「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句時評 第115回 宇佐美魚目「研究」序説 中西 亮太

2019年11月03日 | 日記
0.個人的イントロダクション

 魚目を知るきっかけはある人に紹介されたからだった(直接話したのか、その人が書いた文章を読んだのかはわからない)。それで『魚目句集』(2013年、青磁社)を読んで、すっかり好きになった。その時の記録が手元にある。その時の記録はそこそこ熱を持っているように見え、好きな句集の順番までつけている。ここで「一番好きな句集」として位置づいているのが、以下で中心的な役割を果たす第二句集『秋収冬蔵』である。
 本稿の究極の目的は魚目を読むための「問い」を導くことにある。この目的を果たすためにさしあたり「総合誌」で語られる魚目像を主たる参考としたい。
 ところで文章の依頼は「魚目のこと書いてみたら?」という誘いから始まった。10月19日は「魚目忌」である。時評と言えば、時評にもなるだろう。

1.「魚目」はどう発見されたか

 宇佐美魚目の名前が総合誌で大々的に取り上げられたのは、1973年『俳句 5月号』の「特集・期待する作家」である。この特集は当年通年掲載された特集であり、多様な作家が取り上げられている。ここで魚目は森澄雄から「期待」されている。(このとき同じく取り上げられているのは鷹羽狩行で、水原秋櫻子から「期待」されている。)
 澄雄は「編集部から資料として与えられた」第一句集『崖』と本特集に寄せられた「秋収冬蔵」二十五句を読んでいる。澄雄は『崖』に対して、「率直な感想の中には、その適確な表現力、独自の世界を認めながら、なおかつ、現代俳句一般にみられるひとしなみな表現と、その中にある余分の表情とにぎやかさがあることに不満がなかったわけではない」と述べる。一方「秋収冬蔵」に対しては、「表現はいよいよ単名と清澄を加え、その単名の中のゆとりと緊張、適確な写像に重なって見える不思議に静謐な世界――。〔中略〕その作家の意志する世界に僕の共感があり、大きな期待がある」と述べる。

  立木より縄ひつぱつて露の畑  「秋収冬蔵」

  葉生姜や山うごかして水を汲む 「同」

  すぐ氷る木賊の前のうすき水  「同」

 澄雄の「共感」とは何か? 澄雄は古典の持つ、「微妙なゆとりと豊かさ、その中にある緊張、そして歴史の時間に現れた古典の静謐さ」を是としている。そして、作品が批評の中で解析され、その結果に「余分な表情とにぎやかさ」をまとうようになりつつある現代俳句を批判している。この観点の下、魚目は静謐さを持つ点で共感を得、期待の作家となった。  
このようにして、「時に「青」誌上に作品を散見する以外はほとんど知」られることない魚目は、澄雄によって鑑賞・批評され、発見されたのである。

2.魚目の転回

 森澄雄による魚目の発見、とりわけ『崖』とその後の変化は多くの人が後に論じることとなる(後述論者以外に大峯あきら(1973)、飯島晴子(1979)、前田直子(1981))。澄雄は、魚目に見られるこの変化を「年齢の成熟にちがいない」と述べている。しかし、澄雄による「魚目発見」以後の評論を読めば、魚目の転回には興味深い点が見出されるのである。
 中村雅樹(2008)によれば、魚目は1961年頃から二年間ほど、俳句から遠ざかっていた(『崖』は1959年)。この時期、絵画や銅版画といった芸術鑑賞を積極的に行っていたようである。そしてこうした経験を踏んで、魚目は「わたしくの歌」として俳句に取り組むようなったとされる。
 大串章(1977)は第二句集『秋収冬蔵』を「〈魚目の乾坤〉とでも称すべき、独自の世界を示す」ものとして捉える。そこには『崖』に見られたような「鍛錬稽古ぶり」はなくなり、「『崖』を読み進んで来た者の目には、これはやや異様のものと映る」句が展開されていることを指摘する。そして章も魚目の芸術鑑賞経験に触れ、前衛芸術からの影響を見出す。

  自動車解体こほろぎ産卵管を地へ  『秋収冬蔵』

  馬頭すでに物体(オブジェ)波打つ堀の雪  『同』

 しかし、章はこれらの句の間に、後に魚目俳句の特徴となる世界への欠片を見出す。
 
  秋水を魚落ちゆけり人の息  『秋収冬蔵』

 蚕具焼く火に雪嶺の線揺ぐ  『同』

 章によれば、魚目の世界が確立するのは1970年からである。ここには二つの特徴があると言う。一つ目は、虚実の間の〈波紋〉を的確に把捉していること、二つ目は、〈生のいつくしみ〉の原理が貫いていることである。前者は、魚目俳句で描かれる広大な世界に対し、その確かさを保証する何ものかが添えられる特徴を示すものである。また後者は、自然の中に人や小動物を描くことでその命を際立たせることを示すものである。

  桟や花眼に氷る石の数  『秋収冬蔵』

  古桜昼夜わかたぬ雪の中  『同』

  馬もまた歯より衰ふ雪へ雪  『同』
 
 以上のように、魚目俳句には『崖』と『秋収冬蔵』の間で転回が見られる。しかし、それは「年齢の成熟」という単純な成長によってもたらされたものではなく、魚目個人の格闘の結果なのであった。

3.魚目に対する批判

 ここまで取り上げてきた論考は魚目の転回をその世界観確立の契機として好意的に捉えるものであった。こうした中で、夏石番矢(1979)は魚目を批判的に捉えた(発見し得る限り唯一の)論考を寄せている。
 番矢は『秋収冬蔵』を初めて読んだ時、そして再読してもなお感じる「すっぽかし感」を語る。ここで番矢は魚目俳句に魚目の個人的な「思い入れ」が挿入されていることを指摘する。曰く、魚目俳句には「伝統俳句によくみられる〈自然〉への帰依のパターン」がある、しかし、ここで描かれる自然は「〈自然〉そのもの」ではない、と。

  空蟬をのせて銀扇くもりけり  『崖』
  
  山はなれくる雪片に菊にほふ  『同』

  冷ゆる戸を出でてはさくら下刈に  『秋収冬蔵』

  夏闌けて硯やすらふ水の中  『同』

 人は何らかの〈共同体〉のイデオロギーを通して自然を把握するものであり、魚目もその例外ではない。しかし魚目俳句は魚目の極めて個人的な「思い入れ」が差し込まれるがゆえに〈共同体〉からも「疎外」されてしまっている。例えばそれは、特定の「銀扇」であり、特定の「雪片」であり、特定の「」であり、特定の「」に依拠している点であろう。こうした〈共同体〉を超えた「個」としての経験を他者と共有することは難しく、また、この経験を通して描かれる自然は「偽」に過ぎない。以上が番矢の指摘である。
 ここから番矢は、〈共同体〉に縛られることを本性とする作家は「世界=全体性の此岸にいる地点から俳句を書いて」いくことに自覚的であるべきだと考える。番矢はこの立ち位置に立った作家として虚子を挙げ、この地点からの句作が可能であることを導く。一方で、魚目俳句のようなスタンスに対しては、「〈自然〉への帰依とも言うべき態度は、おのれの立つ地点を見きわめず、対岸へ飛ぼうとする「いま」「ここ」からの逃避であり、その企図の矛盾は初めから胚胎している」、「世界=全体性に近づくためには、作品行為を、世界=全体性との対抗力をうける地点で遂行しなければならないだろう」と批判するのである。
 
4.魚目を学ぶための問いを立てる

 以上、総合誌で語られる魚目像をかいつまんで来た。ここまでで触れて来た内容を簡単に振り返れば、①魚目俳句は一種の「静謐さ」を持っている(澄雄)。②魚目俳句の「静謐さ」の背景には、「虚」としての広大な世界を支える「実」があり、また、虚実の組み合わせを通して「生へのいつくしみの原理」が貫かれている(章)。一方で、③魚目俳句は個人的な「思い入れ」が支えており、そこで描かれる世界あるいは自然は、その思い入れを共有しない他者には理解しえないばかりでなく、偽の世界、自然にすぎない(番矢)。
 このようにまとめた上で、最後に魚目を読むための問いを作り出そう。

 (1)第二句集『秋収冬蔵』以後の魚目俳句とはいかなるものか?
 『秋収冬蔵』以後の魚目を論じるものは少ない。もちろん、第三句集『天地存問』以降に発表された論考も存在するが、『魚目句集』が出版されている今、より体系的・全体的な追究が可能となっていることも確かである。一般に膾炙している魚目俳句は澄雄や章に沿って理解されているように思われる。しかし番矢の批判が世に存在している以上、「偽」と指摘された魚目俳句の世界観の維持は相当の思想的・方法論的立場を持ってその地場が固められているのではないだろうか。

 (2)魚目と「青」あるいは波多野爽波をいかに結びつけるか?
 武藤紀子(2019)は魚目の「最後のインタビュー」として興味深い内容を語る。この記録は魚目にとっての「青」あるいは波多野爽波に興味を持つきっかけになった(素朴に読めば、爽波へのネガティブな言説が取り上げられている)。一方、大串や中村は「青」時代の俳句を並べることで、『崖』から『秋収冬蔵』までの転回を読み取っているという背景もある。そして魚目はその後も長く「青」に所属した。このような魚目の経歴に触れ、最後のインタビューに触れ、では、魚目にとっての「青」や爽波とは何なのか。

 (3)魚目はどう論じられたか?/魚目は何を論じたか
 この問いは上記の二つとはややニュアンスが異なっている。本稿は総合誌に寄せられた論考の一部に限った検討をしているに過ぎない。一方、結社誌にまで目を広げれば、語られる魚目像、あるいは鑑賞される俳句も多様化することが期待される。さらに、魚目を以上、魚目俳句、そして魚目の言葉にも耳を傾けなくてはならない。例えば、中村の著作は出版当時までに世に出ていた第六句集まで、そして結社誌や総合誌を読んだ上で書かれたものである。もし中村の研究に何か付け足すことができるとすれば、あるいは描かれきれなかった魚目とはなんだったのだろうか。

 以上三つの問いをもって、本稿を閉じることとしたい。



資料集(★は収集中)
森澄雄(1973)「宇佐美魚目氏に期待する」『俳句 5月号』、角川書店。
大峯あきら(1973)「白き「時」の裸形」『俳句 5月号』、角川書店。
大串章(1977)「宇佐美魚目論」『俳句 2月号』、角川書店。
岡井省二(1979)「風信春秋」『俳句研究 6月号』、富士見書房。
飯島晴子(1979)「宇佐美魚目掌論」『俳句研究 6月号』、富士見書房。
島谷征良(1979) 「宇佐美魚目掌論」『俳句研究 6月号』、富士見書房。
夏石番矢(1979)「宇佐美魚目の対岸からの吃音」『俳句研究 6月号』、富士見書房。
友岡子郷(1980)「宇佐美魚目と『崖』」『俳句研究 4月号』、富士見書房。
前田直子(1981)「宇佐美魚目」『俳句研究 9月号』、富士見書房。
大串章(1989)「魚目さんの俳句」『俳句 8月号』、角川書店。
飯田龍太ほか14名(1989)「『草心』の一句」『俳句 8月号』、角川書店。
中村雅樹(2008)『俳人 宇佐美魚目』、本阿弥書店。
★中西夕紀(1999)「宇佐美魚目「美と魂」」『俳壇 9月号』、本阿弥書店。
★??(2010)「ブックレビュー・宇佐美魚目『松下童子』」、『俳壇 7月号』、本阿弥書店。
武藤紀子(2019)「存問の心」『俳句 1月号』、KADOKAWA。
中村雅樹(2019)「分かってたまるか」『俳句 1月号』、KADOKAWA。
中村雅樹(2019)「永遠の景」『俳壇 1月号』、本阿弥書店。
武藤紀子(2019)「最後のインタビュー」『俳壇 1月号』、本阿弥書店。
榎本好宏(2019)「魚目さんと森澄雄のこと」『俳壇 1月号』、本阿弥書店。
中西夕紀(2019)「七十代の魚目先生」『俳壇 1月号』、本阿弥書店。
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俳句評 佐川盟子句集『火を放つ』を読む 秋月 祐一

2019年10月26日 | 日記
俳句評 佐川盟子句集『火を放つ』を読む 秋月祐一

 白くて美しい本である。現代俳句協会の「現代俳句の躍動 II-5」と位置づけられた佐川盟子句集『火を放つ』は、著者自身による装丁の本。表紙には、黒犬の走る姿が、墨絵のようなタッチで描かれている。白と黒の対比が、読者にあざやかな印象をのこす。

  犬放つやうに野焼の火を放つ

 表紙の犬は、この表題作から材を取ったもの。
 野焼きの火が、さあーっと広がってゆくのを、解き放たれた犬に見立てた句である。「犬放つやうに」という直喩から「野焼の火を放つ」へと展開されるストレートな文体や、二度くり返される「放つ」という言葉が、つよさを感じさせる。

  雪景色山芋すりおろしたやうに

 こちらも見立ての句。おそらく、山野の雪景色ではないかと想像するが、一読、あっと思わされ、今後、雪景色や山芋のすりおろしを目にするたびに、この句を思いうかべることになりそうだ。
 この二句からもうかがえるように、佐川盟子の句には、作者の物を視る目のたしかさと、その観察をひと息で言い切るような文体の力づよさに特徴がある。

  滔々と流れ岩魚を動かさず

  ほたるいか海の底へと地はつづき

 一句目。魚は川の流れにさからって泳いでいるから、止まって見えるわけだが、ここでは渓流の流れのほうに着目。滔々とした流れが岩魚を押しとどめている、と捉えた逆転の発想がおもしろい。
 二句目。「海の底へと地はつづき」にも、作者の物を視る力が発揮されている。「ほたるいか」という季語との取り合わせからか、この句はどこかなまめかしい。

  三月来そのときそこにゐなかつた

  真葛原むかしイチエフありました

 作者は福島県の人である。一句目。東日本大地震のとき、作者は福島にいなかった。そのことに対する複雑な思いがあるのだろう。一見さりげなく、読み過ごしてしまいそうな句だが、この句集を読み解く上で重要である。
 二句目。イチエフは福島第一原子力発電所のこと。イチエフが廃炉となって、葛の葉に覆われる日が来ることへの願いが込められている。
 この二句は、句集のそれぞれべつの場所の、日常的な明るい句の合間にそっと置かれている。声高に主張するのではなく、作者の意識の核にある問題を、しっかり書き留めた句として注目しておきたい。

  春の蚊を起して畳む段ボール

  寝なさいと寝た子を起こす春炬燵


 佐川盟子には、すぐれたユーモアのセンスがある。
 一句目。段ボールの片づけをしていたら、そのあいだから一匹の蚊がふわりと飛び立った。春の蚊を「起して」と表現したところに、視点のやわらかさを感じる。
 二句目。春炬燵で寝てしまった子に、ちゃんと布団で寝なさい、と呼びかけている場面である。それを「寝なさいと寝た子を起こす」という言葉遊び的なフレーズにまとめたところに、作者の機知がある。

  荒星や指の知りたる鼻の位置

  肉を切る刃物ときどき西瓜切る

 一句目。木枯らしの吹く星の夜、暗さの中でも、指は鼻の位置を知っている。
 二句目。日頃は肉を切るのに使う包丁を、夏場はときどき西瓜を切るのにも使っている。
 どちらも、意味内容は単純明快だが、いざ俳句を書こうというときに、なかなか、こうは表現できないものだ。
 『徒然草』第二二九段に「よき細工は、少しにぶき刀を使ふといふ」という一節があるが、この二句に通じるものを感じた、と言ったら褒めすぎだろうか。物のよく視えている作者が、あえてとぼけた表現をしているような鋭さが、これらの句から感じられるのである。
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俳句時評 第114回 「俳人のみつけかた」 廣島 佑亮

2019年10月06日 | 日記
 東海地区の俳句団体である「中部日本俳句作家会」(以降、中日作家会)は、昭和23年5月に中日新聞文化部所属の加藤鎮司(早蕨、俳句評論、橋代表)が「俳句の枠を取り去った新しい俳句の推進」を目的に立ち上げたのが始まりである。昭和30年より会員のアンソロジーである「年刊句集」を毎年発行している。出稿者の中から1名もしくは2名に、「中部日本俳句作家会賞」が贈られる。受賞者の中には忘れられたり、個人句集を入手できなかったり、個人句集を刊行していない俳人がいる。今回は、歴代受賞者を紹介しつつ、中部俳壇の歴史を見ていこうと思う。句は受賞作品から抜粋、結社は受賞時の所属。


◎第1集 昭和30年度
小島武男 (こじま たけお)
 大正元年(1912)生。結社:「早蕨」。平成2年没。内藤吐天主宰の「早蕨」同人。内藤吐天逝去後、昭和52年「橋」創刊に参加。昭和63年「橋」代表。句集:「感傷植物」

  吾子生まれしこゑへ覚め耀る夜の林檎
  吾子へ降る牡丹雪軀をうちあひつゝ
  子の机春の霞へちかく置く


塚腰杜尚 (つかこし としょう)
 大正11年(1922)生。結社「天狼、環礁」。平成25年没。山口誓子、加藤かけいに師事。「天狼」同人、「環礁」同人。「森」主宰。句集:「都会派」

  天心に触れつゝひばり翅つよし
  死に瀕し金魚が水を彩れり
  凩が凩を追ふ天涯まで


◎第2集~第4集 受賞者なし

◎第5集 昭和34年度
中村吉子 (なかむら よしこ)
 昭和4年(1929)生。「早蕨」。「早蕨」同人。「早蕨」終刊後は無所属。

  樹々若く万朶の花の接吻(きす)する唇(くち)
  少年哀し黒きレースの手を待つや
  騎馬朝露に疾駆の鞭を乙女より


◎第6集 昭和35年度
小島武男 (こじま たけお)
 二回受賞は彼だけ。これ以降、過去受賞者は選考から除外することになった。

  麦熟るゝ夜へ降りし汽車明るく去る
  映し合う鏡の中の雪の世界
  手籠よりパン頭復活祭の陽へ


◎第7集 昭和36年度
武藤城楠 (むとう じょうなん)
 明治38年(1905)生。結社:「早蕨」。「早蕨」同人、「つばき」同人、「営」同人。

  埋葬終る薊につまづくこともなく
  寒い傾斜一日単位の木の歯車
  万緑をわがものとして寂しき木樵


◎第8集 昭和37年度
坂戸敦夫 (さかと あつお)
 大正13年(1905)生。結社:「南風、火燿」。平成22年没。「南風」同人。「俳句評論」同人。同人誌「騎の会」を発足し編集同人、発行者。句集:「地下水脈」「冬樹」「朿刑」「苦艾」「艸衣集」「異界」「影異聞」「異形神」「彼方へ」

  厚き冬霧自己喪失の都市沈む
  痛烈な梅雨夕焼ここにあるは訃報
  虹の断片見て荒涼と都市の夜へ


◎第9集 昭和38年度
加藤佳彦 (かとう よしひこ)
 昭和4年(1929)生。結社:「早蕨、俳句評論」。「早蕨」同人、「俳句評論」同人。「早蕨」終刊後、「橋」の創刊に参加、同人。

  鳥を撃たず青空の近くに住む
  海をひらくひとつの撃鉄として嬰児
  眠い虎の分身焦げるパン一枚


◎第10集 昭和39年度
上月 章 (こうづき あきら)
 大正13年(1924)生。結社:「早蕨、十七音詩、海程」。平成19年没。「海程」創刊に参加、「早蕨」同人。「早蕨」終刊後、「橋」に参加。第13回現代俳句協会賞受賞。句集:「胎髪」「蓬髪」「上月章句集」

  武器をもつ農民に似て燃える生木
  教室裏口遺族たちに発育のいい彫刻
  靴をもつてのぼる高い塔の内部


◎第11集 昭和40年度
鈴木河郎 (すずき かわろう)
 大正14年(1925)生。結社:「青玄、営」。昭和58年没。「青玄」「林苑」を経て「草苑」同人。元・現代俳句協会東海地区会議幹事。句集:「双神の時」「空華」

  枯れて久しき葦同温の老人待つ
  酒を待つ木椅子に冬の樹を感じ
  日本脱出も難し聖菓の弱き燭


◎第12集 昭和41年度
中野 茂 (なかの しげる)
 昭和4年(1929)生。結社:「早蕨、俳句評論」。平成6年没。「早蕨」同人、「俳句評論」同人。「早蕨」終刊後は、「橋」の創刊に参加、同人。「青の会」会長。句集:「魚眼」

  赤い窓ある夫婦に植物のような夜明け
  磨いた歯で遠い冬日の森を噛む
  高層ビルの真下ごみ箱が愉しくこわれ


◎第13集 昭和42年度
星野昌彦 (ほしの まさひこ)
 昭和7年(1932)生。結社:「早蕨、林苑、営」。「早蕨」「地表」「林苑」「橋」等の同人を経て、「景象」創刊。第1回現代俳句新人賞。第5回現代俳句評論賞。第68回現代俳句協会賞受賞。句集:「藁の国」「五丁目二十八番地」「玄冬考」「七百句」「而今そしていま」「是空」「花神の時」「天狼記」

  楽器を胸に沈めて驟雨の中にいる
  眼帯で眼を覆い触れてみる魚の弾力
  海へインクを一滴落とし少年去る


◎第14集 昭和43年度
志摩 聡 (しま そう)
 昭和3年(1928)生。結社:「俳句評論」。平成15年没。加藤かけい、富沢赤黄男のち高柳重信に師事。「俳句評論」同人「騎の会」同人。のち無所属。句集:「蜜」「紫刑楽句」「白鳥幻想」「勃海薔薇」「哇」「汽缶車ネロ」「志摩聰全句集」

  一角犀の睡りに溺れる子 泥壺の中の胡桃
  錫騎士や角(かく)の算術髭の角(かく)
  蝿取紙に集(たか)る菫 蘿甸語(らてんご)を遠渚に廃し


◎第15集 昭和44年度
奥山甲子男 (おくやま きねお)
 昭和4年(1929)生。結社:「海程、営」。平成10年没。金子兜太に師事.昭和38年「海程」に入会。「営」「赫」「橋」等の同人を経て「木」を創刊に参加し.編集を務める。第38回現代俳句協会賞受賞。句集:「山中」「奥山甲子男句集」「飯」「水」「奥山甲子男遺句集」

  雷の夜の幹けんらんと水を隠し
  満月の吹かれくる塩髭にためる
  飯も水もぞろぞろと着く村が見え


◎第16集 昭和45年度
立原雄一郎 (たちはら ゆういちろう)
 大正1年(1912)生。結社:「営、原型派」。平成3年没。「街路樹」同人、「原型派」同人。「橋」の創刊に参加、同人。

  妙(みょう)というあるひとひらと悪を練る
  ひたすらを彫り冷笑を彫りあがる
  以後無事で死界にいます 風岬


◎第17集 昭和46年度
浅井一邦 (あさい いっぽう)
 昭和18年(1943)生。結社:「地表、俳句評論」。「地表」同人。「俳句評論」同人。句集:「玄実歌」「風学歌」「火宙歌」「天天小歌」「浅井一邦全句集」

  うぐいすを撫でゆくやがて鉄橋や
  蟷螂のかけら零れて指はあり
  液体のながい坂ゆく冬わすれ


森下草城子 (もりした そうじょうし)
 昭和8年(1933)生。結社:「早蕨、林苑、営、海程」。平成30年没。内藤吐天主宰の「早蕨」、「林苑」などを経て、「海程」同人.「木」創刊。第48回現代俳句協会賞受賞。元・東海地区現代俳句協会会長。元・現代俳句協会顧問。句集:「風炎」「生家」「野鯉」。

  青年やたそがれをゆく紙の舟
  月よりかるく吹かれる伐採の空の男
  鯛の身ほぐし食う次の間の血縁たち


◎第18集 昭和47年度
小笠原靖和 (おがさわら せいわ)
 昭和18年(1943)生。結社:「地表、俳句評論」。「地表」同人。「俳句評論」同人。「地表」終刊後は、「韻」の創刊に参加、同人。句集:「水奏観」

  火を献じて餅の白さのくにさがひ
  雨音や死んだ奴から柿出てゆく
  軒深く背鰭の冬となりゆけり


◎第19集 昭和48年度
白木 忠 (しらき ちゅう)
 昭和17年(1942)生。結社:「地表」。平成25年没。「豈」同人。地表終刊は、「韻」の創刊に参加、同人、編集をつとめる。句集:「牢として風のなかに」「君不知」「暗星」

  菜の花や百日鴉くもりつつ
  神経の蝶が右手にのこるなり
  欲望のあらゆることば葡萄垂る


◎第20集 昭和49年度
田中正一 (たなか しょういち)
 大正5年(1916)生。結社:「早蕨、街路樹、俳句評論」。平成元年没。

  パン屋を過ぎて身体が宙にある早春
  六月の妊婦が愛ずる虫めがね
  犬に曳かれて寒(かん)の時空を漂う齢(よわい)


◎第21集 昭和50年度
伊吹夏生 (いぶき かせい)
 昭和10年(1935)生。結社:「赫、海程」。平成22年没。小川双々子に師事。「地表」同人。編集長を務めた。同人誌「ZERO」創刊、「木曜島」俳句会代表。平成20年「翼座」創刊代表。

  桃山の閑かや狂う兄を連れ
  夏がすみ朽ちつつおもき内宇宙
  在りし日の雪の音きて絶えにけり


中烏健二 (なかがらす けんじ)
 昭和23年(1948)生。結社:「地表」。平成26年没。「地表」同人。「豈」に入会、編集をつとめる。「未定」に参加。句集:「愛のフランケンシュタイン」「Alligator symphony」

  陰々と鳴りたる鈴をひろひにくる
  川の岸凍蝶のゐるふりをして
  仄ぐらき夢を出たがる春の泥


◎第22集 昭和51年度
勝野俊子 (かつの としこ)
 昭和7年(1932)生。結社:「早蕨、橋」。中村吉子以来、17年振り二人目の女性受賞。「早蕨」「橋」終刊後は、「翼座」創刊に参加、同人。読売新聞「とうかい文芸」選者。句集:「澪標」

  絵蠟燭ともるかなたの女体かな
  花あやめ花の高さに坐りけり
  忽然とひがん花消え宥されし


岩田礼仁 (いわた れいじ)
 昭和18年(1943)生。結社:「地表」。「地表」同人。「地表」終刊後は無所属。

  水餅はいかなる鳥にはぐれたる
  あさがほにつくづく遲れ生まれけり
  鶏頭の旅人となる日の暮は


◎第23集 昭和52年度
清水冬視 (しみず とうし)
 大正12年(1923)生。「橋、海程」。平成15年没。「橋」同人。「海程」同人。句集:「寒い林」

  蟷螂のうしろの水の泣き出せり
  夜桜の下の地獄は湖の地獄
  かまつかの一本燃えて鬼はしらす


◎第24集 昭和53年度
鈴木照子 (すずき てるこ)
 大正13年(1924)生。結社:「俳句評論、街路樹、橋」。「俳句評論」同人、「橋」同人。「橋」終刊後は無所属。句集:「ふしぎの風」「天窓」「無風の窓」

  おんどりの左右のにらみ剃刀とぐ
  血の音や樹一本の舞台装置
  蠟燭をともして夢の後始末



◎第25集 昭和54年度
橋本輝久 (はしもと てるひさ)
 昭和14年(1939)生。結社:「俳句評論、橋」。高柳重信に師事。「俳句評論」同人。「橋」同人。「橋」終刊後は、「伊勢俳談会」所属。現・東海地区現代俳句協会顧問。三重県文学新人賞。第7回現代俳句協会新人賞。三重県文化賞文化奨励賞。句集:「国見」「歳歳」「残心」

  とある朝街中の傘が河口に佇ち
  菊抱きて日常の顔白くせり
  矢印を幾度ゆきて還らざる


◎第26集 昭和55年度
林 英男 (はやし ひでお)
 昭和14年(1939)生。結社:「俳句評論、橋」。「青玄」同人、「俳句評論」同人、「橋」同人。「卵の会」会員。「橋」終刊後は無所属。現・東海地区現代俳句協会理事。

  寒菊の際過ぎ雨の日の葬り
  うなじゆくいま山茶花の闇をまがり
  風速き夜はくれないの木をせめる


◎第27集 昭和56年度
高桑冬陽 (たかくわ とうよう)
 大正6年(1917)生。結社:「地表」。平成5年没。「地表」同人。句集:「白露祷」

  きさらぎは竹に撓へとふことか
  ゆるされていいのか雁の腋見えて
  てのひらがつかれてゐるに雪つかむ


◎第28集 昭和57年度
受賞者なし

◎第29集 昭和58年度
小出尚武 (こいで なおたけ)
 昭和16年(1941)生。結社:「地表」。「地表」同人。

  砂握る音の哀しき春の昼
  咎なりや鶏頭があり海があり
  夭折とは星のしづくをのむことか


林 政恵 (はやし まさえ)
 昭和9年(1939)生。結社:「橋」。平成22年没。「早蕨」同人。「橋」の創刊に参加、同人。「橋」終刊後は無所属。句集:「椅子


  元旦の物置の戸が少し開く
  たそがれをしばらく茄子とたのしめり
  安堵とは素描の薔薇を見ることか


◎第30集 昭和59年度
岡本信男 (おかもと のぶお)
 大正5年(1916)生。結社:「地表、花曜」。平成元年没。「環礁」「天狼」を経て、「地表」同人、「花曜」同人。句集:「挙白拾章」「銀紋雑記」

  劇的に地下鉄(メトロ)のにほひ如月は
  あゝ垂直に六月は亡命せん
  蛍の臭また残る指いくさ前


◎第31集 昭和60年度
鈴木知足 (すずき ちそく)
 大正15年(1926)生。結社:「地表、木」。昭和63年没。「地表」同人。「木」同人。

  ぬるみゆく水に手を入れ国をふと
  曼珠沙華暮れて古今のあるがまま
  霜月のつかわねば筆倒れけり


◎第32集 昭和61年度
杉本亀城 (すぎもと きじょう)
 昭和2年(1927)生。結社:「地表」。「地表」同人。

  末黒野を鎖ひきずりゆく犬よ
  葛の葉のみな裏がへる告白や
  廃屋が見ゆ空蝉の背なかより


◎第33集 昭和62年度
岸 貞男 (きし さだお)
 大正13年(1924)生。結社:「地表」。平成11年没。「天狼」同人。「地表」創刊に参加、同人。句集:「花魂」

  大根の山積み欲望とは違ひ
  夕焼の岩礁に立ちしことモーゼは
  これまでの榠樝を思ふ真暗がり


北川邦陽 (きたがわ ほうよう)
 昭和7年(1932)生。結社:「林苑、海程、木」。平成24年没。「海程」同人。同人誌「卵の会」代表。句集:「虚蟬笛」「花夢中」「黒船屋」

  上昇の蝶見えるまでガラス拭く
  下積みにせり白桃の不器量は
  上空の鶴の一掻き見てしまう


◎第34集 昭和63年度
小林美代子 (こばやし みよこ)
 大正13年(1924)生。結社:「地表、橋」。「地表」同人、「俳句評論」同人、「橋」同人。

  死後しかと目を閉じゐたる花明り
  螺子の馬行きては止まる灯のおぼろ
  年忘れ踵埠頭の灯に到る


◎第35集 平成元年度
今井真子 (いまい まさこ)
 昭和22年(1947)生。結社:「橋」。「橋」終刊後は、「翼座」に参加。「橋」同人、「青の会」会員、「翼座」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。現・中部日本俳句作家会事務局。句集:「水彩パレット」「約束」

  空缶の中の葉月を蹴り上げる
  花冷えやからだ透けゆくすべり台
  桃匂う袋を解いて折鶴に


◎第36集 平成2年度
柴田和江 (しばた かずえ)
 昭和7年(1932)生。結社:「海程、木」。「海程」同人、「木」同人。

  杉の実の匂いことばの気配充ち
  春疾風解かれて虚空ゆくもあり
  ばらばらに朝のさくらを出てゆけり


永井江美子 (ながい えみこ)
 昭和23年(1948)生。結社:「橋」。「草樹」「早蕨」「橋」を経て「韻」の創刊に参加し、現在は編集・発行人を務める。「青の会」会員、「韻」同人。現代俳句協会理事。現・東海地区現代俳句協会副会長。安城市文化協会賞。句集:「夢あそび」「玉響」

  八月に生まれしもののひかり合ふ
  山茶花に男のこえの残りたる
  死ぬ力少し残して桃ひらく


◎第37集 平成3年度
村瀬誠道 (むらせ まさみち)
 昭和4年(1929)生。結社:「地表」。「地表」同人。句集:「遊人抄」

  春や昔われらねじ式オルゴール
  半夏生紐となりゆく男かな
  死ぬるとき脳天枝垂れ花火かな


◎第38集 平成4年度
植村立風子 (うえむら りっぷうし)
 大正13年(1924)生。結社:「海程、木」。平成26年没。
「海程」同人。「木」同人。句集:「耕」

  鶏裂けば麦ばらばらとでてきたる
  泥田から素足で飯を食いにくる
  盛り上がる黒土であり冬の牛


佐佐木敏 (ささき びん)
 昭和13年(1938)生。結社:「地表、ZERO」。「地表」同人。「ZERO」同人。「地表」終刊後、「韻」創刊に参加、「韻」同人。

  蝶の翅宙にとどまるとき勁し
  銃口をひきつけてゐる杜若
  枯蟷螂最後の道のかがやきは


◎第39集 平成5年度
竹内まどか (たけうち まどか)
 昭和3年(1928)生。結社:「橋」。「橋」同人。のち無所属。

  沖より風無灯の船が沖をさす
  棺に入れし花菜いまごろ花盛り
  君が見てわがみて満月を鎖す


◎第40集 平成6年度
吉田さかえ (よしだ さかえ)
 昭和14年(1939)生。結社:「海程、木、未完現実」。平成18年没。「海程」同人。「木」同人。「伊勢俳談会」所属。第19回三重県文学新人賞。第9回現代俳句協会新人賞。句集:「山の村」

  たましいのひとつひとつや梅の花
  念仏へ蛇を追う夜は人呼んで
  雪おんな見てきて夜は紙を折る


◎第41集 平成7年度
伊藤政美 (いとう まさみ)
 昭和15年(1940)生。結社:「菜の花」。山口いさを主宰「菜の花」創刊に参加。現在「菜の花」主宰。現代俳句協会副会長。東海地区現代俳句協会会長。四日市市文化功労者。三銀ふるさと三重文化賞。三重県文化功労章。句集:「二十代」「天の森」「天網」「天音」「父の木」「四郷村抄」

  大寒の滝懸命に落ちてをり
  何やかや埋める夏野に穴あけて
  大焚火みんな背中に闇を負ふ


山田鍵男 (やまだ かぎお)
 昭和7年(1932)生。結社:無所属。

  跡かたもなし炎天を尋ね来て
  汗顔や運河を汚したるひとり
  風邪流行る街を流れる黒い河


◎第42集 平成8年度
佐伯春甫 (さえき しゅんぽう)
 昭和8年(1933)生。結社:「紫陽花主宰、地表」。句集:「鎖の足」

  まんさくのすべてが水に映り・死は
  微睡むや蝶一頭を許しつつ
  叫びでも怒りでもなく八月来


◎第43集 平成9年度
五藤一巳 (ごとう かずみ)
 昭和11年(1936)生。結社:「地表」。平成16年没。「地表」同人。

  梅一枝ことに退きたき時を
  あやめ・オフィーリア漂ふに水湧きつ
  水無月の水を掴んで立ち直る


前田典子 (まえだ のりこ)
 昭和15年(1940)生。結社:「海程、草苑、木」。「海底」同人、「木」同人。第16回現代俳句協会年度作品賞。現・東海地区現代俳句協会理事。

  陽炎に体はこばれ峠越ゆ
  螢きて杉山の闇あたらしき
  凍蝶のたましひのまだ凍てざりし


◎第44集 平成10年度
金子晴彦 (かねこ はるひこ)
 昭和13年(1938)生。結社:「地表」。「地表」終刊後は、「翼座」の創刊に参加。現「翼座」代表。「木曜島俳句会」会員。現・東海地区現代俳句協会理事。

  啓蟄を死刑執行人の影や
  七月や鳥・虫・草・木・水死せる
  鉄格子をとこ靜かに凍りけり


馬場駿吉 (ばば しゅんきち)
 昭和7年(1932)生。結社:無所属。美術評論家、医学博士、名古屋市立大学名誉教授。「年輪」主宰の橋本鶏二に師事。名古屋ボストン美術館元館長。句集:「断面」「薔薇色地獄」「夢中夢」「海馬の夢」「耳海岸」

  凍て深き大地にマタイ受難曲
  月下ふと假面に死相謝肉祭
  紅顔と白骨の間を晝寝かな


◎第45集 平成11年度
井戸昌子 (いど まさこ)
 昭和10年(1935)生。結社:「地表、暖鳥」。「地表」同人、「雪天」同人、「翼座」同人。句集:「秘花抄」

  実在も不在も春の寒さかな
  人間の限界花の散ることも
  国憂ひ草矢を乱射してをりぬ


横地かをる
 昭和19年(1944)生。結社:「海程、木」。「海程」同人、「木」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。

  しろつめ草つめたきかたち朝の家
  群れるとんぼ二階は母のみずうみ
  老僧の透けてくるなり寒の水


◎第46集 平成12年度
二村秀水 (にむら しゅうすい)
 大正11年(1922)生。結社:「地表」。「地表」同人。句集:「命綱」「そらは露」「莫眼花」

  忘却の大河雪解の幅となる
  椿落つ思考の海を昏くせり
  生煮の老人乾く西日かな


金子ひさし (かねこ ひさし)
 大正6年(1917)生。結社:「海程、つばき、木」。「海程」同人、「木」同人。
 
  大かたは鞄かかえる爆心地
  ながながと生きて蛍につきあたる
  八月の賽銭箱の中のぞく


◎第47集 平成13年度
小川二三男 (おがわ ふみお)
 昭和23年(1948)生。結社:「地表」。小川双々子の甥。「地表」終刊後は無所属。現在の筆名は「藤尾州」。小川双々子の遺句集「非在集」を刊行した。句集:「木偶坊」「白鳥」

  一握の野蒜の白の冥かりし
  超えるとき泰山木の匂ひたる
  水底をザリガニ歩く天渇き


◎第48集 平成14年度
柴田典子 (しばた のりこ)
 昭和3年(1928)生。結社:「潮騒」。「潮騒」同人。

  逝く春の淀みへ真水こぼしけり
  炎天に佇ちをり己の中の闇
  穴まどひ一行の詩を曳きゆけり


野村紘子 (のむら ひろこ)
 昭和13年(1938)生。結社:「橋」。「早蕨」同人、終刊後「橋」同人。「橋」終刊後、無所属。

  雛飾るうしろに亡父も来ていたり
  朝に夕なに蟬鳴き人は帰らざる
  眼鏡拭くや映りしあまたのもの乾く


◎第49集 平成15年度
岸 美世 (きし みよ)
 昭和3年(1928)生。結社:「地表」。平成21年没。「地表」同人。地表終刊後は無所属。岸貞男の妻。

  踏絵あり非日常の日常や
  科学的立場としてのトマト熟れ
  不条理の最たるかたち枯向日葵


大西健司 (おおにし けんじ)
 昭和29年(1954)生。結社:「海程、木」。昭和48年「海程」入会、のち同人。現・東海地区現代俳句協会副会長。句集:「未完の海」「海の翼」「海少年」「群青」

  馬の目の潤みて夏に散る花よ
  深海魚の兄かな春に化粧せり
  空蟬の中に熊野の闇を置く


◎第50集 平成16年度
淺井霜崖 (あさい そうがい)
 大正15年(1926)生。結社:「地表、禱炎」。平成24年没。「環礁」同人。平成9年同人誌「禱炎」創刊代表。平成10年「環礁」終刊後、「地表」入会、同人。句集:「黄砂茫茫」「淺井霜崖全句集」

  鐵板に霰まろびし黙示かな
  月おぼろ人間の盾きらめきつ
  河骨ニオエツノ男タツテヰル


◎第51集 平成17年度
浅生圭佑子 (あさお けいこ)
 昭和17年(1942)生。結社:「海程、木」。「橋」同人。「海程」同人。「木」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。

  おだやかに帰雁となりて逝かれけり
  トマトに塩ひとつまみ降る生きるとは
  夕星はわたしの味方十二月



◎第52集 平成18年度
石上邦子 (いしがみ くにこ)
 昭和7年(1932)生。結社:「海程、卵の会」。「卵の会」は北川邦陽が代表の同人誌。「橋」同人、「海程」同人。

  目に見えぬ花粉ざらつく祖国かな
  月天心肉切り包丁研いでをり
  大寒の肩甲骨の確かなり


山田哲夫 (やまだ てつお)
 昭和13年(1938)生。結社:「海程、木」。「林苑」同人。「海程」同人。「木」同人。現・都会地区現代俳句協会理事。句集:「風紋」

  雑踏のひとりがふっと消え風花
  鈴虫の闇へかたむくこころかな
  鶏が横切り胡麻を干す老婆


◎第53集 平成19年度
中根唯生 (なかね ただお)
 昭和4年(1929)生。結社:「氷点」。「環礁」同人。「氷点」に入会。のちに「氷点」代表。「木曜島」俳句会にも参加。句集:「旦暮抄」「きつね雨」「有情帖」「八旬」「百句鈔 山・蜩・蝸牛」

  心太啜って個人・個人かな
  百年ののちを振り向く蝸牛
  ヒロシマ忌レールが二本伸びている


◎第54集 平成20年度
杉﨑ちから (すぎさき ちから)
 昭和5年(1930)生。結社:「海程、木、氷点」。「早蕨」同人。「海程」同人、「木」同人。句集:「鉄の繭」「鐵」

  人日や家が機械に壊される
  てのひらに落花しずかに血のかよう
  枯蟷螂われみる眼玉ひかるなり


◎第55集 平成21年度
山口 伸 (やまぐち しん)
 昭和4年(1929)生。結社:「林苑、青、海程、木」。安城文化協会名誉会長。句集:「心土」「野帖」「麦稈抄」

  極月やあてなき鶴を折っており
  抽斗にニトロ冬がぬうと来る
  庭焚火継ぐ子なければ燻れり


◎第56集 平成22年度
犬飼孝昌 (いぬかい たかまさ)
昭和16年(1941)生。結社:「菜の花」。「菜の花」編集長。現・東海地区現代俳句協会事業部長。句集:「土」

  長く引く波に石鳴る春の暮
  鵺鳴くやすぐには消えぬ猜疑心
  幾重にも峰を重ねて鮎の川


前田秀子 (まえだ ひでこ)
結社:「草樹」。

  春雷の音のひとつに母がゐる
  りんご真二つ対称といふ不安
  雁渡ることばを綴りゆくやうに


◎第57集 平成23年度
稲葉千尋 (いなば ちひろ)
 昭和21年(1946)生。結社:「木、海程」。「海程」同人、「木」同人。「蘖通信句会」世話人。現・東海地区現代俳句協会会計監査。

  白梅の一輪という重みかな
  またテロが頬に飯粒つけたまま
  便器一つ白鳥ほどに光らせて

時野穂邨 (ときの すいそん)
 大正15年(1926)生。結社:「林苑」。「林苑」同人。句集:「落し文」

  水飲んで大きな夏の隅にいる
  さくらさくら忽ち昨日を遠くする
  花虻の花粉まみれという幸せ


◎第58集 平成24年度
鈴木 誠 (すずき まこと)
 昭和9年(1934)生。結社:「海程、木」。平成29年没。「海程」同人、「木」同人。句集:「原郷」

  夏の午後靜かなる人は靜かに逝く
  郭公は空の歪みを直し鳴く
  曼珠沙華このごろ土に傷を持つ


米山久美子 (よねやま くみこ)
 昭和6年(1931)生。結社:「翼座、韻」。「天狼」「地表」に所属し、終刊後は「翼座」「韻」の創刊に加わる。現在は「韻」同人。句集:「おきなぐさ」

  春立つといふに物音ひとつせず
  蝉しぐれ浴びる寡黙の人となり
  ためらひつ惑ひつ翔べり冬の蝶


◎第59集 平成25年度
神谷きよ子 (かみや きよこ)
 昭和7年(1932)生。結社:「林苑」。「林苑」同人、愛知県豊橋市の「とまり木俳句会」代表。

  更衣ひととき過去の中に居る
  直線を重ねて畳む秋袷
  黄落のひかりの中にいて老いる


◎第60集 平成26年度
平山圭子 (ひらやま けいこ)
 昭和20年(1945)生。結社:「木、海程」。「海程」同人、「木」同人。

  子を容れて日傘の男近づけり
  夏つばめ筋肉質の平和像
  寒禽や森の静寂裂けている


星川佐保子 (ほしかわ さほこ)
 昭和16年(1941)生。結社:「秋、翼座」。「秋」は石原八束の主宰誌。石原八束に師事。「秋」入会、同人。「翼座」同人。句集:「あゆちの泉」。

  逢ふひとの誰かれ眩し初御空
  花桃の賑やかすぎる午後であり
  淋しさの湧く日十薬引いてをり


◎第61集 平成27年度
大島多津子 (おおしま たつこ)
 昭和33年(1958)生。結社:「雪天」。「雪天」は新谷ひろし氏主宰の俳誌。現在の俳号は金子ユリ。「韻」同人。現・東海地区現代俳句協会広報部長。句集:「チベットの春」

  浮揚する凧愛といふ糸が在り
  赤ちゃんと寝転んでゐる宇宙かな
  しぐれふるただ黙々と群集は


永井清成 (ながい きよなり)
 昭和14年(1939)生。結社:「林苑」。「林苑」「第二卵の会」に入会。のち無所属。句集:「夕もみじ」「夏冬」

  あしたには空蟬となる身の火照り
  渋柿吊す測られている骨密度
  空瓶に沈んだままの寒さかな

◎第62集 平成28年度
武藤紀子 (むとう のりこ)
 昭和24年(1949)生。結社:「円座主宰」。年児玉輝代に俳句を学び、宇佐美魚目に師事。「晨」同人、「古志」同人。平成23年「円座」創刊。現・東海地区現代俳句協会理事。句集:「円座」「朱夏」「百千鳥」「冬干潟」。

  さまざまの戦の果ての柿の色
  現とも夢とも冬の杖の人
  椰の葉に来てしばらくを冬の蠅


片山洋子 (かたやま ようこ)
 昭和26年(1951)生。結社:「円座、韻」。「円座」同人、「韻」同人。句集:「羊水の。」

  鶴を見てひらがなのからだで眠る
  サガン読む果肉のやうな九月の部屋
  いちまいの凍蝶水になる途中


◎第63集 平成29年度
佐藤武子 (さとう たけこ)
 昭和5年(1930)生。結社:「翼座」。「環礁」同人、上田五千石の「畦」同人。両誌が終刊後は「地表」、「地表」終刊後は「翼座」創刊同人。「木曜島俳句会」に参加。句集;「舞踏」。

  枇杷の花言葉の裏を極彩に
  てふてふの群るるやはらかき闘争
  水溶性の恋をして冬の鳥


天野素子 (あまの もとこ)
 昭和32年(1957)生。結社:「翼座」。「翼座」同人。

  三月の外科白い傘の明るさで
  空にジャズ消え紫苑の静けさ
  冬の海まなざし遠き駱駝かな


◎第64集 平成30年度
平賀節代 (ひらが せつよ)
 昭和22年(1947)生。結社:「菜の花」。「菜の花」同人。現・東海地区現代俳句協会事務局長。句集:「たんぽぽ」

  青き踏む自分の歩幅大切に
  膝抱いて海を見てゐる啄木忌
  一人居の夜の寒さは四方から


岡本千尋 (おかもと ちひろ)
 昭和14年(1939)生。結社:「菜の花」。「菜の花」同人。句集:「緑さす」

  抽斗の一つが開かぬ雛箪笥
  さくら咲く母校の窓の大きかり
  神送る男がひとり火を焚きて



1.受賞者の師系
 受賞者を輩出する師系がほぼ決まっている。加藤かけい系(環礁、潮騒)、内藤吐天系(早蕨、橋)、太田鴻村系(林苑)、小川双々子系(地表、韻、翼座)、森下草城子系(海程、木)、伊藤政美系(菜の花)である。会員も選考委員もこの師系に属する人ばかりだから、この結果になるのは当然だろう。中日作家会は東海地区現代俳句協会の母体となっていて、歴代東海地区会長は内藤吐天(当時は東海地区会議委員長)、小川双々子、森下草城子、伊藤政美氏である。

2.受賞者の生年
 生年不明の1名を除くと、受賞当時の受賞者の生年は、明治年代1名、大正年代19名、昭和0年代29名、昭和10年代21名、昭和20年代9名、昭和30年代2名である。近年の傾向から考えて、昭和20年代俳人の受賞が今後も続くだろう。

3.会員数の推移
 正確な会員数が記録され始める昭和35年度が165名。それから会員数は増え続け、平成9年度には327名、それから減少し始め、平成30年度は155名である。今後も毎年8名ほど減少していくと予想される。

4.現在の会員の生年
 平成30年度の所属会員の生年は、大正年代9名、昭和0年代48名、昭和10年代62名、昭和20年代30名、昭和30年代5名、昭和40年代1名である。ちなみに10年前、平成20年度の昭和30年代は1名である。10年で4名しか増えていない。昭和30年代の会員に男性はいない。

5.俳人と組織運営
 俳句をつくる能力と組織を運営する能力は違う。たいていの「俳句賞」は、作品に対する評価、俳人としての評価であるのが普通だ。しかし、組織を存続させていくのなら、組織を運営する人間が必要だし、育てなければならない。句会を開催し、俳誌を刊行するだけで、会員が増える時代は終わった。新規会員の獲得と既会員の退会防止対策を考え、実施する人間が必要だろう。

6.中日作家会の活動
 平成30年度の中日作家会の活動は、毎月の句会(参加者は会員)、毎月句会報発行(寄稿者は会員)、年刊句集刊行であった。
 ちなみに昭和49年度の活動内容は、毎月の句会のうち、8月は特別例会として三谷昭、高柳重信、赤尾兜子を迎えて講話及び選句選評。10月も特別例会として阿部完市を迎えて講話及び選句選評。11月は句会場を名古屋城に移し、小天守閣会議室内にて「名城観菊句会」を開催。
 句会報は会員の寄稿に加え、8月号は特別例会の講話(高柳重信、赤尾兜子)、10月号は「「時間」俳句のなかの」阿部完市寄稿、12月号は「年刊句集48年度読後」阿部完市寄稿。そして年刊句集刊行であった。

7.最後に
 中日作家会発足当時の事務局長の柳田知常(早蕨、橋代表、金城大学学長)の言葉で締めくくる。
俳句作家会はこれでいいのかという漠然たる不満は、やはり底の方に低迷していて、その低迷の渦は次第にその速度を加えて行くように見える。俳句作家会は、各結社の単なる連合体なのか、中部俳壇というものの政治的な実態なのか、純粋に文学としての俳句を追求しようとする研究団体なのか。幾つかの要素・性格を抱合しているのだとすれば、その要素・性格に従って会の仕事を分け、もっと機能的に車が廻転するようには出来ないものか」(昭和43年度年刊句集「中日俳句作家会の動向」より)
コメント

俳句時評 第113回 「言葉を生かす俳諧師」と「言葉を殺す俳人」 天宮 風牙(里俳句会同人)

2019年09月09日 | 日記
 最近出席した句会で拙句〈店員も客も外人アスパラガス〉について「外人」という差別用語を用いた句はけしからんという句評を頂いた。差別用語とは、辞書によると「他者の人格を個人的にも集団的にも傷つけ、蔑み、社会的に排除し、侮蔑・抹殺する暴力性を持つ言葉」のことをいうとある。差別用語や放送自粛用語といわれる言葉の殆どが本来は差別を意図した言葉ではなかった。「言葉」自体に意味は無い。言葉は使われて意味を持つ。使われた状況によってどうにでも意味が変化して行くのが言葉ではないのか。
 連歌形式とは、長句a(五七五)→短句b(七七)→長句c(五七五)と進行し、a、b、cの各々独立した三句からabとcbという二首の歌ができる(前句に付く)。このときabとcbは短句bを共有しながらも全く別の景を描かなければならない(前々句である打越と離れる)。これを「三句の渡り」といい連歌の最小単位であり基本構造である。蕉風の歌仙「市中は」の巻より例示する。

  茴香の実を吹落す夕嵐    去来
   僧ややさむく寺にかへるか 凡兆
  さる引の猿と世を経る秋の月 芭蕉

  茴香の実を吹落す夕嵐/僧ややさむく寺にかへるか

 「茴香の実」は日本においては漢方薬、精進料理に用いられていたようであり、漢方薬にも通じる知識人としての僧侶を想像させる。

  さる引の猿と世を経る秋の月/僧ややさむく寺にかへるか

 「さる引」は猿回しをする芸人のことで、猿回しは被差別民の生業とされてきた。仏教の殺生を禁じる教えが、一方では動物にかかわる職業を卑賤視するもととなっていたからだ。相反関係にある「」に「猿引」を付けることにより戒律を厳格に守る僧侶像が想像される。又、前句と二句一連で歌として読むことにより一句単独では味わえなかった社会性を持った作品となった。言葉とはその置かれた文脈により幾通りもの意味を持つ、俳諧師は付合により言葉の意味を変化させ座における最善の意味を見出していた。「変化」こそが俳諧の基本理念である。僕が仲間と巻いた歌仙「寺町は」の巻の一部である。

  晩飯に唐突にあるお赤飯   陽子
   大人だつたり子供だつたり 風牙
  有明に捕虫網持ち飛び出し  登貴

 この三句の渡りによりできる二首の歌

  晩飯に唐突にあるお赤飯/大人だつたり子供だつたり

  有明に捕虫網持ち飛び出し/大人だつたり子供だつたり

 では、一首目の登場人物は初潮を迎えた少女、二首目は盆休みに帰省した大人の男性となる。前句を起点とする単なる連想ゲームと化した現代連句とは趣を異にするものと自負している。
 俳諧から連俳を切り捨てた俳句は一瞬の切り抜きと耳にするが、景を切り抜くだけではなく冒頭に掲げた俳人のように言葉そのものも切り抜き固定化させてしまった方も少なくない。言葉は切り抜かれ固定化されればその生命力を失う。
 又、「写生」という言葉は明治以降西洋から絵画論として移入される以前にもあった。それは中国絵画の修練法で、美しい構図は先達によって既に決められている、よって先達の作品を模写することが上達法であるということであった。現代俳句における写生論は子規が提唱したデッサンからやり直す西洋絵画的写生ではなく、先達から伝承された季語の本意と俳句形式としての型による中国絵画的写生である。俳壇はもとより所属誌においても自らの作品が注目されない俳人が承認欲求を満たすために目指す到達点は「俳句の先生」であり、そのためには季語の本意と型は金科玉条なのであろう。
 俳句は未だ文学ならず。先頃の俳句甲子園で話題となった、

  玉葱や魔羅をうつさぬレントゲン 名古屋B

 にしてもその話題は「魔羅」という言葉だけが切り抜かれていたと思う。「魔羅」は雅語では無いが「ちんこ」と書かなかったことに文学性より審査委員(或は俳句世間)への忖度があったのだろう。そもそも、玉葱も魔羅も骨が無くレントゲンに映らないという関係性、或は皮という包茎への暗示なのかいずれにしても見立ての二句一章の句でなんの俳句的面白味も無いことを批判すべきであった。高校生ですら言葉を殺すことが俳句だと思っているのであろう。
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俳句評 「ぽ」の俳句「ぽ」の短歌  秋月 祐一

2019年08月16日 | 日記
 ぼくの妻は、驚いたときに「ぽっ」とか「ぽー」と口走るくせがある。妻とツチブタはどちらが珍獣度が高いのだろうか。そんな思いで、短歌連作「妻とツチブタ」を書いた。その中の一首。

  ぽつとかぽーとか声を発する妻そしてツチブタはなんて鳴くのだらうか/秋月祐一

 短歌や俳句では、これまでに、さまざまな「」が詠まれてきた。
それらの句や歌を気ままに紹介してゆきたい。

  ライターの火のポポポポと滝涸るる/秋元不死男

 「ポポポポ」というオノマトペは、ライターの火の音や状態を表している。炎が風に揺られているのか、ライターのオイルが少なくなってきたのか。いずれにしても、火の点き具合がよくない印象を受ける。その火を見ているうちに、突然、冬場の水の涸れてゆく滝が想起されたのだろう。季語は「滝涸る」で冬。秋元不死男には「鳥わたるこきこきこきと罐切れば」「へろへろとワンタンすするクリスマス」など、オノマトペの効いた秀句がある。

  十一月いまぽーぽーと燃え終え/阿部完市

 この句は、十一月になにかを燃やし終えたのではなく、十一月そのものが燃え終えたのだと読んでみたい。「ぽーぽー」は、ひらがな表記と相まって、単なる燃える火のオノマトペを超えた、なにものかに変質している点にも注目したい。これが昭和48年の作なのだから、アベカンは現代的である。「十一月」の句が収録された句集『絵本の空』には、「とつぜん今日花戦鳥戦あり  跡」という二字空けの句もあったりする。

  たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ/坪内稔典

 平易な言葉づかいで、読んで聞かせたら、子どもも大人も笑いだすようなユーモアがある。たんぽぽの「ぽぽ」という音から、火事のイメージを感じとる語感の鋭さと、「ぽぽのあたり」というとぼけた言い回しのおかしさ。そのギャップに笑いの源泉があるのではないだろうか。ネンテンさんの句には、必ずしも実景を思い浮かべることを要求されず、言葉そのものが喚起するポエジーを、読者が自由に味わうべき作品が多いような気がする。

  ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ/田島健一

 句集『ただならぬぽ』の表題作。この句の「」は、これまで見てきた、どの「」とも異なっている。異物としての「」。モノクロの表記で見ても、そこだけ色が違って見えてくるような気がする「」である。「ただならぬ海月」と「光追い抜く」は、とびきりエモいフレーズなのに、それを断絶し、断絶しながらくり返しによって、句を勢いづけている「」。田島さんの作品では「流氷動画わたしの言葉ではないの」という句も、一読忘れがたい。

 次に、短歌における「ぽ」の用例を見てみよう。

  恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず/荻原裕幸

 「」を多用した「ポポポポニアにご用心」という連作の中の一首。一連には「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽと生活すポポポポニアの王侯われは」という歌も見られ、俳句と比べ「」の数が一気に増大。この連作における「」の氾濫には、生活への憂愁や倦怠感がにじんでおり、「」の使い方として独特である。荻原には「ぽぽっぴあぷれっぴあぱふありのまま気分を感じてゐる春の暮」という楽しい「」の歌もある。歌集『あるまじろん』より。

  ぽつ ぽつぽと梟が鳴いてゐたよと吟遊詩人(バード)啼き ぽつ/こうさき初夏

 初句「ぽつ」、二句「ぽつぽと」という大胆な破調からなる作品である。吟遊詩人は英語で bard(バード)であり、それを鳥類の bird と掛けているのだろう。意味性よりも、韻律の躍動感が勝負どころの歌と言ってよい。梟は、こうさきが偏愛する生き物のようで、他にも「ぽ ぽ ぽぽ 梟ふくふく「通行手形を」ぽ ぽ ぽぽ」という、これも破調の歌がある。「」の歌の最新型として、こうさきの作品世界の広がりに注目してゆきたい。
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