しい敵を作るのに等しいことになる。たとえこの種の鎮圧が一時的に表向きの安定を作り出したとしても、長い目で見れば不安定要素は消え去ることはなく、抑圧されて蓄積し、時期を待ってより大きな爆発を引き起こす。

僧侶はチベット人地区では理性的かつ平和的なグループである。彼らが平和的請願によって不満を訴えた時、もし当局が虚心に拝聴し、積極的に答えれば、チベット人地区の長期的安定にとって良いことである。しかし、当局は内心で僧侶を働かないで利益を得る寄生虫、ダライラマがチベットに根を張る基礎、チベット独立の土壌、厄介者や煽動者、要するにマイナスのものとみなしているために、僧侶の挑戦に出くわすと条件反射的に粗暴な行動をとる。3月14日のラサの街頭暴力事件は、その前の数日間続いた平和的抗議行動をする僧侶への軍・警察の暴行が引き出したものだ。これはまるで1987年のラサ事件の原因と全く同じことの繰り返しであった。当局の教訓をくみ取らないその非常識さを人々は訝った。チベット人を多少でも知っていればわかることだが、官僚の僧侶に対する蔑視とは対照的に、僧侶のチベット人の間での地位は非常に高い。チベット仏教の三宝の一つだし、チベット文化の伝統的知識人でもあり、チベット人の精神世界の指導者であるとともに保護者でもあり、チベット人に尊び敬われている。ゆえに、チベット人は僧侶が虐待され辱められることが最も受け入れがたい。軍・警察の僧侶に対する暴力行為がチベット人の騒乱を引き起こすことはほとんど必然であり、権力の傲慢さに両目をふさがれた帝国官僚のみがその結果を予想できなかった。

しかし当局は反省するどころか、輪をかけて悪くなった。各地の僧侶が主要打撃の対象とされ、多くの格式の高い寺院が軍・警察の侮辱的な捜索を受け、抗議行動に参加した僧侶が大量逮捕されただけでなく、多くの僧侶が行動の自由を制限され、一部の寺院は長期閉鎖に追い込まれ、外地戸籍の僧侶は追い出され、すべての寺院でいわゆる「愛国主義教育」が強制され、僧侶たちに公の場でダライラマを非難するよう強制した。多くの僧侶がこの踏み絵を避けるために寺を去っていき、一部の寺はほとんど人がいなくなった。もし今回のチベット事件発生の前には、僧侶の中にまだ多くの政治にかかわらず一心に修業している人がおり、不満は政策レベルにとどまっており、中国の統治を丸ごと否定してはいなかったとしても、今回の事件はチベットの僧侶を全体としてチベットの前途についての政治的思考に向かわせ、チベット独立賛成の比率を大幅に増加させた。

中国当局はチベットの僧侶全体を敵対的位置に追いやり、自分たちにとって最も処理の難しい相手を作り出した。チベットのある民謡は次のように僧侶を形容している「立ち上がれば一本の線香、倒れても一本の線香、私の頭をつかむのは私の髪の毛だけ、私のお尻に触るのはぼろ布だけ」。意味するところは、僧侶は家庭に縛られず、後顧の憂いがなく、反抗と挑戦ができるということだ。チベットでの事件でいつも僧侶が先頭に立ったのは、これが大きな原因である。また、チベット民衆の心の中での僧侶の地位からすれば、僧侶はチベットの民間に広く浸透しており、彼らの中国統治に対する不満とチベット独立の訴えは僧侶の間だけにとどまることはなく、チベット民衆に広く影響を与えるであろう。

官僚集団のもう一つの行為――事件は「ダライ集団が組織的、計画的に入念に準備したもの」だという証拠を急いで示すためにチベット人を大量逮捕し、拷問で自白を迫り、冤罪事件を作り出した。今回のチベット事件ではそれが多くのチベット人とその家族に及び、多くの人の離反を招いた。多くの迫害を行って、結局はつじつまの合う証拠を示せなかった。メディアのダライラマに対する告発はチベット人が聞いたらまったくのでたらめであり、抗議行動の発生していないチベット人地区にあっても、民衆は反感を持ち、大きな矛盾と憎しみを生み出し、より多くのチベット人が「分裂」した方が良いかもしれないと考えるようになった。当局が行う「反分裂」プロパガンダは分裂意識に素材を提供するに等しい。チベット語の「チベット独立」――「プーランゼン」という言葉を本来ほとんどのチベット民衆は知らなかったし、独立という概念もなかった。しかし、長い間の「反分裂教育」の結果、この言葉は誰もが知るようになった。今回のチベット事件において「プーランゼン」は僧侶から一般市民、農牧民、さらには小学生までが叫ぶスローガンになった。

これこそがいわゆる「予言の自己成就」である。チベット人を敵とみなしたことで、チベット人はついに本当の敵になった。あらゆるところでチベット人の「分裂」を見張ってきたので、チベット人はついに本当に分裂を望み始めた。今回の全チベット人地区に広がった抗議運動の性質について、観察者は様々な解釈をしている。その主な対立点はこれがチベット独立を求める政治運動なのか、それとも経済的地位あるいは当局の政策に対する不満の表明にすぎないのかという点である。私が見るところ、今回の事件のプロセスは明確なチベット独立の要求があったとは思えず、多くの要素の複合的な結果である。それには経済成長が生み出した格差、経済レベルの不満、移民問題(訳注:中国人のチベット人地区への移民)、外国からの影響、群集心理などが含まれる。当局のプロパガンダの逆動員と弾圧への反発が騒ぎをさらに大きくした。しかし、今回の事件の結果は、むしろチベット人にチベット独立を意識させ、広く賛同を得たことである。よって、次に同じような事件が発生したら、チベット独立は多くのチベット人の共通の要求となり、自覚的運動となり、運動発展過程における主な推進力と目標になるだろう。

4、中国と西側の民間の関係悪化

中国民間と西側の民間の間には以前は大した矛盾はなかった。中国人は西洋人に対して好感を持つ人が多いし、西側メディアに対しても比較的信頼しており、民族主義感情が高まったときでも、矛先は西側政府に向かうだけであった。また西洋人も中国人に対して悪感情はなかった。西側社会とメディアはしばしば中国政府を批判するが、中国民衆は独裁政権の被害者とみなしていた。しかし、今回のチベット事件においては、双方の民間がむしろ直接対決した。中国民衆は西側メディアを大いに攻撃したし、西側民衆に対しても口汚い言葉で罵った。このような態度の転換は、中国官僚集団の世論操作が成功したためである。しかし、世論操作が頼みとする条件――当局の情報独占、は中国人をだますための必要条件であり、同時に国際社会から疑問を投げかけられる原因でもある。

情報封鎖のために、当局は3・14事件発生当日にラサでの外国人の自由行動を制限し、引き続いてすべての外国人をチベットから追い出した。その後チベット人地区各地に長期にわたって外国人の立ち入りを禁止し、あちこちにチェックポイントを設けた。画像は最も敏感な資料とみなされ、命令を執行する軍・警察は多くの人権侵害を犯した。外国人が画像を入手するのを阻止するだけでなく、あるチベット人は携帯電話で写真を撮っただけで拷問を受け、長期拘留された。たとえ中国人でもチベット人地区で「敏感」な画像を撮影したら尋問され、器材を没収されたり画像を削除させられたりした。厳格な情報封鎖によって西側メディアはほとんど第一次資料を入手できず、間接情報に基づいて報道するしかなかった。しかし、間接情報は誤報を招きやすく、相手につけ込まれ、西側メディアは中国人の心の中では面目が潰れた。中国共産党の宣伝機関は西側メディアとの長年にわたる戦いの中で初めて優位に立ったので、大いに悦に入った。

しかし、それによって西側メディアをおとなしくさせることはできなかった。中国民衆の一方的な罵倒・恫喝に加えて、中国政府の西側メディアに対する制裁と圧力は、「第四の権力」と称される西側メディアを全体として中国にとって長期的な敵対的立場に追いやった。中国人の敵意は西側メディアの報道をより注意深くさせ、立証とバランスに配慮するようしむけた、彼らの中国に対する嫌悪感を増した。彼らは独裁政権を嫌悪しただけでなく、中国人が示した熱狂と残忍さも嫌悪した。今後機会さえあれば、今回の西側メディアの中国に対する共同包囲攻撃はまた発生するだろう。そして、西側民衆の態度はかなりの程度メディアに主導される。西側メディアを怒らせ、それを対立側に追いやった結果は、最終的には西側民衆の中国に対する一層の悪者扱いに転化する。

実際、中国の情報封鎖によって、西側民衆は自国のメディアから一次情報を入手できなくなったからといって、決して中国メディアを信じるようにはならないし、中国当局のチベット問題に対する発言に疑いを向ける。なぜならそれは彼らにとって簡単な常識――虚言だけが情報封鎖を必要とするからだ。たとえ封鎖によって虚言の具体的内容をわからなくしたとしても、徹底的な対抗策は情報封鎖者の発言のすべてを虚言とみなすことだ。西側民衆が北京五輪聖火リレーを強くボイコットしたのも、ほかの効果的な表現手段がなかったからで、その機会を借りて中国当局の情報封鎖への怒りを発散したのだ。

中国の官僚集団は西側民間の見方を全く意に介さなかった。彼らは中国民衆と西側社会の対立により自分たちが民意の支持を得ることを必要とし、その後も聖火リレーの西側での境遇を利用して一層中国民衆の西側に対する敵意を刺激した。大衆運動と大衆への働き掛けは全体主義の得意技である。大きな問題に直面した時、民衆は独立思考のための十分な情報と知識を与えられないと、扇動されやすく、操縦しやすい。中国民衆は多くの問題で政府に対して賛成ではないが、国家統一を基本的価値観とすることは受け入れている。自分の日常生活から遠く離れたチベットに対して、多くの中国人は単純な「分裂」の是非で問題を判断している。官製メディアが一斉に西側は中国を敵視し、「チベット独立」に肩入れしていると非難すると、中国人の敵意を簡単に燃え立たせることができる。今回のチベット事件は中国チベット関係を民族対立に変えただけでなく、中国民間と西側民間も二つの対立する陣営に分けた。

確かに、中国民衆の政府への支持は未曽有のことだった。インターネットで、また外国の街角で、中国の愛国者と西側の人々が白兵戦を演じた。中国人はCNNを見ることを許されていないのに、熱狂的にCNNに反対した。自分の国にデモ行進の自由がないのに、外国では集まって文革の場面を再現した(これらの行動には中国当局の支持と大使館の背後での組織活動があった)。一方で西側の人々に価値観の上で強烈に中国を否定させ、もう一方で西側民衆を刺激して中国を西側に対して強烈な敵意を抱き、いつか西側全体を脅かす国と思わせた。そして、以前のように中国人と中国政府を分けて考えるということを放棄させた。

陣営間の敵対は最も理性が身を置きにくい場所であり、双方とも単純化された考えを採用する。あたかもサッカーのフーリガンのように集まって相手を侮辱し、理由もなく、是非もない。いったん西側民衆とメディアが中国人はチベットに対して植民地主義的態度をとっているとみなしたら、彼らは中国の政治権力が将来どのように変化するかにかかわりなく、チベットは中国の統治から解放されるべきだと思うようになる。中国の民主派の中国民主化後はチベットも自由になるという約束は信じてもらえない。なぜなら制度の変化は民衆の態度の変化とは等しくないからだ。これは将来の中国のチベット問題処理を非常に難しくさせる。

今日の中共はイデオロギー至上の革命党ではなく、投機に長けた現実主義的利益集団である。自分たちの利益からすれば、当然西側との陣営対立は避けるべきである。しかし、事態がどの方向に向かうかは、往々にして内部の論理に左右される。独裁体制の特徴はまさにすべての部分が自己の理性で行動するが、全体の結果は理性から離れてしまうということだ。しかも、全体の利益からも離れてしまう。このような部分理性を合わせると全体の非理性になるという「ナッシュ均衡」は、往々にして事態の方向性を決める。「反分裂」官僚集団の自己にとっての理性的な利害得失計算が、いかにして中国当局の今回のチベット事件における全体としての誤謬を合成したかをこれから見てみよう。

原文:http://minzhuzhongguo.org/Article/sf/200811/20081104101100.shtml

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