思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

「くりかえし」からの脱却神話

2012年07月30日 | 思考探究

[思考] ブログ村キーワード

 先週度土曜日の早朝に放送された、“朝まで生テレビ!”という番組を録画で観ました。
 
 激論!「護憲・改憲・新憲法」施行65年を迎えた現憲法。東浩紀さんを中心にしたゲンロン友の会が作成したゲンロン憲法委員会『新日本国憲法』を話題に憲法問題が論議されていました。

 番組中でも言われていましたが憲法問題を個々の条文を取り上げて話題にするのではなく改憲を視野に入れた憲法全体像についての討議というものは、ある時代まではタブー視されていましたがやはり国のあり方を見ると論議の必要性は必要と思う人が多いように思いました。

 日本のあり方という壮大なビジョン、基本になるのはやはり憲法なのでしょう。

 自分とは何かという身近な問題も、国の中にある「わたし」ということを忘れることはできません。ビジョンが描ける国でないと不安で仕方がありません。私自身の老後は目前に迫った問題、社会情勢は数年前とはがらりと変わりつつあります。

 喜びや苦しみがついて回る人間がまず始めることは何だろうか。ある時点までに「こうなっていたい」と考える到達点、ビジョンだと思います。漠然とした力への意志はありえません。

 番組の憲法改正の一般視聴者からの意見集計は「改憲」が多数でした。時間帯や個人的な好み番組か、投票に関するメカ的な知識や意欲を持っているかの影響もあるでしょうが、一応そのような結果でした。

 護憲か改憲かという話しではなく、このような話し合いが民間の憲法委員会から「新日本国憲法」草案が提案され、現実化はの段階で参考にされませんでしたが明治維新後に全国で新憲法案が作られたように、そのような情熱国民になるよう触発されればと思いました。

 ただついて行く、従っていく、御上に委ねる的なところに個人の生命の危機が直接影響することが現実に示されているのが今の日本です。

 昨夜も国会前の原発稼働反対集会が1万数千人が集まり開催されたようです。ツイッター等の呼びかけに応えて参集する人々、そういう現実が毎週くり返されています。

 安保闘争や学生運動が盛んだったころにはとんでもない騒動に移行しましたが、間違いなく理性的な行動のように思います。

 再稼働には大きな問題があるのは確かです。3.11東日本大震災で瓦解した原発の安全神話。ある面安全神話があったのである一定の繁栄があったことは事実で、その恩恵は確かにありました。

 実際は山岳の馬の背を渡っているようなもの、風が吹けば転落する。

 グリーンランドの氷河が融解している事実と全世界で発生している異常気象。「二酸化炭素」が問題なのは誰でも知っていることです。日本の各地の洪水被害はこの事実の顕現したものではないか。遠くの出来事。3.11とは異なり身近に見る人は少ないのが現実。

 離接的偶然性から見れば、わたしもその災害を受けた場所に生まれていた可能性があったいえる思考を持つことができます。だから他者の痛みが解る。

 呼びかけに呼応する人々には、ビジョンがある。ソーシャルメディアの世界に呼応し新たな神話が作られていきます。

 国民であり住民であり離接的偶然性において今現在の「わたし」がある。それなのに国会前にいない私はどういうことか。

 危機的状況を認識していながら日々を生きなければいけないという現実の壁があります。野田さんもあくまではないビジョンがあるに違いないのですが、明確にできない何かがある。一国の主的な独創性に富む人ならば何かを言うに違いないのですが、そうではない。

 永劫回帰の現実、価値の転換でクリアーできないものか。ソーシャルメディアの世界に呼応し新たな神話だけが、その転換の契機となるのでしょうか。

 国会前には間違いなく力への意志を感じますが、日本人は穏やか過ぎるのも確かです。

 偶然の輸贏(ゆえい)に身を任す。勝ち負けは時の運。

 ある遊技場界の過大広告が問題になっています。ストレス解消のために偶然性に身を任す。休日であろうが平日であろうが、そのような人々がいるのも事実。

 誤りなく理性的ではないと人は思うが、人権は尊重されねばならない。その投棄される現金が福祉関係のお金でも。

 それが永劫回帰の日本の有様です。

 今朝はまた悲憤慷慨の世界に陥ってしまいました。

 今「くり返す」という言葉を使いました。全く別な話をします。

 「々」という文字があります。入力するときに戸惑ってしまう文字です。

 姪が出産後一ヵ月の女の子を連れてきました。ちょうど所用で外出したので会うことができなかったのですが、義父に名を尋ねると「菜々」との答え。文章にすればこれで終わりなのですが、「どういう漢字を書くの?」というはなしになると、ネックになるのがこの「々」です。

 答えは簡単というかパソコンで打つときには「くりかえし」と入力すれば、

と出てきます。些細なことですが感動しました。

 金子みすゞ

 今は自動変換されますが、自動車メーカーの「いすゞ」からCtrl+C・Ctrl+Vをしたことを思い出します。

 「々」は佐々木から、「〃」はどうしていたか忘れましたが今度は楽です。

 今「おなじ」と何気なく打つと、



「くりかえし」と同じようにバーが出ていました。5文字よりも3文字の方が効率がいいので「くりかえし」を撤回し「おなじ」と打つことにしました。

「くりかえし」も「おなじ」もおなじ文字が現れます。

 ソーシャルメディアが新しい神話を作り出しているのは確かです。神話は現実話ではないと言いますが、ソクラテスはそうは言いませんでした。文字のない時代に人々は物語で世の中の理を覚え継承しました。

 メモをしなくても覚え日々を生きたということです。そういう意味で神話は現実離れではなくリアルな世界であったわけです。

 安全神話の負の意味での神話ではなく、新たなる物語、神話をつくる時代が来ている、そのように感じます。

 「くりかえし」くり返される現実を見つめたいものです。

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