「詩客」短歌時評

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短歌評 〈以後〉の語り方――佐藤通雅歌集『昔話(むがすこ)』覚書 北川透

2014-05-04 12:37:34 | 短歌時評
 東日本大震災以後三年が経った。被災した人、あるいは被災圏にいる人は、なお、三・一一の悪夢に苦しめられているが、遠く離れて情報や映像としてしか、大震災を経験しなかった人の間では、災害の記憶は風化し始めている。今後、両者の間の記憶の落差は広がる一方だろう。これは人間の記憶や経験というものの持つ自然であり、如何ともしがたい。しかし、それとともに被災者の孤立や孤独は深まらざるをえない。おそらくこの人間的自然の不条理や残酷さに、本質的に関わることができるのは、文学や芸術しかない。詩歌はその核心にある。それは個別を普遍に、瞬間を永続的なものに繋げる力を持っているからだろう。
 佐藤通雅歌集『昔話(むがすこ)』は、直接的な大震災の被災者ではないが、被災圏(仙台市)に住んでいる立場で、大震災〈以後〉を短歌の形式でうたっている。佐藤さんは「あとがき」で、《東日本大震災に遭遇した夜から、多作になった。ライフライン全てを失って、低体温症すれすれの日々を送りながら、「このいまを、ことばにしておかなければ」という衝動を覚え、しばらくは一日一〇~二〇首作りつづけた。》と書いている。こういう衝動は、ものを書いている人間なら、誰でもが持つものだろう。パソコンでツイッターに投稿していた和合亮一も、直後の三月十六日に《行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います。》と書いている。彼のツイッターに寄せた一連のメッセージは、ほぼ三カ月後には、『詩の礫』にまとめられて刊行され、大きな反響を呼んだことは、よく知られているだろう。
 もとより、ここで佐藤通雅と和合亮一の大震災への対応を、比較しようというのではない。詩人や歌人が、大震災のような、生涯に二度と起らない、天変地異の異常時に遭遇したり、直面したりした時に、それをことばにしたいと思う強い衝動にかられる、その共通性に注意したいだけだ。ただ、和合さんの『詩の礫』が三カ月後という早い時期に本になったのに対して、佐藤さんの歌集がまとめられるには、三年以上の歳月を要した、ということは注意した方がよいかも知れない。佐藤さんは後記にあたる「『昔話』覚書」で次のように書いている。
この間、被災圏にいるものとして、心に去来する問題はあまりにも多かった。しかし、世間から忘れ去られようとするころから、本当のたたかいははじまるという思いが、はじめからあった。現にそのとおりになり、瓦礫が消えていくころから、多くの人の心身は病みはじめた。私自身も例外ではない。歌に力があるとしたら、ここからのことだろう。
 福島に住む和合さんは、まさしく地域社会や生活の崩壊の渦中にあって、恐怖や絶望のことばを、石の礫を投げるように、ツイートした。その片言の詩的表現が和合さんのことばの特質だった。しかし、佐藤さんは、ツイッターと言う場所を持たない。ことばにしたいという衝動は同じでも、短歌という形式や発表の場所が前提となる佐藤さんには、反省的意識が働かざるを得ない。世間と言っても、地域社会といってもいいが、そこでは時とともに、大震災の記憶が風化しはじめ、瓦礫が片付けられていく。しかし、震災の苛酷な経験や記憶を抱え込み、なお、心の中の瓦礫とともに生きざるを得ない人々の病は、いっそう昂じていく、いかざるをえない。佐藤さんのことばや歌は、そこにこそ内的なたたかいの根拠を見出している。《歌に力がある》ことが信じられなければ、生れてこない発想だ。だからこそ、東北に伝えられる『遠野物語』や昔話のように、一〇〇年後、一〇〇〇年後まで語り伝えられることが思い描かれる。いま、歌に書き遺して置きさえすれば……と。
 この歌集の構成は、「Ⅰ 昔話(むがすこ) 二〇一一年」と「Ⅱ 立ちくらみ二〇一二年」と、年代別に二つの章に分けられている。あまり、その区分にとらわれず読んでいこうと思うが、冒頭は、震災直後の不安と寒さで凍える身体に触れる歌から始まっている。

 背も足も冷えて眠れず help! help! 応えくるるは余震のみにて
 冷凍の肉(しし)のごとくに冷えきりし肩にてのひら当てて明け待つ
 せつかく生き残ったのだから――とはいへど体に杭打つごときこの寒


 三月一一日の東北はまだ寒気が厳しい。電気が来ないから暖房は使えないし、余震の中で火を起すことは危険だ。たとえ生き残っても、ただ冷凍の肉のように、身体に杭を打たれるように寒さに耐えるしかない。そんな地震直後の厳寒の状態が、生き残っている者を死者に近づけている。生きていても生きている感じがしない、ということは、死者に対する感覚も麻痺している状態だ。そこで《死者の数、千否万の単位にも驚かずなりしわれを憤る》、《死者三万数値ではなく実物を並べてみよ国会議事堂前に》という対照的な歌も生れる。東日本大震災は、巨大地震が大津波をも伴ったがために、死者は驚くべき数に達した。和合さんの『詩の礫』は二〇一一年五月二六日で記述が終っているが、そこで記録されている死者行方不明者の総数は、一二四七一人だが、現在の公式発表では二一六一三人にまで増えている(総務省消防庁災害対策本部、二〇一四年三月七日発表)。佐藤さんがこの歌を詠んでいる段階では、まだ数は確定しないで動いていただろう。
 先の引用歌の前者では、あまりにも災害が現実を超えているために、一万人を超える死者の数を聞いても、無感覚になっている自分への腹立ちがうたわれている。同じく後者の歌では、それと同時に死者を数値で並べるだけで、彼ら一人一人の生活や生涯、それらが中絶した悔しさへの想像力を欠いた者たちへの怒りも抑えがたい。その怒りの矛先が、政党や政治家、世間や国民に向けられず、議会制民主主義の統治の殿堂《国会議事堂》に向けられているところに、おそらく一九四三年生れの佐藤さんが、世代的に持っている政治感覚の特異性が映し出されているだろう。
大震災は二万人を超える人命を奪った。でも、東北ではこうした大災害は過去にも繰り返されており、それは昔話として現在に伝えられている。次に引く歌では、今回の災害も、同じように昔話になる時が早く来て欲しい、ともうたわれる。それがこの歌集のモティーフでもあり、題名にもなっている。

 昔(むがす)むがす、埒(らづ)もねえごどあつたづも 昔話(むがすこ)となるときよ早(はよ)来よ

 東北方言が昔話のモティーフに、やわらかい語調で協和していて、わたしのもっとも好きな一首だ。いまの現代短歌の動静を、よく知らないが、東日本大震災が、こういうモティーフでうたわれることは、他になかったのではないか、と思う。しかも、この歌集では、この方言の歌一首から、『昔話(むがすこ)』がタイトルに取られている。ただ、この風土的な形姿が、歌集の際立つオリジナリティであるにもかかわらず、なぜ、方言の歌は、この一首しかないのだろうか。これの印象が強いせいか、わたしはもっと方言の歌を読みたい、と思った。
方言が使われた方が、〈昔話〉のモティーフにもふさわしいし、それがまた音韻的にも、他の歌に対する異化効果を出したはずだ。もっと言えば、震災で痛めつけられている風土に、寄り添っている方言が、予期せぬ鎮魂歌の調べを奏でることになったのではないか、とも思う。
 それはともかく、短歌は短いが故に、逆に、三・一一以後の被災地のさまざまに移り変わる動きに対する心の微妙な転変を、写しだす記録的機能を持っている、と言えるかもしれない。震災〈以後〉の記録の要素の強い歌を数首あげて置こう。記録といっても、写真や映像と決定的には違うのは、外部の光景と内部の心象が、互いに交錯するリアリティが浮き出ているからだ。

 着の身着の儘床にもぐりて耳は聞く壊滅しゆく三陸のさま
 斎場に間断もなく運ばるる海に往きたる無数の死者が
 思ひつきり脱糞もせよ宵ながらつひに水道が復旧したる
 遺体安置所の看板も消え中学のバスケの子らはすばやく走る
 家族不明も家屋流出も日常語の抑揚のうへに載せて語らる
 「震災後精神衛生講座」あり一杯の人身じろぎもせず
 内部被曝測らばわれも例外といふわけにもいかぬ 金魚よ


 被災地に住んでいても、大震災のことは、一切、歌にも詠まず、詩にも書かない、という立場はありうる。沈黙ということも、表現者の取りうる一つの態度だ。また、自分の表現の連続性の中で、他のことは書き続けるが、大震災については書かない、ということも、別の態度としてありうる。人の生き方は多様だ。それは心の持ち方、詩歌のモティーフの多様性に通じている。マスコミを通じて流される圧倒的な情報量や刺激的な映像、微にいり細を穿つ解説は、大震災の詩歌表現を画一化し、類型化する要素でもある。被災地にいても、遠くに離れていても、この画一化に感染する危機は同じだ。むしろ、被災地にいて、この危機に自覚的な表現者は、ことばが貧しくなる傾向さえあるだろう。
 震災を素材にして歌を作ることが、犠牲者や被災者に対して不遜な行為ではないか、という畏怖に似た気持は佐藤さんの後書きにも垣間見られる。こうした配慮から、ある種のことばへの、あるいはレトリックへの不信が起っても不思議ではないだろう。これがことばを貧しくする。しかし、不可避的な貧しさは詩の成り立ちにとって、必ずしもマイナスではない。強力な現実の侵犯力を前にして、何をどう語るか、何をどう歌うかだけが問われるのだ。そこではおそらく、装いを捨てて初心に帰ることができるかどうかが試される。むろん、わたしは佐藤さんが、それに自覚的であるかどうかは知らない。ただ、以下のような歌の姿に、初心に帰っている佐藤さんを見る思いがするだけだ。

 どうして、こんなことに……と絶句して深夜の声の しどろもどろ
 〈海(あなた)をうらんでいません。けれどけれど、わたくしの子をかえしてください〉
 《「ただいま」という声がしてふりむいた。あの日からいつもふりむいてばかり》
 《なにもかもかたづけられていく、消されていく。まってください、声がするんです》
 ユルキャラがぴよこんととびだしてきたさうだなホットスポットといはるるところ
 歌ができぬもうほんたうにできぬかもこみどりの葉をぬらしてぞ雨
 〈汚染物後生大事に積み上げて滅んださうな あの星がそれ〉
 正規雇用 非正規雇用 美しい韻律を持つ国の悔しさ


 わたしはこれらの歌に、強い共感を覚えながら、どこかで、もっと壊れよ、もっと壊れていいいんだよ、と辛口応援団のように、この歌集に呼び掛けている自分自身がいることに気づいた。二重山括弧《 》の中は、口語脈の話ことばだが、山括弧〈 〉の中や、括弧のない歌は基本的には口語脈を保ちながら、文語的な語法が入っている。この括弧がすべて取れたらいい。そして、すべてが文語脈を脱ぎ捨てた話体になっちゃったらいい。短歌であることを忘れるくらい、もっともっと貧しくなっていいのではないかなぁ。それがすべてを海中にもぎ取っていった、大震災や原発事故を語る語り部の位置にふさわしいのではないのかなぁ。
 もとより、わたしは最近の優れた一冊の歌集として。これを推奨したい、という強い気持ちを持っている。しかし、この括弧の防御壁と文語的な語法が、昔話の語りのモティーフを裏切っているような気がしてならない。それが《美しい韻律を持つ国の悔しさ》ということだろうか。むろん、《悔しさ》は《幸せ》への回路を持っているからこそ発せられるのだろう。作者のアンビヴァレントな自覚はわたしの拙い感想にも通じている。美しい韻律を持つ歌の悔しさ、あるいは幸せ……?            (2014・5・3)
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