-中途失聴者のSilent Life-


聾者とも違う、難聴者とも違う。
ある日突然、音のない世界に生きることになった中途失聴者のたわいない日常です。

聞き返し。

2010-01-11 17:43:36 | 聞こえない生活ってこんな感じ。
「ごめんもう1回言って」
「もういいよ、たいしたことじゃないし」

「さっき言ったのに」
「ごめん良く聞こえなかった」
「どうして聞き返さないの」


聴覚障害者が毎日のように経験するこのやりとり。
健聴者がイライラする気持ちも分かりますが、
それ以上に、聴こえないほうはもっと焦って、イライラしています。


★読話の壁

補聴器などで少しは聴こえるにせよ、まったく聴こえず読話(唇の読み取り)に頼っているにせよ、
聴こえない人が会話の中で入手できる情報というのはかなり限られています。
会話の全体が10として、読話だけなら聞き取れて7割。
たいていは4割理解できればいいほうです。

健聴者にとって会話とは、
相手の言葉を聞いて、それに対して何を返事しようか、頭の中で考えるだけの作業です。

ですが、聴覚障害者の場合は、会話はそれだけのものではありません。
聞き取った言葉の断片から相手が何を言いたいのかすばやく推測し、
聞き返して相手の反応を見て、先ほどの自分の推察が正しいか間違っていたかを推測します。
そうしている間にも相手はどんどん話の続きを続けますから、
ついていけなくなるとどうしても「もう一度言って」と言わざるを得ないのです。

「あさごはん」

という単語を口の動きだけで見れば、

「あー・お・あ」

という程度にしか見えません。

読話で理解できるのは、一部の子音と母音のみ。
一連の単語の口の動きを覚えているのでないと、本当にわずかな情報しか理解できません。
たったこれだけの情報から会話を推測しながら会話をするのがどれくらい大変か、想像してみてください。

聴覚障害者が、難攻不落の暗号文に四苦八苦している間に、
会話のテンポを乱された健聴者はつい「もういいよ」と言ってしまうのです。



★「聴こえないなら聴こえないって言ってよ」

聴こえる人からすれば、至極ごもっともな意見。
でも、実際その通りにすれば、会話の最初から最後までずっと「聴こえない」を連発し続けることになってしまいます。


そう。
理解はしていても、決して「聴こえて」はいないんです。
だから、何が聴こえなかったのかすらわからないのです。

これを「聴こえなかったんなら言ってよ」といわれても、
言われたことすらわからないのに、聞き返せるわけがありません。


口話だけで、100%の会話を理解するのは不可能です。
これは、補聴器や人工内耳の人にも同じことが言えます。
読話だけよりも入ってくる情報は多少多いでしょうが、
それでもやはり、難聴者が100%の情報を聞き取ることは不可能なのです。



★聞き返すことは難しい

聞き返しても分からなかったらどうしよう。
と考えてしまうのは当然の思考です。

聞き返したのに、何度言ってもらっても理解できないことがあります。
固有名詞などは特にそうです。
「たなか」の名前を口話だけで理解しようと思えば、相当な時間がかかるでしょう。
ざっと考えただけでも、

たかた/たなだ/さかた/あかだ/はらだ/あらた・・・

などなど。
同じ口の形をした名前は五万とあります。
人の名前だと気付かなければ、絞込みにはもっと時間がかかるでしょう。


繰り返したずねても、何度聞き返しても、これを理解するのは困難です。
そして、聞き返したにもかかわらず理解できなかったとき、
「もういいよ」といわれてしまうこと。
この言葉に、聞き返したほうの聴覚障害者は、
「せっかく何度も言ってもらったのに理解できなかった」という辛さを感じるのです。



★「あの人、会話に入ってこないんです」

なぜだか分かりますか?

これは、実は今、私が職場で一番悩んでいること。

同僚達が、机の周りでなにやら話をしていて。
雰囲気的に、たぶん雑談だろうと思うのです。

こんなとき、健聴者であれば、会話の内容をさりげなく聞いて、
たわいない雑談であれば自分もその中に加わり、
仕事の話であれば黙ってそこを離れることができます。

ですが、聴こえない人にはそれができません。
何の話をしているかわからないからです。
話している様子を見ても、仕事の話なのか、たわいない雑談なのか、判断ができないのです。
ですから、いつも結局自分の席に座って、ずっと仕事をしている真面目社員になってしまう。

周りの社員達の目には、あまり人と話したがらない人、内気でわいわい騒ぐのを好まない人、と映っているかもしれません。
でも実際はそうではなくて、みんなが話していても、そこに入っていくことができないでいるのです。

まぁ、真面目なのはいいことなんですけどね、
これでは、同僚とのコミュニケーションの場が限りなく狭くなってしまいます。

実際私も、入社して1ヶ月、同じ課にいるのに挨拶しかしたことのない人がたくさんいます。
今までの私なら考えられなかったことだけど、今はそうするしかないんです。


聴こえないから話したがらない、という人も確かにいると思います。
でも、性格上の問題だけではない、そういう物理的な壁があることも理解して戴きたいと思います。



聴こえない人と聴こえる人とのコミュニケーション。
こんなにも差があると、もはや別の生き物なんじゃないかと思えてくるほどです。
聴こえないということにこれだけのコミュニケーション障害があると思うと、
昔から、聴こえない人たちの多くが手話という言葉を選択してきたのも、納得できる気がします。


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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (海香)
2010-01-11 21:22:10
私も難聴があるので、職場で一緒に仕事をしているという仲間意識・同僚とのつながり…
そういうものが、他の人と比べれば少ないのだろう、と感じてしまうことはあります。

同僚が、遠く離れたところから座ったまま、上司といろんな話を進めているのを見ると急に凹んだ気持ちになることはあります。側にいてほとんど何も分からないときも同じことです。聞き返す気力とかなくなるときもあるんです。

でもね、私はそれ以上いろいろ考えないことにしてます。
自分から話題を提供してもいいのですが、
職場は仕事をしに行くところですから、仕事中心の話題であっても全然かまわないと思います。(私はそうです)
仕事に興味を持っている、お給料をもらうのがうれしい、その姿勢だけでも同僚に伝われば、苦痛な場所にならないですむと思います。
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聞こえかた (ken)
2010-01-11 21:42:14
文例の「筆談ホスト」に爆笑しつつ、そうそうと大きく頷いておりました。
本当に、こんな情報しか入ってこないですよね。

仕事中でも、自分が入っていい話題なのかそうでないのか分からずに、孤立してしまったり。
本当にあるあると思いながら読ませていただきました。
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海香さん (Ayami)
2010-01-12 21:07:52
確かにまぁ仕事なんで、それはそれでいいんですけどね~。
仕事自体は、私も一人でずっとやってられるので別に大丈夫なんですが。
やっぱり、社内でのコミュニケーションが取れないのは何かと仕事がしづらいことも多いので。

私の場合特に、今までずっと「対・人」の仕事をしてきたので、
仕事時間中ほとんど誰とも話さず、ずっとPCに向かってるという状態そのものが、かなり苦痛なのかもしれません。

やっぱり、同じく浮かんで一日のかなりの時間を過ごすわけですから、ある程度は人間関係作りたいですしね。

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kenさん (Ayami)
2010-01-12 21:10:26
誰もツッコんでくれなかったらどうしようと思ってました(笑)
感動できなさそうなドラマだなぁ・・・。

仕事の話でも、自分が聞いていい内容なのか(聴こえないけど)、聞かないほうがいい話題なのか、そういう判断が難しいですね。
上司に聞きたいことがあるんだけど、他の方と話してるから待ってたら、実はただの雑談だったとか、そんなこともよくあります。

「空気読めない」というのが一番辛いなぁ・・・と最近思ったりします。
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わかる、わかります~ (宇都宮和代)
2014-12-01 21:06:06
中途失聴者や難聴者の抱える深刻な悩み、コミュニケーション障害という、顔に現れない見えない障害

のため 死 をも考えてしまう程の苦しみが、中々理解されずに 誤解され、嘲笑われ、家庭内でさえも、孤立して行く、、、、

そんな貴方に 難聴者とその支援者による 体験談集 冬芽を想う という本を読んで頂きたいと思います。 全日本難聴者~中途失聴者団体連合会 から出版されています

全国には同じ悩みを持つ仲間たち 理解 向上して行こうとする仲間がいっぱいおります

ぜひ お読みくださいまして また、お話ししたいです
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話を聞く気がないやつする気がないヤツ (河尻達男)
2015-08-18 14:59:23
きっとそう言う人って俺が思うに聞こえないの前提で話すから「あぁどうせ聞こえてないし」って思ってるからそうなると思うんだよね。例えば手話ができなくても聴こえない人に伝えたい事があればおれだったら身振り手振りでとかに書くとか伝わる方法考えるしわからなかったらわかるように色々するけどそう言う奴って大した話しじゃないからそこまで考えてる話じゃないんだよ。相手の事考えられない伝えたいって気持ちがない話なんか聞かなくてもいいんじゃない?わかってもらうんだって聞き返すくらいじゃないとちゃんと分かってくれないと思えば真剣に話したり聞いたりしてるんだって普通は思うんだと思うんだけどな。人の気持ちは相手をわかろうとする思いがあってこそわかるものだと思うんだけど
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確かに分かるけどね。 (黒猫)
2015-10-08 21:18:19
中途聴覚障害者はかなり精神的に参ってしまうと思います。

私は物心ついた時から聴覚障害者でしたので割り切っています。

中途聴覚障害者は健常者の目線、障害者の目線が分かりますので・・・。

これを理解できないと前には進めないのですね。

いつも思いますよ。「健常者だって、聞こえるのにちゃんと聞いていない事あるくせに!」

図太く生きるしかないですね。
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