●今年も残り3カ月です。今日は9月の月末です。ブログの投稿40日ぶりです。この間、なかなか投稿する気持ちにならず今日になりました。

●昨日、文化センターで「工藤日出夫82年のエレベーター人生を語り、耐え忍んで聴く会」という奇妙な集会を行いました。ご案内を差し上げた方が30人来ていただきました。私は1942年に北海道で生まれ、高校卒業を機に上京し、ミシンの販売会社に入社しました。この会社で配属された企画部長の佐藤祥昭さんから毎週本を渡され、その読後感を聴かれたことを話しました。小学校中学校そして高校と勉強の成績が中の下でしたので、しんどかったですが部長の熱意に促され一年続けました。それが今の自分を形作ったと感謝しています。
●1970年に社会教育出版社に入社し、ライフワークになった「生涯教育(後に生涯学習)」に出会い、大学教授や公民館関係者、文部省の専門官、全国の教育関係職員と親交が深まり、のちに出版社を設立面白い人生が始まりました。出版社の経営では生涯学習を先取りし、売れない専門書を出版し約5千万円位借金しました。そのころ北本市の社会教育委員を拝命し、それを機会に青少年育成活動や観光協の設立などで多くの仲間と巡り合いここでも持ち前の企画力を生かし、面白い活動しました。愛媛県の瀬戸内海に浮かぶ「由利島」という無人島へ、北本市の小中学生25人を連れて無人島原始体験キャンプは今でも鮮明に思い出します。同時に社会教育委員長の岡本枩治さんと会い、人間の生き方、物事の考え方、見方捉え方を教えていただきました。

●埼玉県日高町(現日高市)の生涯学習指導員を契機に「生涯学習社会」の構築が国の政策になり、そこから生涯学習と地域振興のコンサルタント業に転身し、全国的に業務を請け負い10年ぐらいで借金を返済しました。その後、60歳(還暦)の時に北本市議会議員に当選し、現在82歳になりました。「物忘れ」がひどくなる前に、ここまでの谷あり、山あり、谷底迄落ちで這い上がったまさに「エレベーター人生」を聴いていただきました。当時北本市での活動した仲間、特に信友の平田正昭さん(2年前に亡くなりました)の奥様が来てくれ「亡き平田」の活動(武勇伝)を聴いていただきました
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●当時一緒に活動した入澤さんと高橋伸治さんから立派なお花を頂きました。私が聴く会を「生前葬」と言っていたので花を挿し入れたと言っていましたが、ありがとうございます。この日は集まった参加者への感謝、当時の仲間への感謝と共に、苦労を掛けた女房と子供への感謝をしました。紆余曲折の82年の人生ですが、もう少し元気でいられるよう体を気遣いながら前を向いて生きて行こうと考えています。
●今日のブログは変な投稿ですが、四輪クドウの独りごとです。明日からまた気を取り直して議会のことなど書き込みます。








