いつも僕はいろんなこと(主に哲学)を考えながら学校へ行くのですが、
今日はいままで気になっていた、「この世」の構造をほんの少し悟れたような気がします。
まず、なぜ死の世界や、異空間があるのか?というもの。
あくまで仮定です、あしからず。。。
本当は死後の世界や天界というものは実在するものとします
というか、何でもありの世界があって、それを仮にAとしAでは時間をとめようが空を飛ぼうが何でもあり。
いわばAは今生きている自分たちの精神だけで存在することが可能であり、Aが「本当の世界」。
Aでは生死という概念はなく、人は「存在」の概念でのみ構成される。
そして、今生きている「現実」と”呼ばれている”世界は、Aでの人間たちが作り出す、「生」というあまりに強い定義であって「現実」とはAにとっての「仮想空間」。
そして人間が「死」ぬとAに戻る。「現実」からすればAは死後の世界と呼ばれたり。
また、Aでの精神の存在はまた定義の世界に行く事ができ(ただし一度行くと死ぬまで出られない)、それを「転生」という。
よく前世の記憶を持って生まれる人とかテレビに出ますがww
それは{Aで「生」という定義が弱い人だった}とすれば説明がつくかもしれません。
でもこの話も仮定にしか過ぎませんのでww
でももしこの世の構造がそうだったら、死後の世界とか輪廻転生とかも説明がつく気がする・・・。
そして我らが投擲班は恋に落ちてる・・・。
自分とみっちゃんは常に恋愛には関心ないけど・・・
残りの二人はもう大変!
今日はいままで気になっていた、「この世」の構造をほんの少し悟れたような気がします。
まず、なぜ死の世界や、異空間があるのか?というもの。
あくまで仮定です、あしからず。。。
本当は死後の世界や天界というものは実在するものとします
というか、何でもありの世界があって、それを仮にAとしAでは時間をとめようが空を飛ぼうが何でもあり。
いわばAは今生きている自分たちの精神だけで存在することが可能であり、Aが「本当の世界」。
Aでは生死という概念はなく、人は「存在」の概念でのみ構成される。
そして、今生きている「現実」と”呼ばれている”世界は、Aでの人間たちが作り出す、「生」というあまりに強い定義であって「現実」とはAにとっての「仮想空間」。
そして人間が「死」ぬとAに戻る。「現実」からすればAは死後の世界と呼ばれたり。
また、Aでの精神の存在はまた定義の世界に行く事ができ(ただし一度行くと死ぬまで出られない)、それを「転生」という。
よく前世の記憶を持って生まれる人とかテレビに出ますがww
それは{Aで「生」という定義が弱い人だった}とすれば説明がつくかもしれません。
でもこの話も仮定にしか過ぎませんのでww
でももしこの世の構造がそうだったら、死後の世界とか輪廻転生とかも説明がつく気がする・・・。
そして我らが投擲班は恋に落ちてる・・・。
自分とみっちゃんは常に恋愛には関心ないけど・・・
残りの二人はもう大変!
今日は部活行こうとしたら、庭にイノシシみたいな動物の足が・・・。
信じてもらえないかもしれないけども、
写真撮るのも嫌なくらい・・・。
マジでビックリしたぁ・・・。
それよりもビックリしたのは、イノシシの残骸があるということは、あの恐ろしいイノシシを易々と倒してしまうほどのバケモノのような生き物がこの周辺にいる事・・・。
どんなヤツだよ・・・・。おい・・・・・。
めちゃめちゃ強いじゃん、、、、。
信じてもらえないかもしれないけども、
写真撮るのも嫌なくらい・・・。
マジでビックリしたぁ・・・。
それよりもビックリしたのは、イノシシの残骸があるということは、あの恐ろしいイノシシを易々と倒してしまうほどのバケモノのような生き物がこの周辺にいる事・・・。
どんなヤツだよ・・・・。おい・・・・・。
めちゃめちゃ強いじゃん、、、、。
これはNG!!っておもったCM
auの志田未来さんの
「お母さんとケンカしちゃった時はごめんねってメールを送ります。」
という趣旨のCM。
何がまずいかって、もうそれは言うまでもなく「ごめんね」とかは口頭で伝えるべき言葉。
このCMは現代日本人のコミュニケーション力のなさを象徴してしまったと同時に、口頭でのコミュニケーションとそこにおける対人関係の省略を助長してしまっているように感じました。
vodafone時代の、ソフトバンクではなく、3G機種の発売当時に流れたCMは、そこにはテレビ電話、ムービー写メール、などなど携帯にできるかぎりの全ての、「顔対顔の対人コミュニケーション」を宣伝していたと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=iOL9Ki6rdB0
とくにこれ↑
今の携帯とか、パソコンとかは便利さを追求する代わりに「人間としてあるべき」倫理的要素を欠落させていくのだと思います。
その辺を僕はもう少し携帯のキャリアに要求したいです。。。
また利用する側にも同じく。。。
シャチいいよね
auの志田未来さんの
「お母さんとケンカしちゃった時はごめんねってメールを送ります。」
という趣旨のCM。
何がまずいかって、もうそれは言うまでもなく「ごめんね」とかは口頭で伝えるべき言葉。
このCMは現代日本人のコミュニケーション力のなさを象徴してしまったと同時に、口頭でのコミュニケーションとそこにおける対人関係の省略を助長してしまっているように感じました。
vodafone時代の、ソフトバンクではなく、3G機種の発売当時に流れたCMは、そこにはテレビ電話、ムービー写メール、などなど携帯にできるかぎりの全ての、「顔対顔の対人コミュニケーション」を宣伝していたと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=iOL9Ki6rdB0
とくにこれ↑
今の携帯とか、パソコンとかは便利さを追求する代わりに「人間としてあるべき」倫理的要素を欠落させていくのだと思います。
その辺を僕はもう少し携帯のキャリアに要求したいです。。。
また利用する側にも同じく。。。
シャチいいよね








