「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

【短歌連作評】 大辻隆弘「偸盗」を楽しむ  高塚謙太郎

2018-05-03 12:56:38 | 短歌相互評

大辻隆弘「偸盗」http://shiika.sakura.ne.jp/works/tanka/2018-04-07-19153.html
評者 髙塚謙太郎

 歌はつまるところ、韻律というバグと私という物語が生み出す抒情のことではないでしょうか。いわば調べと歌言葉が縒った一条が歌です。短歌では韻律は主に音節のことですが、もちろん母音子音の配置も一役買っています。大辻隆弘さんの連作「偸盗」十首でそのことを簡単に確認してみましょう。


砂利のうへの竹あかるくて三月のビルの屋上庭園しづか

 初句、濁音そしてほとんど気づかない程度の字余りで軽くつんのめります。〈ジャ〉という口中の幼児的な心地よさが自然と「うへの」への流れに乗っかる感じもします。二句のア段の連打とタ行カ行の緊張、三四句にある3つの濁音、この移りゆきがこの歌の韻律です。結句のおあつらえ向きのおさめ方が逆に歌全体にざわめきをもたらしているような気もします。「の」によるそれぞれの句の接着面にも光が届き歌を貫いています。韻律の遊びに対し、「砂利」「竹」「庭園」といった語の選択は少し大人びすぎているかもしれません。


わが眸(まみ)のくぼむところに手の甲を押しあててをり午後のはじめは

 「わが眸の」という初句の大上段の切り込み方に、ある種の微笑ましさを見たならば、この歌を楽しむ資格が与えられたと思ってもいいのでしょう。「午前」ではなく「午後」であるところに一種のずらしがあるようですが、連作の最後まで進むには「午後」である必然もあるにはあります。


昨夜(きぞ)の背のさびしき反りをおもひつつ莢ゑんどうの筋を外(はづ)しぬ

 「昨夜の」という摩擦のあと、サ行の繰り返しによる練磨、三句「おもひつつ」による小休止、これらがあってはじめて眼目の四句結句のおもしろみが生きてくるのです。もちろん「背」の「反り」との意味上の連絡もあるのでしょうが、独立して「莢ゑんどうの筋を外(はづ)しぬ」という剣呑かつエロティックな突如性が楽しい歌なのです。しかし連夜で元気なものです。


裸(はだか)木の柘榴にあかき葉は芽ぶき Shame! といはむ一人だになし

 「は」という不安定な音から各駅で「だ」「ぎ」と濁音を置いた初句、濁音スタートから「あかき」という口中の運動性へ続けた二句、そして三句「葉は芽ぶき」という舌足らずな流れ、これらがすべて幼児的なエロを支えていて、赤面することなしには下句を詠みとおすことができない、そんな幸福を私たちに与えてくれています。


ゆふかげは向かうより射し梅の木のしだるる枝のひかりするどし

 正統な和歌の調べを今もって提出し続けることに対して、意味を求めることほど愚かなことはないでしょう。真ん中に「梅の木の」というこれ以外あり得ない語と韻律を持った句を置いた大辻さんの見識に敬意を表したいと思います。初句のヤ行ではじまり、途中いろいろな韻律上の仕掛けを経て、サ行でおさめる、これも技術です。


葦のかたへ過(よ)ぎりゆくとき葦の間を梳(す)く夕つ日に輪切りにされぬ

「輪切りにされぬ」という不吉かつユーモアのある結句が、「葦」の「間」の夕べに漂うはずの情念を冴え冴えとした光景に仕立ててくれています。葦分け小舟に乗って、どうせろくでもない秘密を抱えて進んでいる「偸盗」の姿がまざまざと浮かび上がってくるようです。各所に配されたア段がそれをあっけらかんと支えています。


木蓮の花びらははやかそかなる黄のいろを帯び濁りつつあり
もくれんの多(さわ)なる花を揉みしだく風は来てその平たき面(つら)


 「木蓮」と「もくれん」、この使い分けに歌の調べと姿への大辻さんの詩学を見ようと思えば見られるのでしょうが、それは少し大儀です。この二首をさっと眺めた感じでは、事前であるか事後であるかを、いわば文字をひらくことによって示しただけとも言えるでしょう。それはとても好ましいことだと思います。
 「木蓮」の歌の場合、二句三句のそれぞれの頭のハ行、そしてア段の連打が切迫した衝動を軽やかに見せてくれています。結句までの後半部のたどたどしい韻律によってその息づかいもよくわかります。
 「もくれん」の方は、二句三句でサ行音が接触音や衣擦れの音を鮮やかに示し、四句結句のカクカクした韻律が「偸盗」の事果てて後の賢者の時間をよく表しています。


うらわかき偸盗(ちゆうたう)のごと息づきぬ桜の坂のなかばまで来て
花影のなかなるわれはおぼめきて川のながれを眩(まばゆ)しと見つ


 この二首の、歌でありながら俳味を帯びた落ち着きは、ここまでの八首を経た今となっては、読み手のそれぞれの心象風景の感もあります。「花」と通じた「偸盗」の呆然と立ち尽くす姿が微笑ましくもあります。
 楽しく花もある連作でした。
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1 コメント

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ありがとうございました (大辻隆弘)
2018-05-03 21:14:10
調べを中心にしたご批評、本当にありがとうございました。

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