思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

一人の人間の存在と死・NHK日曜美術館「野田弘志・超写実絵画の世界」

2011年05月09日 | つれづれ記

昨年の暮れに千葉県にできた写実が専門の美術館「ホキ美術館」がオープンし、NHK日曜美術館で取り上げられ、その凄さに驚き、

  美徳の善のイデア(4)・写実画・ホキ美術館・実体の表現

で紹介しました。


(日曜美術館から・ホキ美術館)

 昨日の日曜美術館では、前回でも取り上げた日本の写実画の巨匠、野田弘志(74)さんに密着取した様子が放送されました。


(日曜美術館から・北海道の自宅の野田弘志さん)

前回の番組内で、野田さんは、女性像と鳩を描きながら、次のように語っていました。

【野田弘志】

 鳩も人物も全部存在が描ければそれでいいわけで、
 それも存在だけ描ければいい。
 そこにいろんな意味合、含みは入れたくないんです。
 
 この言葉にさらに、ナレーターは、
 
 「日本人の美意識の中にあるもののあわれや情緒に流されるのではなく、存在することの重みだけを抽出するためにキャンバスに向かいます。」
 
 と野田さんの心情を語り、さらに
 
 描くものは存在そのもの。
 
と解説していました。

 この語りの言葉に写実画の凄さに惹きつけられました。

 この野田さんが、昨日の日曜美術館で「原点にして究極! 超写実絵画 野田弘志 」と題し今現在の野田さんの写実画に対する考え方が紹介されあらためて感動しました。

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 昨年の放送後、フランスの哲学者メルロ・ポンティに出会い、彼の語る『知覚の現象学』『目の精神』の哲学の世界(私自身よくわかっていない状態で書いていますが、これまでの知識で直観的そのように思っています)を野田さんの写実画を描くという世界と重なるように感じました。

番組には、

出演
 加賀乙彦さん(作家・医師)

VTR出演
 宮尾登美子さん(作家)
 高橋睦郎さん(詩人)
 大沼映夫さん(画家)
 
と、多くの方々が野田さんの写実画について興味深い話をされていました。

 興味深い話は沢山あるのですが、加賀さんが語った挿絵の話と、詩人高橋睦郎さんの「野田弘志論」、そして野田さん自身の今現在の言葉を紹介したいと思います。


(NHK日曜美術館から)

 まずはじめに、作家で医師の加賀乙彦さんと野田さんの関係ですが、野田さんが若いころに、加賀さんが新聞の連載小説を書いた際に、挿絵を担当したのが野田さんという関係で、はじめての野田さんの写実画を見たときの印象を含みながら、野田さんの写実の世界を語っておられました。


(NHK日曜美術館から)

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 加賀さんの新聞連載小説『湿原』で使われた、「鳥の巣」という鉛筆画があります。


(NHK日曜美術館から・鳥の巣)

 加賀さんは、

 実際の鳥の巣は見るも哀れなもで、人を惹きつける「美」というものがない。しかし、野田さんの鳥の巣は気品があり惹きつけられです。現実の世界を超えてしまって、野田さんの絵の中には鳥が一本一本枯れ枝を運んで丸い巣を作った、鳥の営みという動きが絵の中に描き込まれている。


(NHK日曜美術館から)

旨を話されていました。実際私も鳥の巣は見たことがあるのですが、加賀さんが言われていること非常によくわかり感動を覚えました。

 次に「ホッチャレ」という鮭が産卵を終わり死を迎えた状態のことですが、この姿を加賀さんが頼んで描いてもらったときの話です。


(NHK日曜美術館から)

 ホッチャレは、魚が腐りかけている寸前の姿で、美しいものではないが、野田さんの描いたホッチャレはなぜか美しいわけです。命を吹き込んでいるのです。


(NHK日曜美術館から)

確かに腐りかけた魚などは、見るに堪えないわけですが、野田さんの絵には確かに命というか何かが息づいているように感じます

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 野田さんは、これからは人物画を中心に描くことにし、女性実業家で有名な方を描きはじめます。しかし今年の2月に入り大きな壁にぶつかります。


(NHK日曜美術館から)

 その大きな壁とは「手をどのように描くか」ということです。

 野田さんは、ダビンチの描いたモナ・リザが写実画の最高傑作と考えています。そのモナリザの手には血管やしわがありません。


(NHK日曜美術館から)

 野田さんは次のように語ります。

【野田弘志】
 通常手というものは若い女性のてでも人でも血管が浮き出ますし、しわも表われれば・・・だだ、ある何かを超えたいときに、それをクソリアリズムで克明に写せばいいのかなあ・・・そうではないんじゃないかなあ・・・という思いがあるんです。

 モナ・リザは年齢的に何歳(いくつ)ぐらいか・・・当然血管が浮いていたり、筋肉が見えていたり、動きでしわがあるはずですがそれが描かれていない。普通に考えている・・・スーットとした手が描かれているんです。


と、人間の存在という本質に迫ろうとするとき、血管やしわを描くべきか、野田さんは悩んでいました。

 ここで詩人の高橋睦郎さんは、次のように語ります。


(NHK日曜美術館から)

【高橋睦郎】

 レオナルドにしてもフェルメールにしても一種の写実と言っても理想化が行なわれていると思う。ところが野田さんの絵には、理想化はありませんね。
 
 やっぱり対象というものを追及するというか・・・それはもはや美何かではないと思う。

 だからよーく見つめると現代の写実というものは、相当気味の悪いもので、あまり食堂とかに飾ってご飯を食べるような絵ではないと思うんです。・・・本当はね。

 でも見る側にも一種の何というか、目にわざと靄(もや)をかけるということがありますから、・・・それで見ているから、そこに美が見えてくるかもしれませんが、・・・本当は、美でないかもしれない。

 存在というものは、美というような中途半端なものではないということです。

 もっと言うならば、それが本当の美だというふうに野田さんは言うかもしれない。

<以上>

 存在とか美という通常の自分の持つ概念では、ストレートに理解できない内容の話の連続です。

 落ち着いて思考を展開するしかありません。見る視点、対象、さらに受け止めた意味を絵に重ねてみる。そんなことの繰り返しでどうにか理解しようと思いますが、難解です。

 しかし、高橋さんの話は、野田さんの芸術性の肯定・否定の次元ではないことは確かです。
 
 別な視点で、詩人としての視点から見つめているようで、詩人という人間の鋭い感性に驚くばかりです。

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 次に「一人の人間の存在と死」という話です。

 今年の3月に入り野田さんに友人の悲報が入ります。友人の死の姿を目の当たりに見ます。

 葬儀が終わり、野田さんは死の記憶が薄れないうちに絵を描き出し次のように語ります。

【野田弘志】

 何というんですかね・・・生きているときよりも、その人の存在を逆に強く感じますよね・・・。

 とにかく僕の描きたいことは、いつもそうですが「存在論」と言ってまして・・・存在ですけれど・・・これが最後の・・・存在の最後の姿ですよね・・・。

 ものすごく重いと思うんですよね・・・。
 
<以上>

 人は死んでも存在は残る。そのことを描き続ける野田さん・・・。

 4月(肖像画の制作を始めて4ヶ月)

 野田さんは悩んでいた女性の手を描きはじめました。


(NHK日曜美術館から)

 血管やしわを描くことで、生命力を表すことにしました。


(NHK日曜美術館から)

 自らの信じる美を追求し、存在の本質に近づこうとしています。


 作家で医師のさんは、次のように語ります。

【加賀乙彦】

 人びとの死というものは、「美しくあれ」という祈りの中にあって、その祈りの中から写実が生まれてくるんですよ。

 だから写実は、ただ命という神秘に迫らないで、ありのままを描くものでなくて、それが画家の心を揺さぶる何かをそこに描き込むことによって、はじめて本当の写実が出てくる。

 写実というものは、ある人間、ある自然をそのまま描くのではなくて・・・画家の思っている、画家の信じている、ある生命の神秘みたいなものをそこに描き込んでゆくというのが本当ではないでしょうか。

と。この番組は来週の日曜日のも再放送されます。

 存在、現実性の中にあるもの、生というものと死というもの。

 死の中に現前と生を見いだし、見つめる目。

 写実されたもの(物)にすぎないが、確かに息づかいを感じることができる。
 
 屍は確かに生を失い、死んだ人は記憶の中にしか立ち現れません。

 見つめる先の屍には、その屍の姿しかない。

 しかし、野田さんの写実画には、写実の中に営みがある。

 それを描く技術、それはいったい何なのか。

 そんなことは、見る側の、主観でしかない、で一笑に付されるべきものなのか、考えさせられる番組でした。

 

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